連載
#14 #戦中戦後のドサクサ
〝死に際〟に会った父の意外な一言…昭和末期に相次いだ「都市伝説」
戦地で散った親から継ぐ「切実な願い」
「40歳男性 一名搬送」「仕事中に胸部の激痛を訴え……現在、意識混濁」
1985(昭和60)年。東京都内で企業を経営する大介は、勤務中に突然倒れてしまいます。意識を失ったまま、病院に救急搬送されました。
ふと気が付くと、大介の目の前に、見慣れない光景が広がっています。どうやら、現実の世界ではないようです。
薄暗く、もやのかかった景色の中に流れる川。「俺は、さっき死んだのか……?」。自分は三途の川の縁に立っているのだ。そう悟りました。
終戦の年に生まれた大介は、父と会ったことがありません。戦時中、若くして、出征先で帰らぬ人となったからです。生き残った母が身を粉にして働き、養ってくれました。
学校を卒業後、北関東の故郷から上京し起業。やがて妻の育子と結ばれ、娘のよしみを授かります。それから16年が経ち、大介は壮年に。家族との豊かな生活を維持するため、寝る間も惜しんで仕事に打ち込んだ結果、体を壊してしまったのです。
川べりで呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす大介でしたが、向こう岸に人影を認めます。目をこらしてみると、幼い頃に死に別れた父でした。
生前に一度も対面できず、写真でしか顔を知らない父。軍服を身にまとい、自分よりもずっと若く見えました。
「お父さん!」。激情に駆られた大介は、まるで少年に戻ったかのように、必死で走り出します。しかし川を渡ろうとしたところで、目の前の父が、意外な言葉を発しました。
「来るな!! お前はまだこちらに来てはいけない」「家族のところへ帰れ!」
大介は、昔気質な男です。親に一喝された以上、引き返すしかありません。泣きながら、来た道を戻っていきます。
すると、遠方から大介を呼ぶ声が聞こえてきます。ほかならない、妻子でした。
思春期まっさかりの娘・よしみと、わが子との距離の取り方に悩む妻・育子。大介は二人の様子に戸惑いつつも、家にお金を入れることが最大の役割であると、思い続けてきました。
しかし父との出会いを経て、彼の心に変化が起こります。
「俺も……生きたい!」「お父さんがしたくてもできなかったことをやるんだ!」
次の瞬間、涙を浮かべてこちらを見つめる、育子とよしみの顔が視界に飛び込んできました。「意識が戻りました!」。大介の様子を確認する、看護師たちの傍らで、彼はつぶやきます。「お前たちが元気ならな、俺はそれでいいんだ」
それからしばらく経った、夏のある日、よしみは父の実家を訪ねました。祖母に付き添われ、亡き祖父の遺影に線香を手向けます。その出で立ちは、大介が夢の中と同じような、軍服姿です。
「助けてくれたんだからよ、お礼言わねえとな」。祖母が優しく促します。「……私が会えなかった、おじいちゃん」。よしみは目をつぶり、静かに合掌するのでした。
このエピソードは、昭和末期にあたる1980年代頃、全国的に語られていた物語を再構成したものです。
当時、既に高度成長期が終わり、日本経済は一定の成熟を見せていました。街中にファッションビルが立ち並び、家庭用ゲーム機が人気を博すなど、大量消費文化が花盛りとなった頃です。
しかし大人たちの間では、幼少期や青年期に体験した、戦禍の記憶が共有されていました。そうした状況下、「戦争で亡くした家族と会った」という体験談がしばしば聞かれたのだと、岸田さんは語ります。
「私自身、新聞や雑誌の投書欄を読み、同じような話を複数確認しました。夢を見た時だったり、事故や病気で命が危うくなった際だったりと、状況にはバリエーションがあります。しかし漫画に描いたものと、よく似た内容が多かったです」
そんな思い出を基にした、今回の作品。移ろいゆく時の中で、人々がどんな気持ちで過ごしていたか知って欲しいとも、岸田さんは話しました。
「戦争によって身内を喪(うしな)った人は、長い時間が経ってから、亡き家族への感情が心に表れることもあったのでしょう。時代の転換期に、一人ひとりが抱えていた思いを、感じて頂けるのではないでしょうか」
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