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連載

#8 #啓発ことばディクショナリー

「息子とデート」「人財=じんざい」言葉に重なる〝まやかしの感動〟

気をつけたい「無意識の支配」の怖さ

「ママと息子の初めてのお泊まりデート」というタイトルで炎上した、ある企業の宿泊プラン。この一文を生み出した社会情勢と、「人財」といった造語が使われる背景事情の、共通項について探ります(画像はイメージ)
「ママと息子の初めてのお泊まりデート」というタイトルで炎上した、ある企業の宿泊プラン。この一文を生み出した社会情勢と、「人財」といった造語が使われる背景事情の、共通項について探ります(画像はイメージ) 出典: Getty Images

目次

「母親と息子のデート」をうたう宿泊プランを企画した、リゾート施設の経営企業が、今年の春、ネット上で「炎上」しました。プランの見せ方に「親を喜ばせるため、子どもを使うな」「不適切な表現がある」などの批判が集まったのです。言葉によって〝感動〟を演出することで、他者を無意識に支配する。よく似た構造を持つのが、主に企業の経営者たちが発する、「人財(人材)」「志事(仕事)」といった造語です。一見、ポジティブな響きを伴う語句が、周囲の人々との関係性を歪(ゆが)めてしまう。そんな言葉を使うことの、怖さと難しさについて考えます。(withnews編集部・神戸郁人)

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「啓発ことば」三つの特徴

「人財(人材)」「輝業(企業・起業)」……。ちまたで、そのような言い換え語を見かけることはないでしょうか。筆者は、これらの単語を「啓発ことば」と総称し、成り立ちを探ってきました。

「啓発ことば」の性質を分析すると、主として次の3点に集約することができます。


①単語の一部をもじることで、前向きさを演出する
 

例:「頑張る」=一生懸命我慢する

 →「顔晴る=晴れ晴れと笑い、明るく困難に立ち向かうイメージを強化


②労働に「賃金を稼ぐ」こと以上の価値がある、との印象を強める

例:「仕事」→「志事」:職務への高い意欲をやりがいをもって、生き生き働く、とのイメージを伴う

③相手に対し、自分の意図に応じるよう、暗に求める
 

これらの中でも「息子とデート」に重なるのが、三つ目の「意図に応じるよう、暗に求める」です。

「人財」が個人に要求すること

例えば「人財」という単語は、「有能で勤労意欲が高く、組織の発展に役立つ働き手」との意味を伴います。

少なくとも1960年代頃には登場し、企業幹部など、主として雇用主側が使ってきました。日本の経済状況が悪化すると、「人罪(組織に害をなす社員)」「人在(会社にいるだけの社員)」などの派生語も生み出されます。

労働者の働きやすさを追求するよりも、経営者にとって役に立つ働き手を獲得したい――。「人財」には、権力を持つ側にいる人々の意志が、明確に反映されていると言えます。

更に特徴的なのが、しばしば「感動」という言葉と併用される点です。

「人材を人財にする」という目的で、社員を集め、同僚への感謝の思いを発表させる。研修の一環で、過酷な登山や野外キャンプを実施する。そうした取り組みの意図について、「感動により人を育て、横のつながりを強める」と語る企業幹部は少なくありません。

背景にあるのが、「管理しやすい労働者がほしい」という、経営者層の意向です。いわば人工的な〝感動〟を通じて、働き手との間で「権力関係」を強化する狙いがある、と言えるでしょう。
「人財」という言葉が使う企業は、仕事と感動を結びつける取り組みを行っている場合もある(画像はイメージ)
「人財」という言葉が使う企業は、仕事と感動を結びつける取り組みを行っている場合もある(画像はイメージ) 出典: Getty Images

子どもの尊厳を無視した宿泊プラン名

そして「人財」と似たような問題をはらんでいるのが「息子とデート」です。

今年5月、リゾート施設の運営会社が掲げた「ママと息子の初めてのお泊まりデート」という宿泊プラン名が、ネット上で注目を集めました。「恋愛や性愛を連想させる」「子ども目線に欠ける」などの厳しい批判を招いた末、撤回されたのです。

一連の流れを受けて、ジャーナリストの中野円佳さんは、「子どもは親を感動させるためにいるわけじゃない」とした上で、こう苦言を呈しています。

 


親側は、子どもを「自分を喜ばせるための道具」にしないように注意していかなければいけないし、ましてやサービス提供者が「子どもを親を喜ばせるために使う」ことを後押ししてはいけないと思います。
 

――「息子とデート」子どもを〝道具〟にする危うさ 親だけ満足でいい?(withnews)

 

子どもとの旅行を「デート」と表現することについて、「ネタ」と受け取る人々は少なくありません。しかし現状を放置することによって、冗談めかした行動が、親子関係に悪影響を与えかねない――。中野さんは、そんな懸念も表明しました。

一方で別の識者からは、息子を理想のパートナーと捉える風潮の裏に、母親の所有欲や、「子どもは親に感謝すべき」といった観念があるのではないか、との指摘がなされています。

その意味で、今回の騒動は、親が子どもを無意識にコントロールしようとする危うさが浮かび上がったケースである、と総括できるかもしれません。

一連の騒動は、親が無意識のうちに持ってしまう、「子どもを所有したい」という欲望に裏打ちされているのかもしれない(画像はイメージ)
一連の騒動は、親が無意識のうちに持ってしまう、「子どもを所有したい」という欲望に裏打ちされているのかもしれない(画像はイメージ) 出典: Getty Images

「感動」による支配という共通項

そして「感動」による他者の支配という点で、「人財」にまつわる現象と、「息子とデート」案件は、通底する部分があると感じます。

「息子とデート」騒動の報道をめぐっては、「様々な困難が伴う子育ての糧に、『デート』という言葉を位置づけている」という趣旨の感想も、読者から上がりました。

母親たちが、育児の苦労を乗り越えるため、一服の清涼剤として、子どもとの親密さを表す言葉を用いる。そのこと自体は、決して否定されるべきものではありません。

また、それぞれの家族の事情によって言葉の受け止め方は変わりますし、「そんなにめくじらを立てなくても」という声に説得力があるのも事実です。ただ、こうした「擁護派」の視点においても、「人財」を用いる経営者の事情につながる要素が見て取れます。

産業構造の変化や、競合他社の存在など、企業を取り巻く環境は過酷です。生き残る上で、社員の組織や業務に対する愛着を高め、競争力を育てなければなりません。そのため、日々の業務に、ポジティブな価値を付け加える必要がある、とも言えます。

もちろん、会社が成長するメリットは、社員にとっても大きいでしょう。ただ「人財」や「感動」という言葉には、労働を特別視する空気を生み出す面があります

結果として、仮に働き方などに問題が生じたとしても、異議を申し立てにくくさせる恐れが否定できないのです。その意味で、本当に働き手のために使われているか、慎重に吟味することが求められます。

このように、「人財」と「息子とデート」のいずれの事例も、意図せず他者の尊厳を傷つけかねない、との構図が共通しています。その根本に、言葉遣いによって、人間関係を都合良く解釈し直す姿勢があったかもしれないことは、心に留めておくべきではないでしょうか。

言葉には、現実の暮らしを変えてしまう力があります。扱い方次第で、困難な環境を生きる助けにも、私たちの暮らしを脅かす「呪い」にもなるのです。

このことを胸に刻む大切さを、いま、改めて実感しています。



【連載・#啓発ことばディクショナリー】
「人材→人財」「頑張る→顔晴る」…。起源不明の言い換え語が、世の中にはあふれています。ポジティブな響きだけれど、何だかちょっと違和感も。一体、どうして生まれたのでしょう?これらの語句を「啓発ことば」と名付け、その使われ方を検証することで、現代社会の生きづらさの根っこを掘り起こします。毎週金曜更新。記事一覧はこちら
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