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連載

#28 金曜日の永田町

尾身氏の批判、聞く耳を持たない政治がもたらす「誰にとっても地獄」

「別の地平から見てきた言葉」「自主的な研究」嘆かわしい〝悪口の連呼〟

緊急事態宣言の対象地域に3道県が追加されることが決まり、会見を終え引き揚げる菅義偉首相(左)。右は政府分科会の尾身茂会長=2021年5月14日、首相官邸
緊急事態宣言の対象地域に3道県が追加されることが決まり、会見を終え引き揚げる菅義偉首相(左)。右は政府分科会の尾身茂会長=2021年5月14日、首相官邸 出典: 朝日新聞

目次

【金曜日の永田町(No.27) 2021.6.6】

安倍晋三前首相が「1年」という延期幅を決めた東京五輪・パラリンピックの開会式が迫るなか、政府の新型コロナウイルス対策を支える専門家が独自のリスク評価を提言しようと動いていますが、逆に政治家からはそれを否定するかのような発言が相次ぎました。なぜ、声をあげるのが大変な世の中になってしまったのか――。朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

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#金曜日の永田町
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「批判」はNGワード?

緊急事態宣言の「20日間延長」に突入した6月1日の朝。ツイッターのタイムラインをみていて、ある野党幹部の投稿に戸惑いました。

《これも「批判」と報じるのですか。宣言下の東京都では休業要請に時短要請、かろうじて開ける飲食店には酒類提供禁止と言いながら、五輪は例外との優遇策への問題指摘です。》
@renho_sha

立憲民主党の蓮舫さんのツイートです。

「批判」ではなく「問題指摘」とはどういうことだろう?

リンクが貼られた共同通信の記事は、東京オリパラに関する野党ヒアリングでの議論を伝えたものです。選手村に選手が酒を持ち込むことは可能だというオリパラ大会組織委員会の見解に対し、出席議員から「国民に『外食自粛を』と言っておきながら、選手を特別扱いするのは理解が得られない」という意見が上がったことを報じていました。

政治報道の定型句には、見直すべきものがあります。

たとえば「野党は反発」。首相については「反論」と表現されることが多いのに比して、「理もなく感情的にかみついている印象を与える」(法政大学の上西充子さん)と指摘されています。こうした意見を踏まえ、できるだけ「反発」を違う言葉に言い換え、反対・抗議の理由も併記するよう心掛けています。野党が何に反対しているのか、なぜ抗議しているのか。「反発」という言葉に丸めてしまわず、論点に即して報道をしていくためです。

ただ、「批判」という言葉の制限は疑問です。他の報道機関の記事とはいえ他人事とは思えず、私は、蓮舫さんのツイートを引用する形で、以下のようにツイートしました。

《☆批判=人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること(大辞泉)
批判はよりよい社会をつくろうという気持ちの表れであり、権力側が恐れること。批判には力がある。批判というものを忌避する空気が広がり、結果的におかしなものの温存につながることは危惧しています。》
@MINAMIAKIRA55

そうしたなか、6月5日の読売テレビの番組で、司会者が「ネットでバズるのは、蓮舫さんの政権批判ツイッターばかりですが、正直、代表としては忸怩たる思いがある?」という質問を枝野幸男代表にぶつけていました。その様子を見ていて、私の投稿に寄せられた次のような反応のツイートを思い浮かべました。

《日本での「批判」はネガティヴワード。野党は批判ばかりと怒られ、有権者に誤解されている現実がどれほど多いか、記者も野党議員と少し街を歩けばわかる。その都度、立憲会派は政府提出法案の8割以上賛成している、と訂正するが、まずバイアスが解けない。だから安直に「批判」と表現しないで欲しい》
参院予算委の集中審議後、記者団の取材に答える立憲民主党の蓮舫代表代行=2021年5月10日、国会内、鬼原民幸撮影
参院予算委の集中審議後、記者団の取材に答える立憲民主党の蓮舫代表代行=2021年5月10日、国会内、鬼原民幸撮影 出典: 朝日新聞

「緩慢な悪口の連呼」

国会で「批判」という言葉を忌避させるような空気は前政権から続くものです。象徴的だったのは、2017年1月20日の施政方針演説。安倍晋三首相(当時)はこんな訴えをしました。

「ただ批判に明け暮れたり、言論の府である国会の中でプラカードを掲げても、何も生まれません」

当時、民進党代表だった蓮舫さんは4日後の代表質問で、政府提出法案の8割以上に賛成していることを挙げ、「まるで我々がずっと批判に明け暮れているという言い方は訂正をしてください」と求めました。

しかし、安倍さんは「これはあくまで一般論であって、民進党の皆さんだとは一言も申し上げていないわけであります。自らに思い当たる節がなければ、これはただ聞いていただければいいんだろうと、このように思うわけでありまして、訂正云々という御指摘は全く当たりません」と応じませんでした。

安倍さんはその後も国会で次のような発言を続けています。

一方で、安倍政権を支持していた日本維新の会に対しては、「何でも反対、ただ批判だけを繰り返すのではなく、平素より政策実現を目指して誠実に取り組まれている皆様に敬意を表します」(2017年11月22日の参院本会議)などと繰り返しました。

こうした安倍さんの姿勢に呼応するように、安倍さんを支持する文芸評論家などが政権批判する野党やメディアへの攻撃を展開しました。蓮舫さんも攻撃対象にされた一人です。

「(森友・加計学園問題は)事実不在、国民不在、政治不在、国家不在のまま、一部マスコミと国会が結託すれば、どこまで日本の政治が壊せるかといふ内乱の予行演習に他なりませんでした」
小川榮太郎氏、2017年8月号『正論』

ライターの武田砂鉄さんの近著『偉い人ほどすぐ逃げる』(文藝春秋)には、こうした小川氏の文書などを紹介しながら、次のようにつづっていました。

「乱雑な文句や皮肉や批判が溢れた結果、ただそれを向けることに対して、無駄に勇気が求められていやしないか」「緩慢な悪口の連呼によって、文句や皮肉や批判を投じる行為のハードルがあがっていることについて、嘆かわしく思いたい」
武田砂鉄『偉い人ほどすぐ逃げる』(文藝春秋)

権力者の誤りをただす側を疲弊させ、その結果、おかしなものが温存されていく構造を指摘するものです。

繰り返したゼロ回答

さて、6月第1週の国会で連日注目を集めたのは、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会会長の尾身茂さんです。

政府はオリパラについて分科会に諮問していません。尾身さんも「我々は五輪を開催するかどうかの判断はするべきでないし、資格もない」というスタンスです。ただ、分科会の専門家の間では、東京都内の感染状況が「ステージ4(感染爆発)」相当の状態が続けば「開催困難」、「ステージ3(感染急増)」でも期間中や終了後に感染が拡大する恐れがあるため「無観客」などの規模縮小が必要という認識が広がっています。

尾身さんは2日の衆院厚生労働委員会で、東京オリパラについて「普通は(開催は)ない。このパンデミック(世界的大流行)で」と指摘。開催するにしても、無観客を念頭に「開催の規模をできるだけ小さくして、管理の態勢をできるだけ強化するのが義務だ」と求め、「そもそも五輪をこういう状況のなかで、何のためにやるのか。それがないと、一般の人は協力しようと思わない」といまの進め方に疑問を呈したのです。

翌日以降も、スタジアム内の感染対策だけでは「ほとんど意味がない」などと指摘。「感染のリスクや医療逼迫への影響について、評価するのはプロフェッショナルとしての責任だ」として、専門家の意見をとりまとめて公表する考えを示しました。

新型コロナ対策について「きちんと相談してほしい」というのが、尾身さんが1年前から示している考えです。日本のコロナ対応を検証した「新型コロナ対応・民間臨時調査会」のインタビュー(昨年9月)では、全国一斉休校や観光振興策「GoToキャンペーン」の実施について専門家に相談がなかったという話の流れでこう語っています。

「専門家としてせっかくずっと一緒にやってきたのに、単にハンコを押すだけのような役割ではかなり不満がありました。(中略)我々に相談するんだったら、きちんとしてほしい。中途半端に、あるときはして、あるときはしないということはやめてほしい」(同調査会の『調査・検証報告書』)

しかし、観客を入れて開催し、衆院選前に国民の祝祭ムードを高めたい政権側は、「ちょっと言葉が過ぎる。(尾身氏は)それ(開催)を決める立場にない」(自民党幹部)などと批判。丸川珠代五輪相は「我々はスポーツの持つ力を信じて今までやってきた。全く別の地平から見てきた言葉をそのまま言ってもなかなか通じづらいというのは私の実感」(6月4日の閣議後会見)と述べ、田村憲久厚生労働相も「自主的な研究の成果の発表ということだと思う。そういう形で受け止めさせていただく」と「公式な意見」としては受け入れない考えを示しました。

安倍さんのインタビューが掲載された月刊誌の最新号の表紙には、「菅政権、コロナと闘う!」という文字と共に、小川氏の「『尾身茂亡国論』科学性ゼロの専門家集団」といったタイトルが踊っています。

6月1日の参院厚生労働委に出席した菅さんも、野党議員から分科会に「開催可否や条件を諮問すべきだ」と求められました。しかし、政府と東京都、大会組織委員会がコロナ対策を協議する調整会議に「感染症の専門家が参加している」という答弁を繰り返し、応じませんでした。事実上のゼロ回答です。

参院厚労委で、東京五輪開催について答弁する政府分科会の尾身茂会長=2021年6月3日午前10時37分、国会内、上田幸一撮影
参院厚労委で、東京五輪開催について答弁する政府分科会の尾身茂会長=2021年6月3日午前10時37分、国会内、上田幸一撮影 出典: 朝日新聞

「誰にとっても地獄」

6月1日、東京地裁が「SEALDs」の元メンバーの女性2人を中傷する投稿を繰り返した人物に損害賠償を命じる判決を出しました。勝訴した2人は、安倍政権が進めた安全保障関連法に反対する抗議活動に参加して以降、「反日売国奴」「はやく日本から出ていけ」などという誹謗中傷を執拗にネット上で受けてきました。

代理人弁護士を務めた1人、国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」の伊藤和子さんはヤフーニュースに次のようなコメントを投稿していました。

「若い女性がよりよい社会を願って声を上げると人格を徹底的に傷つけられる、そんな言論空間では声を上げやすい前向きな社会は作れない。それはだれにとっても地獄だと思う」

「コロナと五輪」をめぐり、重要な岐路に立ついまの国会にも通ずる言葉です。

 

朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

〈南彰(みなみ・あきら)〉1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連の委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。

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