IT・科学
ソニーのαが「プロに認められる」まで 〝ミラーレス〟開発秘話
撮れなかったものが撮れるようになるカメラ
東京五輪でも報道カメラマンが使う姿が見られた「フルサイズミラーレスカメラ」ですが、4~5年前は、〝プロの道具〟という位置づけではありませんでした。そんな「フルサイズミラーレスカメラ」を開発し続けてきたのがソニーです。2021年3月にはフラッグシップモデル「α1」を発売。スマホで手軽に高品質の写真や動画が撮れる時代、なぜ、「フルサイズミラーレス」にこだわるのか。「プロフェッショナルに認められたい」という思いで新しい市場を切り開いた開発の道のりを聞きました。(砂流恵介)
シリーズ「初号機物語」
ソニーの代名詞ともいえるのが「フルサイズミラーレス」です。小型・軽量で最新技術が搭載されているものが多い一方、当初は一眼レフに比べるとバッテリーの持ちが悪い、レンズの数が少ないなどのデメリットもありましたが、今ではこの点でも違いはなくなりました。
「フルサイズミラーレス」のαシリーズは今でこそソニーのイメージしか浮かびませんが、もともとはコニカミノルタのブランドでした。2006年にコニカミノルタがフォト事業、カメラ事業の撤退を発表。そのタイミングで、ソニーにレンズ交換式デジタル一眼レフカメラ領域の事業譲渡がおこなわれ、「α100」、「α700」、「α900」などの名機が生まれていきます。
「あの頃は、お客さまが求めているものは何かを学び続けていた時期だったと思います。また、カメラ産業においてのソニーの役割を考え続けた時期でもありました。たどり着いた解は『お客さまから常に学び続け、誰もやってこなかったイノベーションを起こす』です。その志を1つの形にしたのが、2010年に投入した小型化を追求したα NEXシリーズとEマウントになります」
開発にかかわった鈴木亮さんはそう振り返ります。
Eマウントは、ソニーのフルサイズミラーレスで採用されているレンズマウント規格のこと。この規格が生まれたことで、2013年に世界で初めて35mmフルサイズイメージセンサーを搭載したミラーレス一眼カメラ、「α7」と「α7R」の2機種が登場します。鈴木さんは当時のことをこう振り返ります。
「α7とα7Rを発売した当時は、『1日も早くプロフェッショナルに認められること』が目標でした。そして、これは夢でもありました。当時はプロフェッショナルの領域は競合他社さんが多くを占めていた状況で、我々としては『まずは手に取ってもらうこと』からのスタートです。
そのため、プロフェッショナルの撮影現場にお邪魔をして、『カメラに何を期待しているか』やプロフェッショナルが撮影現場でどのように仕事と向き合っているかを、直に拝見して学ばせていただきました。実際にα7と望遠レンズを持ってスポーツ取材に同席させてもらったこともあります」
α7は世界初を実現した技術力はありつつも、ミラーレスではないフルサイズの一眼レフカメラと比べると、操作性や耐久性、オートフォーカスや撮影枚数などまだまだ足りていない点があるとプロフェッショナルに判断されていたそうです。
「プロフェッショナルの皆さんからいただく指摘をひとつひとつ丹念に整理をしていって、社内で議論を繰り返し、カメラに機能として追加していきました。我々の強みは、半導体のイメージセンサーや、光学エレメント、レンズ、アクチュエータなどデジタルカメラの主要部品を内製していること。 そういった強みを磨きながらカメラの未来を創造して、我々の強みをお客さまの価値に変えていく作業をやり続けたのが、第2世代、第3世代のαです」
ターニングポイントを迎えたのは、2017年発売のプロフェッショナルの使用を想定したカメラ「α9」。
「α9」は、連写時に画像が途切れるファインダーのブラックアウトを防ぐブラックアウトフリー連続撮影を実現。20コマのAF/AE追従連写を無音無振動で撮影することもでき、サッカーなどのスポーツやモータースポーツなど、シャッター音に気を遣ったり激しい動きがあったりする撮影現場で威力を発揮します。これまでとは一線を画した高性能なカメラ。プロの現場を想定したモデルの登場に業界はざわつきました。
「α9は、世界の名だたるプロフェッショナルたちがαに興味を持っていただけるきっかけとなりました。ジャーナリストやスポーツフォトグラファーの皆さまに使っていただけるようになり、撮影現場に持っていっていただく機会も増えていきました」
「現場では一分一秒を争う現場で撮影をしながら、すぐに写真のデータを送らなければなりません。そういった光景を目の当たりにして、『カメラは撮って終わりではなく撮った感動ストーリーをお客さまに届けることが大切だ』ということを改めて学ばせていただき、同時にまだまだ貢献できることがあるということを知りました。それが、ワークフロー機能を徹底強化したα9 IIや、スマートフォンXperiaとの連携に繋がっていきます」
そして、2020年10月。YouTuberや動画制作者にとってもはやスタンダードな1台になりつつあるカメラ「α7S III」が発売されます。α7S IIIは、αの中でも動画に特化した性能のカメラで、高速オートフォーカスに対応した高感度4K120p撮影は発表当時から話題となりました。このカメラは鈴木さんにとって思い入れのある1台とのこと。
「私たちは『誰もやったことのない商品を生み出すことが使命』だと信じて商品を企画しています。そういう意味でも、α7S IIIは他の機種とは全く異なる視点で生み出された商品です。画素数の多いカメラが多種ある中で、約1200万という非常識なほど少ない画素数に驚きを持たれた方もいらっしゃいましたが、高感度・4K120pのスピード・AFといった要素を尖らせることで、この個性ある商品が生まれました」
そして2021年3月。フラッグシップモデル「α1」が登場します。「α1」は、約5,010万画素の高解像で、ブラックアウトフリーでの最高約30コマ/秒のAF/AE高速連写、人や犬猫に加えて鳥の瞳認識にも対応したリアルタイム瞳AF、8K動画対応など、圧倒的な性能を誇るカメラです。
「α1は、ソニーがミラーレスを発売して10年目のタイミングに、次の10年を見据え、カメラの限界を超えていくために今持てる技術をすべてつぎ込んだカメラです。撮影性能を研ぎ澄まし、要素を割切らずに小型化を最高レベルで実現することを目指して開発を進めました。結果として、新たな表現に挑戦する方に手に取っていただけるカメラに仕上がったのではないかと思っています」
α1は「カメラグランプリ2021」の大賞、「TIPAアワード2021」の「Best Full Frame Professional Camera」の受賞や、EISA「CAMERA OF THE YEAR」の大賞を受賞。世界的に有名なカメラ関係の賞で3冠を達成しており、プロフェッショナルからもハイアマチュアからも「This is the one(これしかないよね)」というような評価がよせられています。
αシリーズの商品企画を担当している鈴木さんですが、ソニーはスマートフォンでも有名なメーカーです。「スマートフォンで撮影することも当たり前になってきている中でαシリーズの価値はなんだと思いますか?」と聞いてみたところ、次のような答えが返ってきました。
「これまで撮れなかったものが撮れるようになること、ではないでしょうか」
この言葉に、歴代のαシリーズを使ってきた僕は自分が重なりました。まさに僕自身がαを手にして、機種をアップグレードしていくことで、撮りたいものがより撮れるように、撮れなかったものが撮れるようになっていった本人だから。
僕とソニーのカメラとの出会いは7年前に遡ります。30歳を機にフリーランスになり、ライターの仕事をはじめたときに買ったのがデジタルカメラ「サイバーショット DSC-RX100M3」でした。記者発表会や取材現場で気軽に使えて、持ち運びもラクという観点で選んだことを覚えています。
そこから1年。ライターとして軌道に乗り始めた頃に「より綺麗な写真を記事に載せたい」と思って買ったのが35mmフルサイズイメージセンサーを搭載した世界初のカメラ「α7」でした。ここから僕とαとの付き合いがはじまり、カメラ沼にはまります。
売って買ってを繰り返しており、現在は、α7S IIIとα1の2台体制。「かなり贅沢だな」と自分でも思います。
αに心底惚れたのは「α7R II」を購入してから。当時、僕は元JUDY AND MARYのギタリストTAKUYAさんの活動について回らせてもらっていて、海外のスタジオ遠征に同席させてもらったり、バンドのライブ撮影をさせてもらったりしていました。
ライブ写真は、会場が暗くアーティストも動き回るため、暗さに強く瞬時にフォーカスが合うことが重要です。初代「α7」でも闘えていましたが、より高みを目指そうと購入した「α7R II」が大当たり。オートフォーカスがより進化し、より高画素で撮れることでライブ写真の仕上がりが良くなりました。
アーティストが輝いている瞬間を切りとるライブ写真を「もっともっと撮りたい!」と思ったのもα7R IIの存在が大きかったと思います。
僕は写真だけメインとしたプロのカメラマンではありません。それでも写真や動画で収入を得ることができているのは、高性能すぎるαシリーズが腕を補ってくれているから。それを知っている、自覚しているからこそ88万円(税込)もするαシリーズの最高峰である「α1」も購入しました。値段的に持ち運ぶのがちょっと怖いですが、出かけるときは常に持ち歩いているほど気に入っています。
取材で訪れたドイツのデュッセルドルフでは、αを首からぶら下げて歩いていると「いいカメラ持ってるな、川なんか撮らずにおれらを撮れ」と言われたり、イケメンな好青年から「αって高いカメラだよね? そのカメラで僕を撮ってよ」と言われたりしました。
滞在期間中に仲良くなった60代の男性からは最終日に「いい風景が撮れる場所に連れて行ってあげる」と、とっておきの場所に案内してもらったこともあります。これらはスマートフォンではあり得なかったことであり、αだからこそ巡ってきた出会いです。
そんなαの歴史には、プロの現場で認められたいという開発者の思いがありました。一眼レフしかなかった報道の世界に「フルサイズミラーレス」という新たな選択肢を築いたαシリーズ。無音撮影や動画など、デジタルならではの機能も形にしてきた開発者たちによる飽くなき進化は今も続いています。
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