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連載

#8 地デジ最前線

AIカメラで豚の行動を解析 勘や経験を「見える化」する畜産DX

監視カメラやセンサーを用いた豚の個体把握=コーンテック提供
監視カメラやセンサーを用いた豚の個体把握=コーンテック提供

目次

地デジ最前線

「勘」や「経験」が必要とされてきた畜産・酪農業界。第1次産業の代表的な分野でも、監視カメラやセンサーを用いた豚の個体把握など、AIやIoTを活用をする動きが出てきています。ライターの我妻弘崇さんが取り組みのキーマンを取材しました。

「勘」「経験」に頼る畜産業

AIやIoTを導入することで、新しい畜産、酪農の形が芽生えようとしている。

「畜産は、“勘”や“経験”に頼っているところが大きく、データ化されていない部分が多い」

そう話すのは、熊本市にある株式会社コーンテック代表取締役・吉角裕一朗さん。畜産のエサを安く作るためのコンサルティング、自家配合施設と呼ばれるプラントの設計を行う会社として、畜産業界のリーディングカンパニーとして成長を遂げてきた。

大幅なコストカットと効率化を実現するために、「畜産分野のテクノロジー化をもっと進めていかなくてはいけない」と続ける。

家畜が食べる“エサのコスト”――。実は、畜産事業の大きな負担となっていることは、あまり知られていない。

とりわけ豚のエサ代は、経営コストの66%を占めるといい、「畜産の豚を1kg太らせるために、3~5kgほどのエサが必要になる。エサのコスト高から経営状況の悪化を招き、後継者不足といった深刻な事態にまで発展している」と吉角さんは説明する。

コーンテック代表取締役・吉角裕一朗さん
コーンテック代表取締役・吉角裕一朗さん

飼料に大きなコスト

複数の原料を配合して作られる栄養価の高い「配合飼料」は、現在、約9割を海外からの輸入に頼っている。そのため畜産農家は、あの手この手でコストを削減してきた。

今なお、畜産の主な飼料となるトウモロコシのほとんどは輸入によるもので、輸入費や輸出国の生産状況に左右されながら、割高な餌を利用している現状が続いている。

また、飼料を自家配合する場合、一つ一つの飼料にどのような栄養素があり、配合した際にどのような効果があるのか、テストをするだけでも膨大な時間がかかってしまう。経営を行いながら、自身の見識を増やすには限界がある。そこでコーンテックは、

「飼料配合プラントにテクノロジーを導入することで、配合率を独自アルゴリズムで調整でき、誰でも効率的な飼料の配合ができるようにしました。コストのかからない、より効率的な畜産を実現できる」(吉角さん)

カメラで豚の行動を解析

農業(Agriculture)とテクノロジー(Technology)をかけあわせた「アグリテック」という言葉が注目を集めているが、畜産も同様だ。

「人間がわざわざやらなくてもいい仕事はテクノロジーに担ってもらう。人間だからこそ可能なクリエイティブな部分、考える仕事に時間を割くことで、畜産の可能性はどんどん広がっていくと思っています」(吉角さん)

現在、コーンテックはさらなるテクノロジー化を推し進めるべく、新たな挑戦――養豚農家向けIoT・AI監視サービス「PIGI」ベータ版を提供している。

独自にAI開発を行い、監視カメラやセンサーを施設導入することで、人の目を代替して豚の行動を解析する同サービスは、解析データに基づき、豚の個体数や体重測定・健康状態の把握のほか、施設の気温・湿度の監視し、データ管理やアラート通知を行う。「PIGI」は、一つのカメラにつき、同時に最大50頭まで個体識別を可能にする。

「一頭だけ他とは違う行動パターンの豚がいたら、病気の可能性があるため隔離するなどの対応ができます。豚コレラなどの感染症対策としても、IoT機器を導入するメリットはあります。また、家畜の個体識別を行うことで、脂身の厚みなどを数値化することも可能になる。ビッグデータを集積させることによって、より消費者が好む味や、消費者が求めている味に近づけていくこともできる」

すでにコーンテックでは、NTT東日本、養豚を手掛ける臼井農産(神奈川県厚木市)とAIカメラを活用した実証実験を行い、本格的な導入まで秒読み段階に入っている。また、プリマハム傘下の太平洋ブリーディングも、2022年に宮城県内で稼働する2つの豚舎で、「PIGI」を取り入れる予定だ。

「畜産における現場の仕事は、頭数を数える、状態を確認するなど、目を使う仕事が多い。AIカメラに置き換えるだけで、そういった労働力は1/10程度で済むようになります。加えて、バイオセキュリティの観点から鑑みても、なるべく人間が介入しない方が理に適っています。畜産地にいなくても遠隔からオペレーションができるようになれば、畜産に対する考え方も価値観も広がる」

畜産業でのゲームチェンジ

従事者のITリテラシーに関しても、問題ないと付言する。

「畜産業界において、おじいさんやおばあさんが小規模な豚舎で仕事をするというケースはごくわずか。すでにシステム化して大規模な畜産を行っている事業者の方が多い。一方で、何万頭もいるような豚舎であっても、iPadを使ってデータ記入するといった程度のDX化にとどまっている現状があります」

「数値的なデータが浸透していない世界ですから、IoT・AIを整備することで、本当の意味で畜産業界にもDX化の波が訪れる。大きなゲームチェンジが起きるのではないか」

AIカメラの情報は遠隔からでも確認可能
AIカメラの情報は遠隔からでも確認可能

先述したように、畜産の分野は“勘”や“経験”といった感覚に頼るところが大きい。そのため習熟度が高くなければ、エサの配合はもちろん、家畜の成長や集団生活の活動状況、さらには出荷のタイミングを判断することは難しい。

しかし、飼料配合、個体の成長度といった畜産にまつわる情報を、データや数値を通じて“見える化”すれば、経験が浅い従事者でもその判断はつきやすくなる。つまり、「大変そう」、「経験がないと難しそう」という畜産に対するネガティブなイメージを払拭することにもつながり、若手不足や後継者不足といった問題を解決する可能性まで秘めているというわけだ。

「豚や牛は、売ることができるため現金と変わりません。しかし、感染症や気候などのリスクがあるため動産とみなされず、資金提供がされづらいという背景があります。AIによって、家畜の資産価値や状況をあらかじめ“見える化”すれば、金融機関や出資者も資金提供しやすくなる。畜産市場に参入するプレイヤーが増えることで、日本の家畜農家は盛り上がっていく」

自社牧場を希望者とシェア

新規のプレイヤーを増やす試みは、酪農の世界にも現れ始めている。

「若いときから牧場経営者として経験を積むことで、酪農の楽しさや面白さ、課題にふれ、業界を支える人材を育てることはできないかと考えました」

と語るのは、北海道日高町にある株式会社ユートピアアグリカルチャー・長沼真太郎さんだ。お菓子のスタートアップとして知られるBAKEの創業者としても知られ、「BAKE CHEESE TART」「CHEESE WONDER」など数々のヒット商品を手がけてきたお菓子界の旗手でもある。

ユートピアアグリカルチャー代表・長沼真太郎さん=同社提供
ユートピアアグリカルチャー代表・長沼真太郎さん=同社提供

長沼さんは、「徹底的に原材料にこだわりたい」との思いから、昨年11月、自社で放牧酪農を運営するため北海道日高町にユートピアアグリカルチャーを作り、代表取締役に就任。その際、自社が運営する日高牧場で、若い人でも自分の農場を持つことができるよう、シェアミルカー制度を日本で初めて導入した。

シェアミルカ―制度とは、放牧飼育可能な土地を保有しているオーナーが、酪農家を志す人にノウハウと共に土地を貸与し、プロフィットをシェアしながら一緒に経営を行うこと。資金はないが、 酪農を志す人にとっては、 ごく少ない資本で酪農に新規参入することができるとあって、酪農大国ニュージーランドでは一般的な制度として浸透している。

「牛にとってストレスフリーな環境を考えたとき、つなぎ飼いの牛舎式ではなく、ストレスが少ないと思われる放牧式の酪農の方が望ましいと考えました。しかし、牧場は広大な土地に加えて、設備が必要です。初期投資が非常にかかるため、牧場運営に挑戦したい新規参入者にとってハードルがあまりに高い。そこで、我々がリスクを取って土地を購入し、酪農を志す人に運営してもらえればと」

新規には高いハードル

実際に、シェアミルカー制度を活用し、ユートピアアグリカルチャーの牧場に従事している若者もいる。牧場経営に参入した北海道日高町在住の20代男性は、次のように参加の経緯を語る。

「もともと千葉県で、小規模の酪農場で雇われて働いていました。あこがれていた放牧酪農にかかわれると思い、本プロジェクトに参加することを決めた。牧場の単体の収益が上がれば上がるほど、シェアミルカー報酬も上がる仕組みになっているので、やりがいもある」

放牧酪農の技術を磨きつつ、 将来的には農場オーナーを目指して、 必要な資金を蓄えることができる――。酪農の担い手までも育ててしまう理想的なファーム。なのだが、長沼さんは「やり始めてから大きな壁があることに気が付いた」と吐露する。

「私自身の酪農経験はゼロに等しいため、酪農経験者をはじめ周りの協力に頼りながらユートピアアグリカルチャーを設立しました。当初は、まったくの未経験者でも、関心や興味があれば参加できるのではないかと考えていたのですが甘かった(苦笑)。新規参入者には、酪農のノウハウや知識が求められ、想像していた以上にハードルが高い」

実際、先の20代男性は、毎日酪農に関わっていた経験者だ。彼自身、「酪農をやれる能力とやる気が必要」と否定しない。

「我々に、まだ十分な酪農のノウハウが蓄積されていないため、試行錯誤の最中です。近い将来、シェアミルカー側に経験がなくても経営ができるように整備したい。私の得意分野はブランドを作ること。シェアミルカ―制度を活用して独立した牧場からミルクを仕入れ、そして我々が乳製品のブランドを作っていく。そういった相互関係を築くことが理想です」

欠かせないテクノロジー化

そのためにも、酪農のテクノロジー化は欠かせないと語る。

「我々が投資していた企業は、バーチャルフェンスを作っています。牛の首輪にGPSを搭載し、一定の場所を超えると音が鳴る。乳牛を訓練させ、音でコントロールし、牧区を管理する。すでにこの取り組みは、実績として3000件ほど販売しています」

「また、アイルランドでは放牧とロボットを組み合わせた取り組みも行われている。ロボットが搾乳することで、人が介入する手間やコストの効率化につながっています。経験値を埋めるような技術が導入されることで、シェアミルカー制度もより普及していくと思います」

テクノロジー化が進めば、いずれは北海道の大自然にあこがれた未経験の移住者が、酪農に関わりながら新しい暮らしを実現する――、そんな未来も拓けているかもしれない。

農林水産省によれば、18年度の日本の食料自給率は過去最低の37%。日本における第1次産業の再興は急務であり、他人事ではない。コロナによって加速した二拠点生活や移住といったライフスタイルがさらに定着すれば、農業や漁業、畜産、酪農に関心を示す人も増えてくるだろう。

単に消費するだけではない、新しい時代の畜産や酪農が広がりつつある。カギを握るのは、テクノロジーの導入・整備化だ。

 

日本全国にデジタル化の波が押し寄せる中、国の大号令を待たずに、いち早く取り組み、成果を上げている地域があります。また、この波をチャンスと捉えて、変革に挑戦しようとする人たちの姿も見えます。地デジ化(地域×デジタル、デジタルを武器に変わろうとする地域)の今を追う特集です。
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