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連載

#4 #啓発ことばディクショナリー

「頑張る」なぜ「顔晴る」に? 現代人をむしばむ〝努力至上主義〟

つらい現実の中で求める「心の安定」

頑張るをもじった造語「顔晴る」。言い換えの背景には、あらゆる場面で結果が求められ続ける、現代社会の息苦しさがありました。
頑張るをもじった造語「顔晴る」。言い換えの背景には、あらゆる場面で結果が求められ続ける、現代社会の息苦しさがありました。

目次

「どんなときも、諦めずに頑張れ」。これまでの人生で、そう言われた経験がない人を探すのが難しいくらい、よく耳にするフレーズです。そんな「頑張る」という言葉を、「顔晴る」と言い換えた表記を目にしたことはないでしょうか? 仕事に趣味、家庭生活や人間関係。あらゆる場面において、「よりよい状況をつくり出すこと」を求められるのが現代社会です。「顔晴る」の使われ方を調べてみると、常に努力を強いられる中、心の「ガス抜き」を願う人々の胸の内が見えてきました。(withnews編集部・神戸郁人)

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「毎日顔晴るあなたに…」深まる謎

筆者が「顔晴る」を知ったのは、5年ほど前のことでした。ある日訪れた居酒屋の店内で、こんな風につづられた貼り紙を見かけたのです。

「毎日顔晴るあなたに、最高の休息時間をお届けします」。瞬間的に、脳内でたくさんの「?」が飛び回りました。

それからしばらくして、新聞を読んでいたときのこと。スポーツ面の記事に目を通すと、また「顔晴る」と書かれているではないですか。しかも、一度や二度ではありません。意外とメジャーな表現なのか……と驚いたものです。

確かに、どこかポジティブな印象を受ける言葉ではあります。好まれるのも、不思議ではありません。でも、なぜ市民権を得たんだろう? 筆者の中で、にわかに興味が湧いてきました。

筆者は居酒屋の壁紙に、「顔晴る」という言葉を見つけ、大いに疑問に思った(画像はイメージ)
筆者は居酒屋の壁紙に、「顔晴る」という言葉を見つけ、大いに疑問に思った(画像はイメージ) 出典: PIXTA

企業の「滋養強壮剤」となってきた

新聞に載るほど普及した言葉なら、他のメディアでも使われているかもしれない。そう考え、新聞や雑誌などの記事検索サービス「日経テレコン」を使うことにしました。

今回は一般紙やスポーツ紙、ビジネス誌などで確認できた、70点ほどの代表的使用例を収集、分析。その結果、「顔晴る」が紙上に表れ始めるのは、2000年代中頃だとわかりました。

例えば、2005年1月18日付けの日本食糧新聞。食品卸大手・日本アクセス中部支社、後藤征一支社長(当時)の、こんなコメントを報じています。


(前略)誰もがよく「頑張る」という言葉を使うが、何を頑張るのか。私の頑張るという文字は「顔晴る」。「顔が晴れる」と書く。社員全員が晴れやかになる仕事をしていきたい。

――2005年1月18日付け 日本食糧新聞
 

記事によれば2004年、自然災害・経済情勢の悪化などのため、食品業界全体が苦境に陥りました。だから、地域の小売店との連携を強めつつ、事業規模も広げなければならない……。後藤さんは、そう語ります。

同紙は2005年7月18日付けの紙面においても、後藤さんの発言を紹介しています。「頑張れば自然と笑みがこぼれ、晴れやかな笑顔を交わすことができる」として、経営基盤を固める上でのキーワードに、「顔晴る」を挙げました。

2015年7月24日付け日刊工業新聞の、損保ジャパン日本興亜(当時)幹部へのインタビュー記事も取り上げてみましょう。

記事によると同社では、本社内にできた新部署のメンバー向けに、「顔晴る」のスローガンを採用。「意思統一を図る目的で、現場力向上のため」「常に表情を明るく、組織全体が前向きになれるように」との思いが込められているといいます。

事業の継続と、働き手の成長。企業活動においては、それらの目的を達成する上で、「滋養強壮剤」として使われてきた言葉、と捉えられるかもしれません。

アスリートが多用する理由とは

そして「顔晴る」は、スポーツの話題とも相性が良いと言えそうです。今回調べた用例全体の、4割近くを占めています。

特によく言及されていたのが、亜細亜大野球部・生田勉監督のエピソードです。障害がある長女が、その笑顔によって人生を切り開いたことから、「顔晴る」をチーム目標に。2015年には大学野球の明治神宮大会で、5年ぶりの優勝を果たしました。

教え子にまつわる情報も、頻繁に登場しました。同大出身で現阪神タイガースの板山祐太郎投手は、折に触れて、生田監督の教えを支えにしていると語ります。


「難があるから”有り難う”。顔が晴れると書いて”顔晴る(がんばる)”。うまくいかなかった時にそういう気持ちになれるようにしたい」

――2018年5月13日付け デイリースポーツ
 

上記の記事は、板山選手が成績不振で2軍落ちを経験したことに触れつつ、「顔晴る」を座右の銘としていると伝えます。

つらいときこそ、爽やかに笑い、前を向く。スポーツ記事では、そんな文脈で、「顔晴る」が使われることが多いようです。しかもプロ・アマの区別や、種目の枠を超え、様々な選手が異口同音に用いていました。

アスリートたちは、常に競争にさらされます。結果が出せなければ簡単に地位を失う厳しい世界です。たゆまぬ努力により、自らの限界を更新すべき状況で、「負ければ後がない」という不安と闘わなくてはなりません。

「顔晴る」が持つ響きは、そのような過酷さとは一線を画します。だからこそ、現実に風穴を開ける効果を期待されているのではないか――。筆者は、そう思いました。

野球などのスポーツ選手が、「顔晴る」を使用する場面は少なくない(画像はイメージ)
野球などのスポーツ選手が、「顔晴る」を使用する場面は少なくない(画像はイメージ) 出典: PIXTA

危機に陥った人々が「顔晴る」にすがる

実は、使い手のつらい生活ぶりが垣間見える「顔晴る」の用例は、一般の人々の文章にも見いだすことができます。

2019年1月15日付けの愛媛新聞に、ある学校生活支援員の投書が載っていました。家事と仕事、親の介護を並行してこなし、「息をするのが苦しくなったり表情がゆがんだりするくらい頑張るのは少しつらくなってきた」と打ち明ける内容です。

心の糧が、勤め先の先生から教わった「顔晴る」。「今日はやりきった。明日も頑張ろう」と思えたら、私の顔は晴れ晴れとしているはず……。そのようにして、言葉の意味をかみしめている、と結ばれます。

また2012年2月19日付けの東京新聞に投稿された、認知症の夫を支える友人のエピソードも象徴的です。

友人は元々、周囲から「頑張って」と声をかけられるたび、思い詰めていました。しかし「顔張る」と捉え直し、笑顔になるよう意識した結果、段々と柔和な表情に。やがて「主人にも優しくなれた気がする」と言えるほど、気持ちが安定したといいます。

介護が必要な親や、認知症の配偶者を支える人々の投書。その中には、「顔晴る」に出会ったことで、日々のつらさを癒やせたとの内容もある(画像はイメージ)
介護が必要な親や、認知症の配偶者を支える人々の投書。その中には、「顔晴る」に出会ったことで、日々のつらさを癒やせたとの内容もある(画像はイメージ) 出典: PIXTA

「人生のままならなさ」を棚上げする機能

いずれの主人公にも共通するのは、言葉を通して、現実の解釈を編み直している点です。自らの力だけでは抱えきれない、生きることのままならなさを、いったん棚上げする。そのことにより、心に余白をつくっているのだ、と考えられそうです。

その意味で「顔晴る」は、単なる「頑張る」の言い換えではありません。「責任をもって、人生を良くしようと努め続けるべき」という、世間的な要請を柔らかく受け止めるための緩衝材として、機能しているのです。

ただ第三者が「顔晴ろう」と迫れば、また別の暴力性を帯びてしまうでしょう。言われた側が感じている苦悩を、無視することにもなりかねません。「顔晴る」が救いとなるのは、あくまで当人が、その言葉を欲したときだけと言えます。

〝努力至上主義〟とでも表現すべき風潮の中、一種の自己防衛システムとして成り立つ言葉、「顔晴る」。楽天的なようでいて、私たちが暮らす社会の今を鋭く映し出す、興味深い語句だと感じました。

 

今日の「啓発ことば」
 
がんば・る【顔晴る】

〈一生懸命努力・我慢する、という意味の「頑張る」を書き換えた造語。晴れ晴れと笑い、明るく困難に立ち向かうイメージを、より強めている〉

 

・「厳しいときこそ、笑って―ろう」
・「―れば、必ず結果はついてくる」

 

※次回は7月16日(金)に配信します。



【連載・#啓発ことばディクショナリー】
「人材→人財」「頑張る→顔晴る」…。起源不明の言い換え語が、世の中にはあふれています。ポジティブな響きだけれど、何だかちょっと違和感も。一体、どうして生まれたのでしょう?これらの語句を「啓発ことば」と名付け、その使われ方を検証することで、現代社会の生きづらさの根っこを掘り起こします。毎週金曜更新。記事一覧はこちら
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