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「性の違和感」子どもが発したら?〝過剰〟にならない受け止め方
おもちゃメーカーの変革 「メルちゃん」も
性的マイノリティかもしれない。そんな子どもに出会ったら、どう対応すれば良いのでしょうか。本人の言葉であっても、性についてこれから知識を身につけていく子どもの言うことを、どこまで受け止めるべきなのか。接し方は、おもちゃは――。「性別に関する健康」への理解。おもちゃメーカーの変革。専門家の話から探ります。
2021年6月、日本赤ちゃん学会が「育ちの中で多様な性を考える」というテーマでオンラインイベントを開きました。年1回の学術集会を前にした一般向けの催しで、今年は日本女子大学の麦谷綾子准教授(発達心理学)が、withnewsの記事「2歳ごろから『自分は女の子』 いっちゃんが自分の居場所をつくるまで」を題材に企画してくれました。
いっちゃんの記事では、男性として生まれた「いっちゃん」が、物心ついたころから「自分は女の子」という意識を持っていたことを紹介しました。
しかし、性的少数者について詳しく、公認心理師として臨床心理相談も受けているお茶の水女子大学の准教授、石丸 径一郎さんは「悩み、試行錯誤する子の方が多い」と言います。
「そのため、保育園や学校といった全体で多様性を歓迎する風土や制度を作ることが基本になります。性別による色分けを無くしたり、男女混合名簿を採用したりするといったことですね。子どもの曖昧なあり方をそのままで、その子の個性や多様性だとして見守ることが大事なのです」
もちろん、「いっちゃん」のように幼い頃から明確な違和感を持っていて、それが持続する子もいます。
「そういった場合、学校には身体の性別を隠して通うという選択肢もあり、専門家と相談しながら対応した方がいいでしょう」
ただ、あくまで「数としては少ない」と強調します。
違和感を持つ子どもたちの大部分は、医師などの専門家でも、診断できない、診断の必要のない「中間群」だといいます。
「性別に違和感を持つ子どもを追跡したいくつかの研究では、違和感が成人になるまで持続していた割合は男児で6~23%、女児で12~27%とされていました」
そのため、「自分の身体は男だけど、もしかしたら女の子かもしれない」という児童や生徒を、すぐに完全な「女子」として扱うのは過剰な対応になってしまうケースもあるそうです。
「そもそも子どもたちは、『性別』いう概念を理解する途中です。『自分は男なのか、女なのか』という『性自認』の形成も途中。好きになった人がどの性別かという『性的指向』と混同している場合もあります。周囲の大人は『変化するもの』『曖昧なもの』だという前提をまず持つ必要があります」
一方で石丸さんは、LGBTQといった性的少数者の情報が「悪影響」だとして、子どもたちから遠ざけられることを懸念していると話します。
情報が入らないことで孤立したり、無理解や偏見に傷ついたりしかねないためです。
精神的に追い詰められ、自殺を選ぶ人もいます。
そして、米国の発達心理学者、ダイアン・エーレンサフトの言葉を紹介してくれました。
『親は、お子さんの性自認に影響を与えることはほとんどできません。しかし、お子さんの性別に関する健康には大きな影響を与えます』
「これは本当にその通りなんです」と石丸さん。
「周囲の大人が何をしても、本人の性自認や性的指向を変えることはできません。しかし、周囲の関わり方で、精神的に健康でいられるかどうかは大きく変わります。その意味では、情報は逆に必要です。本人は自分の性自認や性的指向が何なのか、試行錯誤をしています。その過程をおおらかに見守ることが重要なのです」
性の多様性を想定した対応は、子どもたちに身近な「おもちゃ」でも始まっています。
紹介してくれたのは、文具・おもちゃメーカー「パイロット」玩具事業部の土井菜摘子さんです。
パイロットでは1992年から、お風呂に入れたり、ミルクをあげたりすることができる抱き人形「メルちゃん」を製造、販売しています。
メルちゃんは、いわゆる「女児向け」おもちゃとして企画され、洋服の基本もピンクのスカートです。
しかし、2017~2019年に慶應義塾大学の皆川泰代教授(言語心理学、発達心理学)と共同研究したところ、意外な結果が出ました。
3歳前後の男児・女児約70人に、「人形遊び」と「パズル」を母親と遊んでもらい、その様子を後日分析したところ、男女ともに「人形遊び」の方が笑顔の時間が長く、母親とのアイコンタクトの時間も長かったのです。
「男の子の方が笑顔の続いた時間の平均が長く、驚きました」
先行研究では、男の子はパズルや乗り物のフィギュアといった「男児向け」のおもちゃの方を、人形など「女児向け」おもちゃより好むとされていました。しかし、同じ条件で遊んでもらうと、男の子も女の子と同じように人形での「ごっこ遊び」を楽しんでいたのです。
「母親とのアイコンタクトの時間も長く、コミュニケーションを重要視して遊んでいました。人形遊びは、男女ともに社会性を伸ばす遊びであるともいえると思いました」
性差が大きく出ていたのは、子どもよりも大人の「母親」だったと言います。
「○○したら?」という教育的な提案を、女の子には「人形遊び」で、男の子には「パズル」でより多くしていたのです。
「お母さんの方が無意識のうちに、『女の子には人形遊び』『男の子にはパズル』という考え方を強めてしまっている可能性が見えてきました。これは私たちメーカー側にも同じことがいえます。大人の方が、性別のバイアスをかけておもちゃを選んでしまうことにより、子どもの選択肢を狭めていたのかもしれないのです」
英国では2012年ごろから、おもちゃの主要な小売業者の売場から「女児」「男児」の表示が撤去されていったそうです。
同様の動きは、米国の量販店や仏国の玩具メーカーでも相次いでいます。
日本でも、2019年に大手玩具メーカーが、それまで男児向け、女児向けに分けていた事業部を廃止。組織改編しました。
2021年には、業界団体が主催する「日本おもちゃ大賞」でも、「ボーイズ・トイ部門」「ガールズ・トイ部門」が廃止されました。
パイロットで「メルちゃん」の企画を担当する土井さんは言います。
「メルちゃんの企画でも、『ユニセックスなデザインの方がよいのでは』『男女どちらでも使えるように黄色はどう?』という意見がでるようになりました」
実際に、憧れの職業への着せ替えが楽しめるようにと発売した「おまわりさん」や「おいしゃさん」などの衣装のセットでは、メルちゃんはもちろん、男の子の人形「あおくん」にも似合うようにデザインしたそうです。
「メルちゃんは30年近く愛されてきたお人形です。かわいらしい、ピンクのイメージは貫くつもりでいます。ただ、もっと『おともだち』としていろんな人形を登場させたい。性別にかかわらず、どんな子にも人形遊びを楽しんでもらえるような商品開発をしていきたいと思います」
オンラインイベントには、保育園や学校の関係者、小児科医など約100人が参加しました。
石丸さんや土井さんからの話題提供の後には、質疑応答の時間もありました。
ある参加者からは「子どもや親にどんな啓発をしたらいいでしょうか」といった質問も出ました。
そこで石丸さんは「男らしさ、女らしさの情報は社会にあふれています。何もしなくても子どもたちはそれを吸収します。『そうじゃなくてもいいよ』という情報を積極的に出していっていただければと思います」と話していました。
「自分は他の人と違うかもしれない」
「こんなこと感じるのはおかしいのかも」
そう思う子どもたちは、その悩みを大人たちに伝えるとは限りません。
また、大人になる間に変わる可能性も少なくありません。
子どもたちの可能性をつぶさないように、一つ一つの過程を否定せず、まるごと受け止めてあげられる社会が必要ではないでしょうか。
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