IT・科学
高校生がゼネコン社長に手紙を書いたら…役員にすぐ共有、思わぬ返事
「基礎研究への熱意」心を動かす
「私は中学3年から今まで、金属球の転がり摩擦という基礎物理分野の実験を続けております」。大手ゼネコンの竹中工務店の社長あてに手紙を書いた高校生がいます。全国の高校生・高専生による科学技術のコンテストで竹中工務店賞を受賞し、お礼を伝えるためでした。書いた手紙がもたらした思わぬ展開を取材しました。
手紙を書いたのは、東京都町田市の玉川学園高等部3年の浅倉ゆいさん(17)。浅倉さんは昨年12月にあった第18回高校生・高専生科学技術チャレンジ「JSEC2020」(朝日新聞社、テレビ朝日主催)で、竹中工務店賞を受賞しました。
テーマは「レールの上を転がる球の摩擦力の研究」です。物理の教科書には摩擦係数は速度に依存しないとあるのに、実際に球を転がして計測すると速度で摩擦係数が変化してしまうのはなぜか。その原因を探ろうと、レールの形状や幅、球の大きさをかえながら摩擦係数の変化や傾向を分析しました。
中3の時に上級生から研究を引き継いで始め、高2まで、レールに小さな球を1m程度、1万回以上転がした結果、球の真球度や表面の状態の違いによるものなのではないかと考察した研究でした。
浅倉さんはこの研究を複数の科学コンテストに応募しました。中3の時に日本物理学会ジュニアセッションで発表する機会があったものの、その後は全敗。地味な基礎研究は関心を持たれないと思いつつ、あきらめずに研究を続け、高2の冬、JSECでの受賞が決まりました。「地道だから得られる成果をちゃんと見て、評価してくれている人がいる」。喜びを伝えようと、お礼の手紙を書くことにした、といいます。
竹中工務店が浅倉さんの研究を選んだのにも理由がありました。賞を担当した技術本部長の村上陸太さん(63)は、浅倉さんの研究をみて、大阪・吹田スタジアム(現パナソニックスタジアム吹田)を思い出しました。屋根の免震装置に、ベアリングの球を使っているからです。講評にも「実際の建築物の免震技術に応用できそうです」と記しました。
今年5月、浅倉さんの書いた手紙が竹中工務店の佐々木正人社長宛てに届きました。社長宛てだったのは、JSECの事務局経由で相談を受けた担当者が「それなら社長に」と伝えたからです。
手紙は手書きの3枚つづりでした。「浅倉さんの思いがこもった手紙に、みんな心が動かされた」(広報)と言います。
手紙には、受賞の感謝や、これまでコンテストに出しても興味を持たれなかった経緯とともに、「実際の建物に金属摩擦がどのように応用されているのか調べ始めた」「建築やデザインに携わる仕事を希望したい」などと受賞後の変化や将来の夢についても書かれてありました。
手紙は役員らにすぐにメールで共有され、役員の一人から千葉県印西市にある竹中技術研究所に浅倉さんを案内してはどうか、という声があがりました。技術研究所では日々、地道な実験や解析計算を重ね、建物に応用する技術開発に取り組んでいます。基礎研究が大きな建物を支える技術に生かす現場を見てほしいと思ったからです。
浅倉さんから手紙が届いた約1週間後、佐々木社長から命を受けて、JSECの選考を担当した技術本部長の村上さんが返事を書きました。浅倉さんの実験姿勢に見習うべきであると感じたこと、技術研究所へ招待したいことを伝えました。村上さんは当初、手書きで書こうとしたものの普段書き慣れない手書きに断念し、パソコン入力にしましたが、窓口となる研究所の担当者の連絡先を書き、5月中に郵送で高校に返信しました。
浅倉さんは「一方的に書いたつもりだったが、返事が来てびっくりした」と言います。
学校と浅倉さん、研究所の担当者とのやりとりが始まり、7月27日、引率の矢崎貴紀教諭(31)とともに技術研究所の訪問が実現しました。ビル風や風の音を検証する風洞実験室、樹木が植えられた壁面緑化の実験スペース、実際の建物の大きさで検証する耐火実験棟などを約1時間かけて見学。技術本部長の村上さんや技術研究所長の高橋幹雄さん(58)らともに約1時間にわたり懇談しました。
村上さんは「吹田スタジアムの屋根も誰も気づいてくれないが、球が支えてくれているように、大きな建物に技術を応用するには、浅倉さんがやったような地道な研究が大事になってくる」と基礎研究の大切さを訴えました。
浅倉さん自身も、実験データが、現実社会に応用できると聞き、興味の幅が広がったと言います。免震装置を調べるうちに、防災に興味を持ち始め、防災訓練をより突発的なものに変えられないかなどと考えるようになりました。「教室の片隅でレールに転がしているだけだった研究を評価してもらい、大きいことを教えてもらえた気がします」と話します。
地道な研究と心のこもった手紙。いずれも未来を切り開く力になるのかもしれません。
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