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コラム

全盲になった気持ち、恐る恐る聞くと…「楽なもんよ」その真意は?

「生きていかれへんわ」から変われた理由

浅井純子さんと盲導犬のヴィヴィッド=撮影・オオツキWAYタイジ
浅井純子さんと盲導犬のヴィヴィッド=撮影・オオツキWAYタイジ

目次

「目が見えなくなって本当によかった」。筆者の祖父は、よくこんな言葉を口にしていました。目が不自由なことの不満を口にせず、幸せそうに過ごしていた祖父。でも、「よかった」とまで思えるものなのだろうか。祖父が天国に行って1年が経ち、この言葉が気になってきました。そんな時、盲導犬と過ごす日々についてツイートする全盲の浅井純子さん(@nofkOzrKtKUViTE)を知りました。浅井さんなら、祖父の言葉をどう思うのだろう。聞いてみると、「めっちゃわかる!」と受け止めてくれました。「失う心配がなくなって楽」という底抜けに明るい浅井さんに、その真意を聞きました。(朝日新聞・興津洋樹)

「生きていかれへん」と思ったこともあった

《3年前に全盲になった私。そんな私が今、どんな風に夢を見ていると思いますか?実は、見えていた頃の映像が夢となり現れるのです。残念ながら、見えなくなってからの情報はまだ夢に出て来ません。だから、私にとって「夢」は、現実では見れない思い出のPhotobookなんです。》

こんな「全盲あるある」を、浅井さんが毎日のように投稿するようになったのは、今年3月ごろから。友人から「じゅんじゅん(浅井さんのあだ名)めっちゃおもろいんやから、ツイートしたら絶対バズるって」と言われたのがきっかけでした。

盲導犬にまつわる話や私生活の話などを笑顔の写真とともに日々ツイート。投稿する際は、スマートフォンで表示された文字や入力した文字を読み上げてくれる「音声読み上げ機能」を使っています。数万リツイートされることもあり、フォロワー数も2万人超えです。

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取材で話を聞いている時も、ずっとテンション高めの浅井さん。ですが、視力を失った当初は「生きていかれへんわ」と思ったこともあったとのことでした。

浅井さんは現在48歳。30歳のときに目の角膜の病気になり、入退院を繰り返しては角膜移植を受けるようになりました。移植後に視力は回復しますが、それは一時的なもの。移植を繰り返すうちに、視力は徐々に落ちていきました。

「手術前は視力が回復することにウキウキしていました。でも手術後は、今後こそ完全に見えなくなったらどうしよう、と不安な気持ちが強くなっていきました」

盲学校に入り、あん摩マッサージ指圧師免許を取得。2015年、マッサージなどで社員の体をケアする「ヘルスキーパー」としてアパレル企業に入社し、大阪で働いています。2016年からは盲導犬のヴィヴィッドと歩くようになりました。

浅井純子さんと盲導犬のヴィヴィッド=撮影・オオツキWAYタイジ
浅井純子さんと盲導犬のヴィヴィッド=撮影・オオツキWAYタイジ

光を全く感じなくなり、全盲になったのは2018年のこと。大変なショックを受けたのではないかと筆者は思いましたが、浅井さんは意外な言葉を口にしました。

「全盲になってみたらなってみたで楽なもんよ。ゼロになってしまったんだから、それより下がるという不安がないでしょ」

入院中の女性から言われた「何でもできるから大丈夫」

浅井さんは最初の入院の際、10年以上にわたって入院を続けているお年寄りの女性に出会いました。

女性は「お姉さんは、何でもできるから大丈夫よ。頑張って」と言いました。浅井さんはそれを聞いた時、言葉の意味がそれほどわかりませんでした。でも、振り返ってみるとその一言が人生のターニングポイントになりました。

いま、浅井さんはこう話します。

「確かに見ることはできない。けど、それ以外はなんでもできる可能性があるでしょう。じゃあ、やりまっせって感じですよ!」

浅井純子さん=撮影・オオツキWAYタイジ
浅井純子さん=撮影・オオツキWAYタイジ

「『目が見えないのに、なんでそんなに明るいんですか?』と聞かれることがあります。その『目が見えないのに』っていうのがちょっと引っかかるんです。障害がある人は暗いっていうイメージがあるってことでしょう。どうして思い込むんだろう。障害者でも健常者でも、暗い人もいたら、明るい人もいるのにね」

話し出したら、面白いエピソードがどんどん出てくる浅井さん。明るく生きる秘訣は何か聞いてみました。

「『まあ、しゃあないか』って思うことじゃないですか。楽しく生きるためには、諦めも肝心。目が見えないことは、しゃあない。今あるもののなかで、どれだけ楽しむかってことが大切でしょう。ないものに執着するのはしんどいことですからね」

「めっちゃわかる!」

筆者は尊敬する人を尋ねられたら、「天国の祖父」と即答する、じいちゃんっ子です。

2020年6月に88歳で亡くなった祖父は、事故で15歳の時に全盲になりました。後に鍼治療を学び、同じく全盲の祖母とともに、50年以上にわたって多くの人を治療していました。

筆者の祖父・若狭恒雄。50代のころの治療中の様子=1987年(一部モザイクをかけています)
筆者の祖父・若狭恒雄。50代のころの治療中の様子=1987年(一部モザイクをかけています)

そんな祖父がよく言っていたのが、「目が見えなくなって本当によかった。神様に感謝しているんよ」という言葉。生前、理由を尋ねると「見えなくなったからこそ、こんなに幸せになれたんやから」と笑いながら答えていました。

筆者はそれを聞き、「そういうもんなんやな。確かに毎日にこにこして幸せそうだもんな」と思い、あまり深く考えませんでした。

でも、今になって「本当にそんな風に思えるものなのだろうか」と気になってきました。浅井さんは、どう思うのか聞いてみました。

「おじいさんが言いたかったこと、めっちゃわかる!」と浅井さんは答えてくれました。

「失ったようにみえるけど、目が見えないということをもらったような感覚で、私もマイナスだとは思えないんですよ。たとえば、かっこいい顔の人とかと同じで、これは神様からいただいた特徴。せっかくやから、その特徴を生かしていこうと思っているんです」

この言葉を聞いて、なんだかしっくりきました。祖父も同じような感覚だったのかもしれないと。

障害や病気があっても、なくても、人生は大変なことばかりだと思います。筆者自身、仕事や人間関係、健康面も、目を背けたくなるようなことばかりです。なりたい自分になるため、なんとか日々頑張ってはいますが、逃げ出したくなる時も多いです。誰しもそうかもしれません。

でも、大きな理想を描いてばかりではなく、良い特徴も悪い特徴も全部いただきものだと思って、今の自分の中で「なんでもできる!」と考えて生きていくことが大切だと感じました。浅井さんの言葉も、祖父の言葉も、息苦しい世の中で生きていくための一つのヒントになるのではないでしょうか。

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