MENU CLOSE

お金と仕事

日本代表の実力でも、あえて就職 ライフセービングトップ選手の逆算

「社会に出て働き、仕事で得た知見を還元する方が、普及に貢献できる」

会社員とライフセービング選手を両立する上野凌さん=本人提供
会社員とライフセービング選手を両立する上野凌さん=本人提供

目次

ライフセービング選手の上野凌さん(25)は、日本の強化指定選手に選ばれるほどの実力の持ち主です。大学時代から日本代表として活躍していましたが、競技一本の道は選びませんでした。現在は、大手コンサルティング会社で働きながら、土日は大会に出場する生活を続けています。あえて選んだ“デュアルキャリア”の道。そこには、選手としての成績だけではなく、競技自体を普及したいという長期的な目標がありました。(ライター・小野ヒデコ)

【PR】手話ってすごい!小学生のころの原体験から大学生で手話通訳士に合格

 

上野凌(うえのりょう)
1995年、神奈川県生まれ。2014年に慶應義塾大学環境情報学部に入学。16年に「Lifesaving world championships 2016」に日本代表として出場し、団体種目の2種目において準優勝に貢献。その他国内外の大会で数多くの高成績を収める。大学卒業後、18年にデロイト トーマツ コンサルティングに就職し、主に公共領域においてのコンサルティング業務を担当しながら、ライフセービング活動を続けている。現在、日本ライフセービング協会の「ハイパフォーマンスチーム」のトップ選手に選出されている。
 
上記テーマの主催者は、慶應義塾大学出身の3人、左から上野凌さん、牟田口恵美さん、阪本航大さん。取材は記事化を明示した上で後日開催した「Clubhouse」上でおこなった。
上記テーマの主催者は、慶應義塾大学出身の3人、左から上野凌さん、牟田口恵美さん、阪本航大さん。取材は記事化を明示した上で後日開催した「Clubhouse」上でおこなった。

競技としてのライフセービング

神奈川県藤沢市で生まれ育った上野凌さんは、小学生の頃から競泳をしていました。藤沢市は海が近いこともあり、ライフセービングが盛んな地域の一つです。当時、通っていた水泳教室にあったライフセービング募集のチラシを見たのをきっかけに始めました。

ライフセービングは、「水辺の事故をゼロにする」というミッションのもと、「監視・救命活動」・「競技活動」・「教育活動」に分かれます。上野さんは競技者としての活動を約15年続けている理由を「競技自体が好きなことと、自助力・救助力の向上につながる競技のため、続ける意義があると感じているからです」と話します。

競技種目は多岐にわたる中、上野さんが出場しているのは主に二つです。「スーパーライフセーバ」という、プール底にあるマネキン人形を引き上げ、それを抱えながら泳いでタイムを競う「プール競技種目」と、「パドルボード・レース」という、サーフィンボードに似た「ボード」に膝をついて乗り、600mの海のコースをパドリングで前進する「オーシャン競技種目」です。

現在、日本ライフセービング協会の強化指定選手にも選出されるほどの実力の持ち主ですが、平日は会社員として働いています。上野さんが仕事と競技の両立を選んだのには理由がありました。

現在、国内のライフセービングの競技人口は約1000人。競技者は大学生が多いが、大学卒業後も競技を続ける人は少ないのが現実だと上野さんは言う=本人提供
現在、国内のライフセービングの競技人口は約1000人。競技者は大学生が多いが、大学卒業後も競技を続ける人は少ないのが現実だと上野さんは言う=本人提供

選手としては一馬力

さかのぼること大学時代、上野さんは競技者一本でいくか、働きながら競技を続けるか考え始めていました。これまで何度も「日本一」を経験し、在学中に出場した世界大会では、2つの団体種目で準優勝を獲得。翌年の世界大会にも日本代表として出場しました。
一方、日本チームが世界新記録で優勝した後、メディア露出や、競技人口増加につながらなかったことに、悔しさをかみしめました。

この時、「競技の普及は競技力に必ずしも比例しない」ことを目の当たりにしたと振り返ります。

「これらの経験から、競技の魅力を発信していく『組織の力』も必要だと感じました。そこで、自分が選手として、突出した存在になるよりも、社会に出て働き、仕事で得た知見を還元する方が、将来的にライフセービングの普及に貢献できると考えました」

さらに、大学3年の時に大怪我を負い手術をすることになった上野さんは、一時期競技を離れました。そこで、「就職活動をしてみよう」と思い立ち、自身の将来について真剣に考えたと言います。

「自分は何がしたいかを改め考えた時、『競技としてのライフセービングの認知を高めたい』との結論に至りました。その時、デュアルキャリアの道に進もうと、踏ん切りがつきました」

上野さんは朝一で、海やプールでトレーングをした後に就業している=本人提供
上野さんは朝一で、海やプールでトレーングをした後に就業している=本人提供

最終ゴールをどこに設定するか

就職活動をする上での目標が定まり、ライフセービングの普及のためにも身につけるべきスキルは「企業経営」と考えました。コンサルティング会社でその知識を身につけようと選考を受けたところ、現在勤める会社から内定が出ました。

一般社員としての入社のため、仕事外の時間で競技を続けている上野さんは、平日は午前5時半から練習をし、その後に出社。土日は大会に出場するという生活を3年間続けています。デュアルキャリアを築く上でのメリットとデメリットをどう感じているのでしょうか。

「良い点は二つあります。一つは、社内外の人にライフセービングという競技を知ってもらう機会につながっていること。同期や上司は私のことを理解し、応援してくれています。クライアントの中には興味もって質問してくれる方もいて、そこから新しいコミュニケーションが生まれています。もう一つは、働く意味が明確になること。将来はライフセービング界に貢献したいという目標がまずあるので、どういったスキルが今の自分に必要なのか、また、この仕事をどう競技界に還元できるのかを意識して、前向きな気持ちで仕事ができています」

以前は、「もっと練習に時間を割けたらさらに好成績を出せるのに」と感じることもあったと言います。けれども、大事なことは“最終的なゴールをどこに設定するか”だと考えます。
「それは目の前の大会で勝つことなのか、さらに先の未来を見据えての現在なのか。逆算してキャリアを考えたところ、そういったジレンマは減りました」

「Clubhouse」での公開取材の感想は「通常の記事は、記者の人が見聞きしたことが書かれた二次情報ですが、Clubhouseで聞く人は一次情報なので速報性があると思いました」と上野さん=本人提供
「Clubhouse」での公開取材の感想は「通常の記事は、記者の人が見聞きしたことが書かれた二次情報ですが、Clubhouseで聞く人は一次情報なので速報性があると思いました」と上野さん=本人提供

上野さんの同級生には20歳で引退を決断した元プロテニス選手の牟田口恵美さんがいます。

「セカンドキャリアを真剣に考えるアスリートの中でも、人それぞれの課題は違うはず。解決策は一概に言えませんが、大事なことは『スポーツでの経験をどう社会に還元していくか』の視点だと考えます。引退後も考えて、経験を“つなげていく”意識が大事なのではないでしょうか。その意識は競技者だけではなく、企業側にも必要だと思います。企業が現役選手の引退後を見据えたキャリア支援をすることで、選手の引退後の活躍の可能性は広がると思います」

動画出演をすることもある上野さん=動画チャンネル「Shonan “One Minute”」より
動画出演をすることもある上野さん=動画チャンネル「Shonan “One Minute”」より

元アスリートの経験、企業のメリットに――取材を終えて

上野さんと同じく、「選手だけではなく雇用する企業側も考えるべき課題」と話していたのは、以前取材をしたベネシード社長兼会長の片山源治郎さんでした。元柔道女子五輪金メダリストの松本薫さんが現役時代から所属する同社では、引退後のアスリートのキャリアを支援しています。

“今は社会貢献をする企業が伸びている時代です。企業側が元アスリートの強みを生かせる職のポストを提案したり、いっそのこと新しい事業を作ったりしてもいいと考えます”
(ベネシード片山社長兼会長)

アスリートのセカンドキャリアをテーマに取材を重ねていく中で、筆者の元に、引退後の選手のキャリアをサポートする団体や企業があるとの情報が寄せられるようになりました。アスリートの経験と事業の成長を結びつける動きは確実に生まれています。徐々にですが、アスリートにとってプラスになる環境が増えていっていると感じています。

関連記事

PICKUP PR

PR記事

新着記事

CLOSE

Q 取材リクエストする

取材にご協力頂ける場合はメールアドレスをご記入ください
編集部からご連絡させていただくことがございます