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話題

遊廓建築の持つ強度 「鬼滅の刃」で注目、残り少ない〝奇跡の芸術〟

功罪の歴史を忘れず淡々と撮り続ける

【2000年 大阪・松島新地】今はもう見られない遊郭建築。保存していた原版の一部分に、松島では大変めずらしい、鬼滅色のモザイクタイルのカフェー調建築が写っていた
【2000年 大阪・松島新地】今はもう見られない遊郭建築。保存していた原版の一部分に、松島では大変めずらしい、鬼滅色のモザイクタイルのカフェー調建築が写っていた

目次

ヒット確実視の「鬼滅の刃・遊郭編」をきっかけに「子どもに遊廓をどう説明するか?論争」がありました。遊廓は性を商品として売買する場所なので、印象は良くないことにはまず納得です。しかし20年以上、細々と遊廓建築を撮り続けてきた筆者は「多くの歴史と同じくいつの世も変わらない人間像、社会像が見えてくる実は興味深いジャンル」ということを、写真を使って伝えたいと考えています。新シリーズが始まるのに合わせ、失われつつある遊廓建築について振り返ります。

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【関連リンク】「鬼滅の刃」の舞台「遊郭」どんなところ?消え行く建物が伝える情欲

レジェンドとしての木村聡さんの赤線本

遊廓研究の世界では有名な、ライターの木村聡さんによる写真紀行本「赤線跡を歩く」の初版が出たのが、1998年春でした。

ディープな街歩きの走りとして、関東圏を中心に残存する建築と現役時代の小史を各スポット別に網羅した、初心者にも上級者にも興味深く読める、かつての遊廓建築を見に行くための案内本でした。

同時にこのジャンルを世が知るきっかけを作った、大変にエポックメーキングな一冊です。

全ての写真に建物と遊廓文化への愛情がにじみ出て、決して露悪的でなく、筆者もこの本で遊廓建築の意匠に心をわし掴みにされ、写真の撮影を始めました。

木村さんの著作を読んでいると、掲載されている現場を実際に見たくなり、自分でも写真の形で建物の姿を世に留めたくなります。少し奮発して写りの良いカメラを購入し、本格的に写真を始める契機にもなりました。

写真の被写体として、遊廓建築は相当な強度を持っています。当時の人間が命の根源である性を意識しながらデザイン、造作し、実際の舞台となった後に長年の風化と醸成がミックスで進んだ姿は、オーバーに表現すれば人間と年月が共同で作り上げた奇跡の芸術だと言えます。

筆者の現地探訪では、当初は本のトレースのみでしたが回数を重ねるうちに、自力で未知の遊廓跡を見つけられるようにもなりました。

遊廓研究カルチャーの広がりと、消える建物

近年は20年前に比べ、熱心な研究家がぐっと増え、SNSやブログ、YouTube等で遊廓跡に関する情報が、数多く発信されています。

ネットで発信する皆さんが積み上げている詳細な画像記録に加え、地場の警察史や昔の住宅地図の確認なども含めて、調査にかけるエネルギー量には常に圧倒されています。

ただしそれとは裏腹に、木村さんが本を出された以降のこの20年間で、多くの建物が解体されました。

関係者の終の棲家として使われていたものは、主が他界すると、流れは自然に解体に向かいます。老朽化が進んでいるので、譲渡による転用もハードルが高いです。

私見ながら、失われつつある建物を世の中の特別な存在として延命していくのは、社会からの理解度や観光資源としての取り上げ方の難しさなどから、現実的に困難なケースが圧倒的多数と思います。

店舗としての活用を目指したクラウドファンディングによる資金調達の例もありますが、すそ野の狭さからとんとん拍子とは行かないようです。

【1998年 茨城・水戸】水戸駅近くの赤線跡にあったカフェー建築 板金の立体装飾、赤レンガのモザイク積み、左官造作の疑似鉄平石にR面と、究極の安普請ぶりが愛おしい
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個性的な建物たちへのリスペクト忘れずに

それでも建築に魅せられて自力で家を購入し保存を目指される方が実際におられ、その熱量には敬意しか湧きません。

せめて仕事で写真に関わる者としては、できるだけ詳細が見える画像を微力ながら1枚でも多く残して、実物を前にした感覚を後に追体験できるように備えておきたいです。

画像記録の技術が進み、バーチャル体験の品質が向上している現代だから取りうる、ひとつの選択肢だと考えます。

     ◇

〈峰哲也(みね・てつや)〉1990年に自動車メーカーから朝日新聞社へ転職。31年間在籍した印刷工場の設備管理部門から、フォトアーカイブ編集部へ。銀塩もデジタルもよく写るコンパクト機で撮影するスタイル。

【1998年 横須賀・安浦】筆者がごく初期に「写ルンです」で撮った写真 フィルムの保管方法が悪く正しく発色できていない 玄関先のパイプ椅子は、各地でしばしば目にした
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