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連載

#36 金曜日の永田町

菅首相、笑み浮かべながら突き進む権力闘争 夏休みの宿題も先送り

断固として開かない国会

記者会見で自民党総裁選に出馬するかどうかを問われ、笑みを浮かべて答える菅義偉首相=2021年8月17日午後9時45分、首相官邸、上田幸一撮影
記者会見で自民党総裁選に出馬するかどうかを問われ、笑みを浮かべて答える菅義偉首相=2021年8月17日午後9時45分、首相官邸、上田幸一撮影 出典: 朝日新聞

目次

【金曜日の永田町(No.36) 2021.08.31】

菅義偉首相が新型コロナウイルス対策を盛り込んだ補正予算案を議論する国会を衆院選後に先送りすることを決めました。「夏休み」の宿題を先送りし続けても笑みを浮かべていた首相の政治の行きつく先は――。朝日新聞政治部の南彰記者が国会周辺で感じたことをつづります。

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#金曜日の永田町
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思わず呼び捨てにした尾身さんの怒り

「明かりははっきりと見え始めています」

菅さんが、「緊急事態宣言」と「まん延防止等重点措置」の対象を33都道府県に拡大すると発表した8月25日。記者会見で楽観的な見通しを示す菅さんの隣に並んだ政府の新型コロナ対策分科会会長の尾身茂さんは、午前中の国会で、ちぐはぐなメッセージにいらだちをぶつけていました。

衆院厚生労働委員会の閉会中審査に出席した尾身さんは、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長を思わず呼び捨てにし、「バッハ、私はお会いしたことはないが、たとえば人々にいまテレワークを要請しているわけですよね。そのときに今回また来る。バッハ会長のあいさつが必要なら、なぜオンラインでできないのか」と東京パラリンピックのための再来日を批判したのです。バッハ会長が五輪閉会後にした銀座散策もやり玉にあげながら、「1回来たなら、銀座にも行ったのなら、一般庶民としてそう思う」と訴えました。

尾身さんの不満は政府にも向かいます。東京都を中心に医療崩壊に近い状況になったことについて、東京五輪の開催決定が国民に「矛盾したメッセージとなった」と指摘。政府が「専門家より楽観的な状況分析を行った」とも述べました。

こうした尾身発言が注目を集めたこの日の質疑で、とくに議論されたのが「夏休み」明けの学校再開の問題でした。

「学校はもう始まります。始めることが妥当なのでしょうか」
「きょうできなくても勉強は2週間後でもできる。始まる時期をある程度延ばすということは各自治体の判断で検討する方がよろしいかと思います」

野党議員に問われた尾身さんは、夏休みを地域によって延長する必要性に言及しました。ただ、「学校の対策も、休校するという単純なことだけじゃなくて、きめこまやかに、合理的で徹底した対策をとっていくことが重要だ」と強調。教職員へのワクチンの優先接種や、検査の体制充実などに取り組む新しい方針を強調。「とくに若い児童は、一番大事な時期で、学習の機会を奪うのは本人たちのためにも気の毒」と語り、休校を続けることは望ましくないという考えを示しました。

東京パラリンピックのゴールボール女子日本戦を観戦し、会場をあとにするIOCのバッハ会長=2021年8月25日午後、幕張メッセCホール、川村直子撮影
東京パラリンピックのゴールボール女子日本戦を観戦し、会場をあとにするIOCのバッハ会長=2021年8月25日午後、幕張メッセCホール、川村直子撮影 出典: 朝日新聞

2カ月半続く国会の「夏休み」

学校が不安を抱えながらも再開に向けて動くなか、政府が動かす意思を示さないのが国会です。散発的に閉会中審査が開かれていますが、閉会中審査では、予算や法律をつくることはできません。召集を決める権限のある政府が動かないため、国会の「立法機能」が奪われた状態が続いているのです。

野党の会期延長の要求を拒み、菅さんが通常国会を閉会したのは6月16日。立憲民主、共産、国民民主、社民の4党が7月16日、憲法53条の規定に基づいて、臨時国会の召集要請を出しましたが、一向に応じる気配がありません。

憲法53条には「いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」と定められているにもかかわらずです。市民の私権制限を伴う「緊急事態宣言」や「まん延防止等重点措置」が拡大の一途をたどるなか、国会が開かれていない状態は8月31日で76日目となりました。2カ月半も「夏休み」にしているのです。

菅さんは6月17日の記者会見で、こんな約束をしていました。

「明日には、私の内閣になって初めての骨太方針を決定いたします。ポストコロナにふさわしい、安心できる社会と強い経済を早急につくり上げていきます。国が主導して、病床や医療人材を迅速に確保し、治療薬やワクチンを早期に実用化するための法的措置を速やかに講じ、感染症によって揺らぐことのない強靱な体制を整えます」

しかし、国会を開かないため、思い切った対策はストップしています。

十分な補償ができないなか、法律上の根拠もなく行おうとした酒類販売業者や金融機関を通した飲食店対策。感染拡大地域で、入院を重症患者や重症化リスクの高い患者に限るという「入院制限」。予算や法改正などの手当をせずに、既存の枠内で筋の悪い方針を打ち出しては、閉会中審査などで与野党から批判を浴び、撤回や修正に追い込まれるという悪循環を繰り返しています。その結果が医療を受けることすらできずに自宅で亡くなる人が相次ぐという痛ましい事態です。

菅さんが一向に国会召集に応じようとしないため、野党側は8月26日、「奇策」を提案しました。

立憲民主党の安住淳国会対策委員長は、自民党の森山裕国対委員長と会談し、10月21日に衆院議員の任期満了が迫るなか、衆院選の前後で「数カ月間の政治空白が生まれる」と指摘。その前に予備費を数兆円積み増す補正予算を通すため、臨時国会を自民党総裁選前の9月7~16日に開くことを求めたのです。

予備費は国会の審議なしに政府が自由に使える予算で、それを積み増せと野党が提案するのは異例です。9月17日の自民党総裁選の告示前に衆院解散をする選択肢を菅さんに与えることを呼び水にして、国会を開かせようとする提案でした。

しかし、菅さんはあくまで国会を開くことを拒否。コロナ対策などを盛り込んだ補正予算案の審議は衆院選後に先送りすることを決め、8月31日、森山さんを通して、野党側に国会召集に応じない考えを伝えました。

前回の自民党総裁選で戦った(左から)岸田文雄前政調会長、菅義偉首相、石破茂元幹事長=2020年9月14日、東京都港区、伊藤進之介撮影
前回の自民党総裁選で戦った(左から)岸田文雄前政調会長、菅義偉首相、石破茂元幹事長=2020年9月14日、東京都港区、伊藤進之介撮影 出典: 朝日新聞

菅さんの笑みと暴走

正式な国会を開かないまま、菅さんが突き進んでいるのが、自民党内での権力闘争です。

内閣支持率が「危険水域」と呼ばれる2割台に突入し、国会周辺では、横浜市長選で菅さんが推す小此木八郎・前国家公安委員長が「劣勢」という情報が広まっていた8月17日の記者会見。「総裁選には当然出馬されて再選を目指すというお考えでよろしいですか」と尋ねられた菅さんは用意された紙に目を落としながら、なぜか笑みを浮かべながら答えました。

「私自身、秋の総裁選に出られるのかというテレビ局から質問がありました。その際に、総裁として出馬するには、時期が来ればそれは当然のことだろうと、こう思うという答えをしています。それに変わりはありません」

8月22日には横浜市長選で野党系候補に18万票もの大差で小此木さんが惨敗し、かつて菅さんの後見人だった「ハマのドン」の異名を取る横浜港ハーバーリゾート協会会長の藤木幸夫さんからも「菅も今日あたりやめるんじゃないの? やめないとしょうがないだろう。電話がかかってきたら『(首相を)やめろ』と言う」と言われました。

それでも菅さんは翌23日、「私、時期がくれば出馬させていただくのは当然だという趣旨の話をさせていただきました。その考え方に変わりありません」と記者団に語りました。

総裁選に立候補表明した岸田文雄・前政調会長が党執行部の「刷新」を表明し、自民党内でも「菅離れ」が広がり始めると、菅さんは二階俊博幹事長らを衆院選前に交代させる検討に入るなど、争点や対抗馬をつぶすことに躍起になっています。

しかも、総裁選告示前の9月上旬にも人事を断行する方向です。総裁選で選ばれた総裁が、新しい党役員や閣僚の人事を行うという通常のプロセスから外れたやり方に対し、党内からも「邪道」という声が漏れる異常な状況になっています。

私は横浜市長選翌日の8月23日に入稿した『週刊金曜日』(8月27日発売号)の記事で、以下のように書きました。

「浮上しているのが、衆院選の任期満了選挙の日程を閣議決定する手法だ。10月17日の投開票が想定される。何よりこの手法に菅氏のメリットがあるのは、衆院選前に国会を開かずに済むことだ。公職選挙法の特例を使って、任期満了日の10月21日に解散をすれば、最大11月末まで衆院選を先送りすることは可能だが、臨時国会を開かなければならない。コロナ対策の失政が露呈するなか、追及を受ける場となる国会は開きたくないというのが菅氏の本音だ」

安倍政権以来、国民の代表が集まる国会での議論を軽視してきた菅さんの体質から導かれた結論です。それでも、現下の深刻なコロナ危機を直視し、国会を開いて、当面の課題に向き合った方がいい――。入稿した後も、菅さんの方針転換を心のなかでは願っていました。

しかし、楽観バイアスにとらわれ、本来「夏休み」に行うべき課題を先送りしてきた菅さんは冷静な判断ができなくなってきています。行き詰まった結果、人事権を振り回すしかなくなってきたのです。衆院解散のためだけに臨時国会を開く案も出ています。

記者会見する菅義偉首相=2021年8月17日午後9時20分、首相官邸、代表撮影
記者会見する菅義偉首相=2021年8月17日午後9時20分、首相官邸、代表撮影

「政治の理が成り立たない」

「選挙を意識した権力闘争ではなく、衆院任期満了までの2カ月間は与野党が力を合わせて、危機的なコロナ対応に集中してほしい」

東京の6つの自治体の首長が8月12日、そうした願いを込めて、「政治休戦」を政府・与野党に呼びかけていました。地道にコロナ対策に向き合う気があるのであれば、「政治休戦」は政府・与党にとってメリットがあるものです。しかし、立憲の枝野幸男代表らが提案に理解を示し、議論の場となる臨時国会や与野党党首会談を呼びかけても、菅さんは全く応じませんでした。

6人の首長は超党派で、自民党都議出身の区長もいます。提案者の一人で、かつて「自社さ政権」で自民党と連立政権を共にした経験がある保坂展人・世田谷区長(元・社民党衆院議員)は臨時国会見送りの報道に接し、「野党からは提案に前向きな声も出ていたが、政府・与党からは『臨時国会を開き、法改正などを議論すべきだ』といった石破茂さんぐらいしか反応がなかった。以前の自民党なら、自民党の方から先にこういう提案が出ていたはずなのに…」と指摘。次のようにいまの政治への深い失望を吐露しました。

「戦後最悪のパンデミックに対し、おそろしく鈍感で、政治的なサバイバルにしか関心がない。選挙での当落や見え方にすべての関心があり、本来の仕事の中身に関心を持たない状況になっている。だからこそ、コロナ対策の失政が繰り返されてきたのではないか。自宅での死亡や妊婦の感染などが相次ぎ、現場は疲弊しているのに、『予備費は足りている』という現状の延長の対策でよしとする判断は、エゴイズムの狭い論理で異常な状態だと思う。最速で最善の手を打っていくという当然の政治の理(ことわり)が成り立たないことに啞然とします」

菅さんは東日本大震災があった10年前、国会を閉じようとする民主党の菅直人政権に対して、自身のブログにこんな批判をつづっていました。
「菅内閣は批判から逃れるために国会を早く閉じ、(補正予算の)政府案の提出は8月以降にすると発言しています。政権の延命しか考えていないのです」(2011年5月7日)

このときは、民主党政権が国会の会期を2カ月以上延長。与野党が協力し、「夏休み」返上で補正予算や再生可能エネルギー特別措置法などを成立させました。今回の政治の危機は、より深刻な様相です。

 

朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

〈南彰(みなみ・あきら)〉1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連の委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。

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