連載
#106 #父親のモヤモヤ
残業すると「家は大丈夫?」 〝大黒柱〟妻が感じる「子育ては母親」
女性は「自分で収入を得る」「自分の力で生き抜く」ことを考えてきたと話します。
母親の影響だそうです。
女性が小学生になると、母親は会社員として働き始めました。「私が熱を出すと診療所まで連れて行き、診察の間、近くの職場で仕事をする。そしてまた迎えにくる。働くことに重きを置いていた母親でした」
当時は専業主婦の家庭が主流。それでも母親は「自分で収入を得ることが大切だ」と女性に説いたそうです。
女性が働き始め、1人暮らしを始めることになると「マンションを買っておきなさい」とアドバイスしたそうです。資産として将来の備えになるという意味です。
女性は40歳を前に結婚しました。その後、長男(7)が生まれました。
同じ頃、夫(50)は事故で痛めた首回りの後遺症に悩まされていました。
「右半身だけだった手足のしびれが左半身にも広がってきました」
そうした状況で、勤めていた物流会社の勤務がこたえました。午前4時半に自宅を出発。午後9時ごろに帰宅する日々でした。
帰宅すると、体の痛みでソファに倒れ込んだそうです。
「なんとか、仕事を続けられないか」。そう考えていました。ただ妻である女性には痛々しく「限界」に見えました。
夫にこう言います。「これ以上は無理だよ」
夫自身、小学生の頃から料理をしており、掃除や洗濯も得意。家事が苦にはなりませんでした。「この働き方では、子どもに関われない。そんな不安もありました」
女性の収入で家計のやりくりができそう。そう見積もり、妻が大黒柱に、夫が専業主夫になる生活をスタートさせました。
働くことが好きな女性ですが、「大黒柱」としての重圧も感じたそうです。
これまで2度、転職をしました。人事や総務畑で経験を積んでおり、キャリアアップしたいという思いからです。昨年からは、外資系の企業で管理職を務めています。
ただ、仕事では強烈なストレスにさらされています。女性が早めに帰ると上司からは「俺はまだ働いている」とチャットが。同僚の男性に仕事で不明な点を尋ねると「能力あるの?」。はては、自宅を購入したことに触れ「それで、よく家を買えたね」とも言われたそう。
「これまでの会社と比べ、揚げ足取りが横行していると感じます」
女性は理不尽だと感じました。すぐに転職することも頭をよぎりましたが、しばらくは耐えていました。
「転職しても、給与などの待遇面が落ちることもあります。家族の暮らしを支える身として『責任』を感じました」
それでも、限界を感じた女性は先月、転職を決めました。条件の折り合う転職先が見つかったからです。
女性が残業していると、同僚からは、こんな言葉をかけられます。
「家のことは大丈夫なの?」
一方の夫は、長男を健診に連れていくと、受付でこう言われました。「奥さんは?」。実際の健診でも「奥さんに伝えてください」
幼稚園の配布物では「お母さんの皆さん」と呼びかけられるのが常でした。
主夫の男性はこう話します。
「いちいち気にしないようにしています。ただ、『子育ては母親の役割』という考えが、まだまだあるのだと強く感じています」
女性は「家族が支え」と話します。
午後9時ごろに帰宅。夫の作ったごはんを食べ、長男の寝かしつけをしながら、心を休めています。
「大黒柱」の妻と「専業主夫」。旧来の家庭像を逆転させた夫婦が直面したのは、稼ぐ「責任」にまつわる重圧や「子育ては母親の役割」のような固定的な価値観でした。ジェンダーをめぐる課題がよりクリアになったとも言えます。
漫画家の田房永子さんは、そうした社会をもたらしているのは、「山」だと話します。
「女性が家事や育児をする前提で、社会はまわっています。だからこそ、『働く必要があるの?』と聞かれ、子どもを預ける保育園の整備は十分に進んでいません。働き出せば、賃金格差が待っています。男女の偏りが大きいのが現実です」
こうした男性優位の社会を、田房さんは「山」に例えるのです。
ワンオペから一転、稼ぎ頭になった女性を描いた「大黒柱妻の日常」(エムディエヌコーポレーション)に「山」は登場します。
「男たるものこれに登るべし」と書かれた「山」は仕事をイメージさせるもので、「出世」や「家事も育児も女の仕事」といった文言がはためいています。「男は仕事」や「女は家庭」といった固定的な考えと通じるものです。
固定観念は根強く、多くの男性にとって「『山』を登ることが当然になっているのではないでしょうか」と投げかけます。「むしろ、登る以外の選択肢がないと思わせるのが、『山』です。降りれば死ぬ。それくらいの気持ちでは?」
ただ、長時間労働が原因で家庭に関わるのが難しくなるなど、男社会がもたらす弊害を感じる男性も少なくないはずです。なお「山」が残るのはなぜでしょうか。
田房さんの描く「山」には、階段も描かれています。「『山』に登る、つまり出世したり、成功したりしていくことは確かに大変です。でも、最後まで登らなくてもいいんです。疲れたら座って休める。だから坂道ではなくて階段を描きました。むしろ、『山』から降りると家事や育児が待っています。人によっては、ほどよく居心地のよいところで、『山』から降りずにいられる。そうして『山』は維持されているのだと思います」
ただ、田房さん自身、社会は変わるものだと実感しています。「保育園落ちた日本死ね!!!」と題されたブログから声が上がり、不十分でありながらも、待機児童対策は進んできました。
「会社で言えなければ、SNSでも。声をあげ続ければ、社会は変わります。男社会については、女性側の発信が多かったと思いますが、男性も声をあげてほしい。男社会のような固い基盤のあるものは、声があがらなければ変わりません」
19日、20日に配信予定の #父親のモヤモヤ は「主夫」がテーマです。記事に関連した取材班トークを20日10時にSpacesで予定しています。
— 父親のモヤモヤ📚『妻に言えない夫の本音』発売中 (@titioyamoyamoya) June 17, 2021
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