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IT・科学

「加熱式たばこ」は害が少ない? 「わからない」を理由に進む喫煙可

リスクについて「わからないことが多い」ときにどうするべきか。※画像はイメージ
リスクについて「わからないことが多い」ときにどうするべきか。※画像はイメージ

目次

2016年ごろに国内で本格的な販売が始まった後、2020年時点で市場占有率が26%(JT推計)と急速に普及する加熱式たばこ。ネットで大々的に広告されていますが、実際のところ健康にはどのような影響があるのでしょうか。WHOや厚生労働省などの公的機関、学会、専門家の見解を紹介します。(朝日新聞デジタル機動報道部・朽木誠一郎)
 
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【連載】たばこのふしぎ

加熱式たばこがネットで大々的に広告されています。理由は「『たばこ』ではなく『デバイス』のCMだから」。たばこ業界側の論理を憲法の専門家は「技巧的で不自然」としつつ、「表現の自由もある」と規制を強めることの難しさも説明します。一方、医療の専門家からは「規制の目的は健康被害を防ぐこと」であり、それが果たされているのか、という厳しい指摘も。では、肝心の加熱式たばこの健康への影響は今、どのくらいわかっているのでしょうか。

第一回:「消えた」たばこCM、ネットテレビで盛んに 地上波と同じ番組なのになぜ?「二つの基準」へのモヤモヤ
第二回:加熱式たばこ、普及の背景にネット広告 「技巧的で不自然」な基準による宣伝 表現の自由と医療からの批判


「害が少ない」かもわからない

加熱式たばこの広告についての取材を重ねていると、一つ気になることが出てきます。たばこ業界側に広告の自主基準について話を聞くとき、論点は主に「年齢確認について」で、「健康への影響について」が論点になりにくいことです。
 
結論から言うと、加熱式たばこの健康への影響は、まだわかっていないことが多くあります。世界でも先行して普及する日本で本格的に発売されたのが2016年なので、5年では長期間の影響が医学的に研究できないからです。
 
逆に言えば、「わかっていないこと」が多くあるのに、加熱式たばこはここまで普及しています。そこで、まずは現時点で「わかっていること」についてまとめてみることにします。
 
まず、世界保健機関(WHO)は2019年に発表した『WHO REPORT ON THE GLOBAL TOBACCO EPIDEMIC, 2019(世界のたばこ流行2019)』で、「HTP(Heated tobacco products=加熱式たばこ)」についてこう説明しています。
 
「HTPから紙巻たばこと同様の有害物質が多数発生している」「紙巻たばこに含まれていない新たな化学物質が存在し、有害性があり、健康に影響するという科学的根拠がある」
 
また「HTPの有害物質のレベルが紙巻たばこよりも低いかもしれないとする研究結果があるのは事実」とした上で、「それらはたばこ関連の病気のリスクが低減されることを証明してはいない」と指摘。
 
「HTPが従来のたばこよりも安全で害の少ない製品であると、明確にうたう、あるいはほのめかす宣伝が広く行われている」「たばこ業界はHTPにより具体的な健康被害があるという明確な知見がないことを利用して、消費者を混乱させ、規制がHTPに及ぶことを避けようとしている」とたばこ業界側を批判します。
 
「今までに公表されたHTPのデータの大半はたばこ業界によるもので、利益相反によるバイアスのため、科学的根拠が弱い」とも述べ、医療側とたばこ業界側の間で主張が食い違っている状態です。
 
「結論として、HTPを含むいかなる形式のたばこ製品も有害である。喫煙の形であろうと、煙の出ない形であろうと、たばこはそもそも有害なものであり、発がん性物質も含まれている」
 
こうした状況を踏まえ、WHOはHTPについても、紙巻たばこ同様の規制が必要だ、とまとめています。
 
一方、わかっていないこととしては「HTPを長期間使用したり、HTPのミストに長期間曝露されたりした場合の健康影響はまだはっきりしていない」としています。しかし、これはHTPが安全だということではなく、「『健康への害が少ない』という主張にも根拠がない」ことを示しています。

日本の受動喫煙対策は…

ここで気になるのが、受動喫煙です。というのも、加熱式たばこを吸う本人に健康被害があることは、日本の厚労省も一致した見解。
 
健康増進法(健増法)改正に向けた議論の中で、厚労省は「加熱式たばこの主流煙に健康影響を与える有害物質が含まれていることは明らか」という立場をとっています。
 
有害物質の一つはニコチン。依存を形成する有害物質であり、「紙巻たばこと同程度のニコチンを含む製品もある」と指摘されています。つまり、加熱式たばこを喫煙し続ける限り、禁煙はできないということです。
 
また、発がん性物質のホルムアルデヒドが、紙巻たばこの最大25%程度、喫煙者が吸う煙に含まれていたこと、ベンゼンなどの他の発がん性物質も含まれていたことを示す研究を元に、2018年に成立した改正健増法で加熱式たばこも規制対象になりました。
 
ただし、「加熱式たばこ喫煙時の室内におけるニコチン濃度は、紙巻たばこに比べれば低い」「加熱式たばこの主流煙に含まれる主要な発がん性物質※の含有量は、紙巻たばこに比べれば少ない(※現時点で測定できていない化学物質もある)」ともしています。
 
そして、厚労省は加熱式たばこの受動喫煙について「販売されて間もないこともあり、現時点までに得られた科学的知見では、加熱式たばこの受動喫煙による将来の健康影響を予測することは困難」とまとめています。
 
その結果、2020年4月から完全施行された改正健増法では、加熱式たばこは経過措置として、紙巻たばこではできない「飲食可能な専用の喫煙室(一般的な事業者が設置可能)での使用」が認められています。結果的に「紙巻たばこ同様の規制が必要」というWHOの提言に反する形になっているのです。
 
加熱式たばこの受動喫煙について、危険性を指摘する専門家もいます。日本呼吸器学会は「容認することはできない」という立場です。2017年から加熱式たばこについての提言を発表している同学会は、2019年にこの提言を改訂。

その『加熱式タバコや電子タバコに関する日本呼吸器学会の見解と提言』(※原文ママ)において、加熱式たばこは「煙が見えにくい」ため、「受動喫煙は生じないように受け止めがち」と注意喚起。
 
「加熱式たばこ喫煙者の呼気には有害成分が含まれており、2メートル以上の距離まで届くことが確認されています」「健康に有害な微小粒子状物質(PM2.5)も2メートル地点に十分届くことが示されており、実際に加熱式たばこを近くで喫煙された場合、非喫煙者の37%に気分不良などの症状が発生したことがすでに報告されています」
 
提言は「加熱式たばこの長期間の受動喫煙による健康被害を科学的に明らかにするには今後の研究が必要ですが、加熱式たばこ喫煙者の呼気エアロゾルに有害物質が含まれていることから、受動喫煙を容認することはできません」と結ばれています。

取り返しつかない「なし崩し」

加熱式たばこについて「わからないことが多い」から、紙巻たばこ同様の厳しい規制を呼びかけるWHOと、紙巻たばこより規制を事実上、緩めたといえる状態の日本の受動喫煙対策。

加熱式たばこに詳しい大阪国際がんセンターがん対策センター疫学統計部部長補佐で医師の田淵貴大さんに話を聞きました。田淵さんは「加熱式たばこを従来の紙巻たばことだけ比べるのは適切ではありません」と指摘します。
 
「紙巻たばこは毒です。だから、紙巻たばこと比べれば何でもマシということになってしまう。世の中にあるたばこ以外の物と比べてみてください。もし化粧品から発がん性のあるホルムアルデヒドが検出されたら、回収騒動になりますよね。しかし、たばこではそうはならない」
 
「体に悪いものと知らず吸わされ、後からそれが悪いものとわかっても、取り返しがつきません」と田淵さん。その最たる例が、従来のたばこだとします。
 
「今、紙巻たばこのように体に悪い製品が新しく開発されたとして、認可されないでしょう。例えば2000年代になって、いわゆる低タールの紙巻たばこが安全ではなかったことも証明されました。加熱式たばこについても同様に、人々の健康を守るという観点を尊重した対策を講じるべきではないでしょうか」
 
さて、加熱式たばこのように「わかっていないこと」が多いものに向き合おうとするとき、その姿勢は立場により真逆になることがある、ということが浮き彫りになりました。
 
だとすると、必要なのは「わかっていること」を増やす作業だと言えます。そして、ネット上で進化する加熱式たばこの広告手法については、より周知されるべきこともたくさんありそうです。このことについて、この連載でさらにフカボリしてみることにします。

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