業界の「二つの基準」により、ネットで大々的に広告される加熱式たばこ。メーカー側の「これは『たばこ』の広告ではない」という主張を、広告が配信されるメディアや専門家はどう受け止めるのか、話を聞いていきます。(朝日新聞デジタル機動報道部・朽木誠一郎)
代表的な「加熱式たばこ」であるフィリップ モリス ジャパンのIQOS(アイコス)が日本で全国発売されたのは2016年のこと。
現在、国内ではブリティッシュ・アメリカン・タバコのglo(グロー)、そして日本たばこ産業(JT)のploom(プルーム)の3種類の加熱式たばこが主に販売されています。
これら3社とも、バナー広告などでネット広告を展開しています。そして、アイコスとプルームについては、ネットで地上波テレビ番組のアーカイブを視聴できる無料サービス「TVer」でもCMを放送しています。
TVerは月間アクティブユーザー数が2021年3月時点で約1700万、再生数は約1億8000万回と人気のサービス。ここでは2020年2月に、まずプルームがCMの放送をスタートしました。そして2021年3月にはアイコスもそれに続きました。
加熱式たばこの中では、アイコスのシェアが7割とされ、圧倒的です。プルームのシェアは1割ほどとみられ、ネットテレビという新しく勢いのあるサービスで宣伝することでプルームが巻き返しを図る中、アイコスもそこに参入という構図になります。
2020年時点での加熱式たばこの市場占有率は26%(JT推計)。5年ほどで急速に普及している理由としては「煙やにおいが気にならない」などがよく聞かれます。
業界団体の自主基準により、テレビではたばこ製品の広告はできません。既存メディアで広告がしにくい以上、紙巻たばこからの切り替えには、こうしたネットでの宣伝が強く影響していると言えます。
ここで、たばことデバイスを区別する宣伝は、妥当と言えるのでしょうか。ネット広告の健全な発展を目的とする一般社団法人が日本インタラクティブ広告協会(JIAA)です。同協会の担当者に話を聞いてみました。
同協会の担当者は「法的な問題点がなく、業界団体の自主基準に則っているのであれば、協会として問題はないと考えます」とします。その上で「ただ、協会内の会議でも『広告を閲覧する消費者にとって、たばことデバイスを分ける意味があるのか』という議論はありました」と明かします。
「実際には、たばこ部分とデバイス部分の区別によらず、『加熱式たばこのCM』として広告を表示するかどうか判断する媒体が多いのではないでしょうか」
実際、媒体側の判断はさまざまです。
ネット広告大手のグーグルは、たばこが広告掲載ポリシー「危険な商品やサービス」に該当するとして、紙巻たばこ・電子たばこ※と共に、加熱式たばこはデバイス部分も含め、広告を認めていません。
※ニコチンを含むリキッドを加熱して発生する蒸気を吸引するたばこで、加熱式たばことは別物。国内ではニコチンを含むリキッドは医薬品、それを加熱・吸引するデバイス部分は医療機器に該当し、一般に販売されていない。
世界的には日本よりもたばこの広告規制が厳しいので、グローバル企業ではグーグルだけでなく、ツイッターなども、加熱式たばことそのデバイスを含むたばこ製品や関連器具のプロモーションを全面的に禁止しています。
一方、同じネット広告大手でも、ヤフーは「加熱式たばこのたばこ部分・デバイス部分ともに広告可能」であることを明かしました。広報担当者は「現状掲載されている広告に対してのユーザーや世間の反応を確認している」とコメントしています。
JTのプルームのCMが放送されていたのは、TVerとテレビ朝日が出資・コンテンツを提供するABEMA。両社とも取材に対し、個別の広告の考査については回答できない、との返事でした。
ある民放幹部は「テレビ離れが叫ばれる中、ネット広告の急速な成長を無視することはできない」とこぼします。
「ネットに活路を求める関係者も多い一方、通信事業(=ネット)においては放送法のような規制はありません。表現の自由の観点からも、ネットでの加熱式たばこの広告を制限することは難しい」
テレビ局がネットで発信する情報は放送なのか通信なのか。「通信と放送の融合」は90年代から続く議論でもあります。
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授の西田亮介さんを取材しました。西田さんは情報・メディアを専門として扱う他、総務省の公共放送の在り方に関する検討分科会の構成員でもあります。
西田さんは「ここ数年、テレビとネットの同時配信に取り組むNHKの将来像の検討が始まり、TVerの普及も進みますが、ネット上の公益や消費者保護などは看過され、縦割りと旧弊の狭間に落ちてしまいがちです」と指摘。
「ネットは自由」であることの裏側で、インフラとしての安全性への対策が遅れている点があるといいます。そして、いつまでも「ネットは自由」と言ってもいられないと警鐘を鳴らします。
「メディアのエコシステム全般を踏まえた公共性の議論や規制を検討する場も乏しい。どのような状態が公共的なのか、公共的な状態をどう構築するか、誰が担うのか具体的な方法の洗い出しが必要です」
では、「表現の自由」についてはどう受け止めるべきでしょうか。話を聞いたのは、憲法学が専門で、たばこの広告規制に詳しい中央大法学部教授の橋本基弘さんです。
橋本さんは、たばこ部分とデバイス部分を分ける現在の自主基準について「技巧的で不自然」であるとしつつ「それでも広告規制の強化には慎重であるべき」との見解を示します。
「成年者による喫煙行為は適法な行為です。であれば、喫煙の判断はまず個人に委ねられるのが前提。たとえ情報規制が必要であっても、その範囲や程度は必要最小限度に留められるべきというのが、私の立場です」
ただ、「国民にはたばこが生じさせる健康被害の危険性についても正確な情報を知る権利がある」ことも重要であるとします。
そこで、メディアにおいては「『言論には言論を』の考え方に基づき、たばこの被害を訴え、禁煙を促進するような言論活動も積極的に行われる状態が望ましい」と指摘。
また、国家は国民の健康被害を防止する責務があるため「ネットテレビなどで政府広報や公共広告(意見広告)を通じてたばこの被害の啓発CMを放送することも有効ではないか」と提案します。
医療の立場からは、やはり厳しい意見が出ました。加熱式たばこに詳しい大阪国際がんセンターがん対策センター疫学統計部部長補佐で医師の田淵貴大さんです。
田淵さんは「加熱式たばこのデバイスを購入すれば必然的に喫煙することになり、その区別に意味はないのでは」と指摘します。
「そもそも、広告規制は喫煙による健康被害を防ぐことが目的で、未成年の目に広告を触れさせないことだけでは意味がありません。加熱式たばこという新しい製品が出回るようになった環境の変化を踏まえ、広告を含めた規制内容の見直しなどが必要です」
さて、法律・自主基準上は問題のない加熱式たばこのネット広告ですが、メーカー側、メディア側それぞれに事情があり、また「通信と放送の融合」や「表現の自由」など、古くて新しい論点があることもわかりました。
ただ、加熱式たばこがこうして急速に普及していることも事実です。いつの間にか日常的に接するようになったこの加熱式たばこですが、だとすると肝心なのは「健康にどのような影響があるか」。このことについて、この連載でさらにフカボリしてみることにします。