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娘の結婚式当日に万引き 「窃盗症」治療現場で見えた〝トリガー〟
窃盗衝動にあらがえない…「窃盗症」の治療プログラムとは?
衝動的に盗みを繰り返す「窃盗症」。女子マラソン元日本代表の女性が摂食障害と窃盗症の過去を告白するなど、ニュースで報じられることも増えました。窃盗症の人の裁判では、執行猶予中の再犯でも、「治療を継続することで再犯防止につながる」などとして、再び執行猶予付きの判決がでることもあります。
実際には、どのような治療をしているのでしょうか。「万引き依存症」など多数の著書があり、精神保健福祉士として患者の治療プログラムに関わる斉藤章佳さんに聞きました。
――「窃盗症」の人たちの専門外来で治療プログラムを提供していると聞きました。
私の勤務する榎本クリニックでは、2016年に「窃盗症」の回復をめざす専門外来を開設しました。
「繰り返す万引き行為で逮捕された」「執行猶予中なのに再び万引きをしてしまった」。そうした人や家族らがクリニックに訪れます。
「窃盗症」は、精神疾患の一つです。ある特定の状況や条件下で盗みの衝動に抵抗することができなくなり、万引きしてしまいます。
ある女性は、執行猶予判決後、娘の結婚披露宴に向かう途中、スーパーで万引きしてしまいました。
窃盗衝動にあらがえないからこそ、窃盗症の人の万引きには、合理的でない点が多々ある、つまりは「了解不能性」があるのです。
――治療希望の全員を受け入れているわけではないとか。
窃盗症の診断基準には「自己使用目的ではなく」または「金銭的価値のためでないこと」と記されています。ですから、「職業的な窃盗や転売目的の犯罪ではなかったか」といった点は詳細に確認しています。
もう一つ。「裁判目的」かどうかも確かめます。「窃盗症」であることが考慮され、治療に対する取り組みによって再度の執行猶予判決が出るケースもまれにあります。
そうしたことから、「窃盗症の診断書がほしい」という人もいます。残念ながら、そうした要望には応じられません。裁判のための治療ではなく窃盗症から回復するための治療だからです。
――具体的にどんな人が、どのような治療プログラムを受けますか。
窃盗症と診断された約250人のデータをまとめています。この4年半ほどの間に榎本クリニックを受診された方々です。
女性が7割、男性が3割。30~50代の働きざかりの人が過半数を占めます。配偶者のいる人も半数以上。家庭人が多いのが特徴です。
女子マラソン元日本代表の女性のケースが注目されましたが、同じように摂食障害を合併している人は2割程度です。合併症なしが約3割で最も多く、残りは気分障害や軽い認知症などのある人です。治療プログラムは、1日10時間です。週3~6回程度、再犯リスクや重症度に応じて通ってもらいます。
プログラムでは「再発防止」を掲げます。そのためには、盗みに至る犯行のパターンを明確化し「トリガー」(引き金)を見つけます。
――トリガーですか?
彼らには何かの「スイッチ」があるわけです。夫から家庭内暴力を受け、無力感や劣等感を覚えて盗むというケースもありました。
摂食障害の方の場合は、家にためこんでいるものが減っていくことなどに対する「枯渇恐怖」や、「きょうは電車が遅延して別ルートを通り交通費が余計かかったから」というような特有の「損得勘定」、それに、空腹や怒り、孤独といったものが引き金になりやすいと言われています。自分自身の正直な話をしたり、他のメンバーの話を聞いたりして考えていきます。
こうしたトリガーについて学び、それに対処する方法も学んでいきます。ボクシングやヨガ、マインドフルネスなどにも取り組みます。何が「トリガー」への対処法になるか分かりませんし、多くの選択肢を持つことが助けになります。
――効果はあるのでしょうか。
治療を始める際、1年間通院することを条件としています。クリニックの250人のデータですと、現在まで、約100人が1年間通院継続しました。再度、万引きをして警察に捕まってしまった人は、2人です。
ただ、残りの150人はそもそも1年間通えていないのです。150人のうち3分の1くらいの人は、再び万引きをしてしまいます。通院道半ばで実刑判決が出て通えなくなる人もいます。
――一筋縄ではいかない現実があります。それでも、治療プログラムを提供する意味は?
窃盗症は、盗むこと自体が症状。刑罰よりも治療が適した場合も多いです。窃盗の再犯は課題であり続けています。少なくとも、刑罰が適しているとは言えないケースが多いと思います。
もちろん、治療プログラムを受けても、再犯をしてしまう。それでも、出所後にまた通う人もいる。5年、10年と長い付き合いをしながら、根気よく伴走しながら回復をめざしていきます。
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