感動
男子のなかで12年プレー「女子高校野球」の道、切り開いた監督の信念
男子にはない魅力、憧れの甲子園で
阪神甲子園球場で8月23日、第25回全国高校女子硬式野球選手権大会の決勝戦が開かれます。高校野球の聖地で女子球児が公式試合をするのは初めてのことです。「女子にしかない魅力と熱量をぜひ多くの人にみてもらいたい」。12年間、男子にただ1人混じって野球を続けてきた元全日本女子硬式野球の日本代表で横浜隼人高校女子硬式野球部の田村知佳監督(41)に思いを聞きました。
「甲子園、いきたかった……」
決勝戦に進んだ高知中央に、準々決勝で4-5で競り負けた。後日のオンラインインタビューで、画面越しに顔をくしゃっとさせた。
聖地への思いは、数ある女子高校野球の指導者のなかでひときわ強い。
元プロ野球選手の父・田村登志親さんの影響で「覚えていないくらい小さいころ」からグローブとバットを与えられた。小学1年生で地元、東京・目黒の少年野球に入り、中学では、登志親さんが監督を務める中学の軟式野球チームに入った。
「私たちの世代の場合、女子か男子か、という選択肢はなく、『(野球を)やるか、やらないか』。やりたければ男子のなかでやるしかなかった」
高校は国学院久我山高校に進学。野球部監督に直談判し、男子と同じ練習をするという条件で入部を許された。甲子園に春夏7回出場している強豪校。毎年夏になると「たった1人の女子部員」としてマスコミが取材に来た。
だが、公式戦には出られない。練習試合でも、監督がわざわざ相手校に「うちには女子がいますが、出しても良いですか」と聞き、OKしてもらえてようやく、試合に出してもらっていた。
体力の差も歴然だった。「中学では同じようについていけましたが、高校生ともなると肩の強さ、打球のスピード、足の速さ。すべてがケタ違いでした」。それでも、強豪校で「本物の野球」を学んだ貴重な時間だった、と振り返る。
日体大に進み、初めて女子だけのチームで軟式野球部に所属した。男子のスピード感のなかでずっと戦ってきた田村さんは、「女子野球のレベル、あまり高くないな」と感じた。
もっと強くなりたい。もっと強い選手と戦いたい。そう思い、大学1年生の時に女子日本代表チームのトライアウト(選抜試験)を受け、合格。再び硬式野球の道を進んだ。
オーストラリアや台湾に遠征し、全国から集まった女子日本代表選手と野球が出来る喜びをかみ締めた。大卒後に横浜隼人高校に体育教員として赴任すると、2005年、「野球経験者はほぼゼロ」という女子生徒13人を集めて女子軟式野球部を創部。7年後の2012年に硬式野球部に移行した。
「普通、女子野球部つくります!と学校が宣伝して生徒を集めると思うんですけど、私の場合、校長先生にお願いして、野球好きな女の子を集めて勝手につくったので、グラウンドなどが確保されていないんです。内野一面とれるかとれないかの場所で週2回やらせてもらったり、外の球場借りて練習したり。週末はグラウンドがあるところに遠征したり。いまも、校舎と校舎の2メートルくらいしかないような場所にブルペンつくって、細々と練習しています。みんな、よくこんなところで頑張ってくれるなあ、と思いながら見ています」と苦笑いする。
今年で女子高校野球指導歴17年目を迎えた。17年前、わずか数校しかなかった女子の高校硬式野球チームは今年、40校にまで増えた。目をきらきらさせて試合を見に来てくれる女子中学生の姿を見ると「私のように男子に混じってプレーしても、少年野球チームで終わる子が多かった。女子でも野球が続けられるんだ、という希望を与えられている」と手応えを感じている。
世の中の変化も感じている。「女子だけのクラブチームも増えてきましたし、仮になくても、最初から『女子なんて入れないよ』というところは少なくなってきましたね。土壌として女の子が入ってくるのを拒否しないというのは大きいです。私は、どこかでダメと言われていたら野球やめていたと思うし、人生はまったく違うものになっていたと思います」
女子による硬式野球の試合が、甲子園で行われる。そんな日が来るとは思ってもみなかったという。だが、長年、甲子園の舞台にあこがれていた田村さんに聞いてみると、意外にもこんな反応が返ってきた。
「女子高校野球にとっては道のりの一つだと思います。正直、甲子園で出来るレベルではまだないとも思うのです。でも、いろいろな人に女子が野球をやっているということを知ってもらい、応援してもらえる機会が今回の甲子園での開催なのかなと思っています」
一番見てもらいたいものはどんなところですか。そう質問すると「女子には女子にしかない熱量がある」と田村さんは話す。「元気のよさとか、はしゃいでいる感じも、男子にはない魅力。そういうものを多くの人が見てくれたら、女子高校野球をもっと応援してもらえるし、それが一番の願いです」
「女子野球にしかない熱量と魅力」――。確かにそうだった。
15年ちかく記者をしていた筆者は、朝日新聞に入社後、最初の5年間は毎年、地方の総局で、甲子園を目指す高校球児や監督たちを取材していた。しかし、女子高校野球について取材をしたのは今年が初めてだった。
野球という、日本で最もメジャーなスポーツの一つであるにも関わらず、そこに登場するのはすべて男性だったことに、筆者自身も何の違和感も抱かなかった。だが今回、過去最多の40チームが参加した兵庫県丹波市での全国大会を取材し、そこで繰り広げられる女子球児たちの戦いを取材し、発見の連続だった。
プレーはもちろん、飛沫感染防止でブラスバンドの応援やスタンド観戦が制限され、寂しいはずの球場なのに、ベンチがとにかく明るい。絶え間ない仲間への声援やエネルギッシュなダンス、「笑顔だよー!」と遠くまで響く声に見ていてこちらが元気をもらった。
男子がするもの、と思い込んでしまうスポーツはまだまだ他にもあるだろう。東京五輪では、女子フェザー級で金メダルを獲得した選手に対し、男性の元プロ野球選手が「嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合ってね。こんな競技好きな人がいるんだ」と揶揄し、謝罪した。
男子の世界でも女子の世界でも両方を経験した田村さんは、こう話す。
「熱い思いで白球を追いかける女子選手の姿をもっとたくさんの人に見てもらいたい」。それが、野球をやりたいと願う女子球児の道を切り開く一番の近道だと信じているからだ。
(ブカピ 今村優莉)
女子高校野球準決勝までの試合後の感動を集めた動画は、部活生を応援するYouTubeチャンネル「ブカピ」でもご覧いただけます。
朝日放送テレビ
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