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「口先だけのSDGsは見抜きます」大学生起業家「エシカル就活」の野望
高校球児がフィリピンで受けた「衝撃」
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高校球児がフィリピンで受けた「衝撃」
SNSやネットを使いこなし、地球環境などに関心が高い10~20代のZ世代。彼、彼女らの間で環境や社会に配慮したものを大切にする「エシカル」がキーワードになっています。その動きに応えようと生まれたのが、ずばり「エシカル就活」。
22歳の大学生起業家・勝見仁泰さんが昨年から始めました。大学の野球の推薦入学が決まった高校3年の時、偶然訪れたフィリピンで見た気候変動の光景に衝撃を受け、進路を大転換。エシカル就活のためのサイトや企業説明会の運営に取り組みます。
世界が気候変動対策に大きく舵を切る今、この問題にどう向き合えばよいのか。そのヒントを探りました。
――「エシカル就活」って、聞き慣れない言葉ですね
これは僕の造語なんです。エシカルって英語で「倫理的な・道徳上の」という言葉で、業種とか業界でなくて、人や地球、社会に配慮した企業を選ぶ就職活動のことです。エシカルの文脈で勉強していて、エシカル消費という用語があるなと思って、そしたらエシカル就活っていいなとぱっと思いつきました。キャッチーだなと思って言葉を作りました。
――どうしてこの活動を始めようと思ったのですか
僕はこの活動を始めるまで、途上国の経済成長を目指すことをテーマにしてドイツ、コスタリカ、米国に1年間留学して、有機化粧品事業をしてきました。帰国後に起業しようと思ったのですが、新型コロナウイルスの感染が拡大してきて、事業撤退を余儀なくされました。そこで、いきなり大学4年の初めに就活をスタートしました。これが今の活動のきっかけです。
――それは急なスタートですね、そのきっかけとは何ですか
社会課題の取り組みなどを軸に企業探しを始めてみました。ですが、今までやってきた社会課題の軸で情報が全然キャッチできなかった。「え、今まで僕がやってきたジェンダー平等とか社会課題の解決とか全然出てこないじゃん」と感じました。就活サイトを見ると業種・業態や「働きやすさ」などはPRされているんですが、「そうじゃなくて、自分が取り組みたい社会課題解決ができる企業に入りたいのに」と感じました。
今まで学んできたことやスキル・経験があるのに、それを生かして何を解決できるかのという情報がが全然が開示されていなくて、「これきつくね?」ってなりました(笑)。情報がなさすぎて、最初の企業選びができなかったのです。
――そしたら自分で仕組みを作ってしまえと思ったんですか?
そうです。すごく違和感があって、社会課題という文脈から企業を探せるようにしたいと思ったんです。学生時代、社会課題解決に取り組んでいろいろ経験していた仲間たちが、就活のフェーズになったら熱量・エネルギーがとても落ちていました。日本の生産性が下がってる一番の要因だと思いました。
「就活」って、みんながやりたくない感じがありますよね。でも本来は、学生から社会人という立場になる人生の転換点です。なんでモチベーションが下がっているのだろうと感じました。みんな社会でやりたいことを求めて勉強してきたのに、おかしい。就活を変えないとだめなんだと思いました。
今の就活は、企業が「この人材を求めています」と訴え、従来あるべき姿に自分を寄せようとする構図ですよね。それは学生のクリエィティブを消しています。自分がその世界観をつくればいいと思いました。
――具体的にはどういう取り組みでしょうか
地球環境のことを本気で考えている企業に「エシカル」というお墨付きを与える新しいウェブサービスの就活プラットフォームをつくりました。企業の社会活動への取り組みを見ることができたり、「気候変動」「貧困」などカテゴリーごとに取り組んでいる企業を検索できたり、学生が自分に合う企業を見つけやすいように情報発信しています。さらに、オンラインの企業説明会を開いて、企業と学生をつなぐこともやっています。
――説明会はどれくらいやったのですか
2020年の8月から始めてこれまで3回開きました。1回目は気候変動に取り組む4社を集めて、昨年10月には多様性をテーマに2社が登場して、これまでに300人くらいの学生が参加して、手応えを感じました。そこで2020年11月、私も含めた男女5人で「アレスグッド」という株式会社を設立しました。
――ものすごい速さで進んでいますね、そもそも何がきっかけで社会課題の道に進もうと思ったのですか
高校3年生の時に1人でフィリピンに行ったことがすべての始まりです。たぶん、フィリピンに行ってなければずっと野球を続けていたかな。兄も野球をしていてずっと野球漬けで、高校球児だったときはプロを目指してました。高校3年の8月には野球の推薦で大学進学も決まっていて、そのまま野球をする人生なのかなと思っていました。
夏の大会が終わったタイミングで1週間休みがあって「大学行ったら海外もいけないだろうな」と思って、日本から近場だなと1人でフィリピンに行くことにしたのです。
――フィリピンで何を見たのですか?
こんな世界観があるんだと視野が広がりました。偶然会ったフランス人の女性に案内してもらい、自分は日本で育って不自由なく過ごしてきたのに、スラム街でごはんを食べられない人がいると知りました。農業に従事して農作物が生活の糧になっている人々でしたが、訪れた年の前年が台風の被害がひどくて、農作物がだめになって、食べるものなくて子どもが学校にいけなくて、都市に出稼ぎにきていました。最近自然災害で、農業がなかなか難しくなってきている、農薬もお金がかかる…と言っていました。
首都・マニラに出稼ぎに来ていた人は、物価や土地代が高くて、半ばホームレス状態でした。地方にいたときは自給自足できていたが、構造的な貧困で、農業などの第一次産業の人が都市に出てきても生活していけていなかった。これって不平等だなと思ったし、自然災害や気候変動という社会問題に関心を持つきっかけでした。
先進国にいる僕らはエアコンといった技術で問題を解決できることもありますが、途上国の人は気候変動の影響をもろに受けると知ったんです。先進国と途上国の経済格差、不条理について何とかしたいと感じました。
――その強烈な体験が、進路を変えるきっかけになったんですね。
実家が八百屋だという原体験もシンクロしていたと思います。東京・西荻窪で祖父の代から70年ぐらい続いています。振り返ると、身近にビジネスがあったことでお金の流れが見えていて、経済の基礎を学ぶ機会だったと思います。
店にいただいた代金を置いておくザルがあって、閉店後に僕がお金を集めて、親父のところに持っていっていました。成長してお金の価値が分かってくると、今日は多いな・少ないな、というのが分かってきます。
ある日、そこまで売り上げのなかった日だったのに、家が和気藹々としていた。なぜかなと考えると、お客さんと会話が進んだり、「ありがとう」「おいしかったよ」というフィードバックをたくさんもらっていた日だったんです。商売のおもしろさを感じた体験でした。ビジネスのすばらしさを感じて、事業を自分でやりたいなと思ったきっかけだった。そのアイデンティティと、フィリピンで見た経済格差の文脈がシンクロして、ビジネスの力で何とか出来ないのかと感じました。
――どこらへんで野球をやめようと思ったのですか
帰りの飛行機で、「これからどうしよう」と頭の中がいっぱいで、野球のことが全く考えられなくなりました。「スラム街」のことを情報としては知っていたけれど、実体験になったときに「変えたいな」と思いました。日本に戻ってすぐ、野球推薦を断らせてもらいました。
周囲には本当に驚かれましたが、親父がフレキシブルな人で「やりたいことやればいい」と言ってくれて。大学で学びたいと切り替えましたが、センター試験は受けられず、二次募集をやっていて家から近い高千穂大学に入学しました。
「ビジネスでどうやったら社会課題を解決できるか」ということが自分の軸になりました。自分が知っているビジネスって世の中をハッピーにするものだったけれど、実際はフィリピンみたいな格差も生んでいて、資本主義自体をリデザインする必要があるんじゃないかと感じました。
――活動を通してどういう社会を作りたいですか?
エシカル就活には「内圧」と「外圧」の二つのインパクトがあります。環境配慮を意識する学生が企業に属して、内部から変革を起こしていく内圧。環境配慮や人権を軽視して経済合理性だけを追求したり、見せかけのことだけをしたりしていたら「いい人材は入らない」という外圧です。口先だけのSDGsで行動を伴わない企業は、Z世代と呼ばれる学生はしっかりと見抜きます。
――本当に環境に配慮している企業と言えるか、企業は情報開示することが必要ということですね。
その通りです。やっているようなふりをする「SDGsウォッシュ」という言葉があります。その対策として、情報の透明性を高めることが必要で、企業のやろうとしている取り組みを開示させることが必要なんです。
たとえば「里山に植樹しています」というPRの裏で、石炭火力へ投資しているような。マイナスの部分を隠してプラス部分だけ情報開示しているのってフェアじゃないですよね。その議論さえ起こらないのが、ずるいなぁと表しまいます。たとえば女性の管理職比率も、2030年までに2%から20%までにしていきたいと言っても、今の「2%」を隠して目標だけに開示するといった問題です。SDGsの17の目標のうち得意分野の番号だけを宣伝することもフェアではないと思います。
若者代表だと言うつもりではありませんが、周囲のZ世代と話していると、「できていないことへの無視の方がおかしい」と指摘しています。だからエシカル就活の外圧によって、「情報開示して企業が変わっていかないと、淘汰されていく」という危機感をあおることも大切だと思っています。
――地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」が2020年からスタートし、日本も2050年までに温室効果ガス排出量「実質ゼロ」を宣言しました。日銀が企業の気候変動対策を促す新たな資金提供策する導入する方針のほか、金融庁も気候変動に対応する企業の積極支援を打ち出しています。環境・社会・ガバナンスの三つの観点を含めた投資のESG投資の広がっています。企業に対して、「エシカル就活」の手応えはありますか?
特に外資系のグローバル企業では、環境に対する危機感がすごいと思いました。日本の企業とのファーストタッチが違うんです。日本企業では「それで人材がどれぐらいとれるのか」「費用対効果はどれぐらいか」といった反応が多く、世の中の潮流をキャッチアップできていないのではないかと思います。
エシカル就活は就活サービスではありますが、新しい価値観なんです。「採用」ととらえているか、「Z世代の価値観」ととらえるかで全く意味合いが変わってきます。企業によって意識がこんなに違うんだというのを感じました。
――Z世代の間では気候変動といった社会課題が他人事ではないという意識が高まっているんですね。
Z世代は100年に1度の熱波とか洪水といったワードをあちこちで聞いて育っています。ネットによって、バングラデシュの縫製工場が崩壊したといった問題や干ばつなど世界の情報も得ています。人権差別や女性蔑視の発言や投稿も、一気に反響が集まります。ネットで横のつながりを持ちやすくなったのがポイントです。
社会課題など同じ意識を持つ人同士がつながりやすくなったし、そこを加速していくのが大事です。最終的にはZ世代が集まる最大プラットフォームをつくり、未来をつくっていくための意見を言い合える場を育てたいです。
勝見さんは自らを「熱量と行動力で何とかしちゃうタイプ」と説明します。約15年間続けた野球でしたが、たった1週間だけのフィリピンの滞在がすべてを変えました。そこから考え、周りを巻き込んで行動していく姿に、世の中を変えたいという熱量を感じました。ほかの経営者や起業家たちに自分のメンターになってもらい、上司がいないなかでも常に成長を求めるところに、これまで突破力の源泉を感じました。
勝見さんと同じようなZ世代と呼ばれる人たちは、SNSを使いこなし、地球活動家のグレタ・トゥンベリさんが呼びかけるデモや世界の動きにも敏感です。
勝見さんは企業を動かす上で大事なのは「カネ」と「人」だとします。「環境を配慮していないとカネが集まらない、良い人材も集まらない。その人の部分がエシカル就活で担いたい」と話してくれました。企業が地球環境に本気で取り組む雰囲気を醸成していくにはどうすれば良いのか、示唆を与えてくれたように感じました。
また、SDGsが強く叫ばれるなかで「SDGsはゴールでなくツールの一つ」だと強調します。環境に配慮した活動を集中的にやる期間を「SDGs週間/月間」などと定められることがありますが、これは自己目的化していてミスリードだと指摘します。「社会課題の解決のため、企業と将来世代が共創できる環境を作ることだ大切」とも話していて、SDGsの向き合い方へのヒントを学びました。
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