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デマに炎上対応、経営戦略も 松坂桃李さん演じ注目、大学広報の世界

大学広報の仕事とは(写真は近畿大学東大阪キャンパス)=近畿大学提供
大学広報の仕事とは(写真は近畿大学東大阪キャンパス)=近畿大学提供

目次

不祥事対応に追われる大学の広報を描いたNHKのドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」がSNSなどで話題を集めました。旧態依然とした名門大を舞台に、社会問題を痛烈に風刺する内容。普段表に出ることの少ない本物の大学広報はどう見たのでしょうか。

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ドラマでは「何も言わない」が信条

松坂桃李さん演じる主人公・神崎真(34)は、「何も言わない」が信条の元テレビ局アナウンサーです。

意味のあることを言えばクレームが来て自身の好感度が下がるかもしれない。「なんか言ってるけど、何も言ってないってのが一番いいんです」「中身がないってことは、記事として大きく取り上げようがなくなるってこと」「嫌われる理由はいつも意味。会見という公に向けた言葉には、意味を最小限に控えることこそ、日本における正しいリスクマネジメントである」と熱弁します。

この「危機管理能力」を買われ、恩師が総長を務める架空の国立大学に転職。次々と起こる問題の対応に奔走します。

デマに炎上、「いつ起こるか」

「危機対応は正解がなく難しいんです」。そう話すのは追手門学院大(大阪府茨木市)広報の谷ノ内識さん(44)。元テレビ局員、学生時代は文学部、考古学専攻など、主人公との共通点が多く、「ほぼ神崎真」と笑います。

自身の経験で印象深いのは2017年春の爆竹騒ぎです。履修登録の手続きが滞ったことが原因で学生に不満がたまっていたとき、大学に爆竹が投げられたというツイッターが拡散。広報課には取材の電話が殺到しました。

しかしこれはデマ。大騒ぎになって調査したところ、たまたま近くの神社で祭りの打ち上げ花火があり、その音がきっかけとみられることがわかりました。大学は2回も公式声明を出し、火消しに追われました。

【当時の記事】「大学に爆竹」デマ、半日で4千ツイート なぜ広がったのか?

ドラマの主人公は何も言わないことで危機をやり過ごそうとしますが、谷ノ内さんは「何が事実で何がそうでないのか、説明責任を果たすのが広報の仕事だと思う」。でも現実には、調査をしても事実が判明しきらないことや、判明しても見解や評価がわかれることもしばしば。「どうしてもおしかりを受けることはあります」

追手門学院大広報の谷ノ内識さん=大阪府茨木市
追手門学院大広報の谷ノ内識さん=大阪府茨木市

近畿大学(大阪府東大阪市)広報室の村尾友寛さん(37)にも話を聞きました。大学生だけで3万3千人を抱える巨大組織。学生や教職員を巡るトラブルは絶えず、最近も運動部員の大麻使用や教員の経費不正請求が問題になりました。

事案が起きるとまず情報を集め、Q&Aを作ります。被害者がいる場合は特定につながらないよう、警察が入っている場合は捜査の邪魔にならないよう、公表できる情報を吟味。プレスリリースにとどめるか、記者会見を開くかなど対応の仕方は事案によって様々で、その都度頭を悩ませます。

大学も把握していない事案を一部のメディアがすっぱ抜いた時は特に大変です。出勤すると報道各社が大学に詰めかけており、質問の嵐。広報にも情報がないので、関係各所に問い合わせます。調査、会見、苦情対応で「その日は丸ごとつぶれます」。

最近はSNSでの炎上騒ぎも悩みの種です。「近大」と検索し、炎上案件がないかパトロールするのはもはや日課となっているそうです。

近畿大学広報の村尾友寛さん=大阪府東大阪市
近畿大学広報の村尾友寛さん=大阪府東大阪市

リアリティー感じる

追手門学院の谷ノ内さんはドラマの中で、広報の「学内での立場」にリアリティーを感じたといいます。

ドラマではトラブル対応を巡って教員と広報が対立するシーンがあります。教員が「何で広報ってのは表面だけこぎれいに取り繕うとするんすか。浅はかなんだよ」と批判し、主人公の上司が「お気楽な学者先生は研究室で理想論をほえていてくださいよ」と返します。

「学内のリスペクトを得るのは大きな課題です」と谷ノ内さん。今は6人いる追手門学院広報も、派遣職員を含め2人しかいない時代もありました。仕事は独学。広報の専門性は理解されず、「宣伝と同じ」とみられがち。トラブルが起きれば重要性を認識されるものの、のど元過ぎれば忘れられます。

谷ノ内さんによると、以前は大学広報の仕事といえば学生募集で、専任の職員がいないところも多くありました。しかし少子化で学生が減る近年はイメージ戦略も重要になってきています。「でも学内ではなかなか理解が広がらない。そんな大学広報の難しさを、ドラマはうまく表現していると思います」

追手門学院大学茨木総持寺キャンパス=追手門学院大学提供
追手門学院大学茨木総持寺キャンパス=追手門学院大学提供

神戸大学(神戸市)広報室の山口透さん(64)は、身分の不安定さが社会問題にもなっているポスドク(任期付き研究職)が登場する話に注目しました。作中では、あるポスドクが日本の科学研究のためと実名を出して上司の研究不正を告発します。

山口さんは、ドラマが描く大学当局の隠蔽は「複数の専門家が調査するので現実にはあり得ない」と感じつつ、大学の常勤ポストが減って不安定な暮らしを強いられる若手研究者を思ったといいます。「研究者を志す若者が減り、日本の研究力もますます低下していくと懸念されます」

背景には、少子化だけでなく、教員の人件費や研究費にあてる運営費交付金が減らされ、大学間の競争が激しくなっている現状があります。

大学が資金難を克服するためには、科研費などの外部資金を獲得したり、産学連携や省庁の研究プロジェクトに参加したりすることが必要。そのためにも特色をアピールする広報が重要になっているのです。

神戸大学=神戸大学提供
神戸大学=神戸大学提供

広報、経営戦略の中心に

本物の大学広報たちは、ドラマでは描かれない情報発信の仕事も知ってほしいと口をそろえます。

神戸大は海外メディア向けに英語のプレスリリースを出すことを心がけています。英語で報道されることをきっかけに、海外の企業や大学と共同研究が始まる例もあるそうです。

追手門学院は時事問題について教員にインタビューするウェブメディアを立ち上げました。研究内容と時事問題と結びつけて聞くことで、教員に社会を意識してもらう。そうすると研究がメディアに取り上げられやすくなり、報道がさらに教員のモチベーションになる――。そんな好循環が理想で、実際に複数の教員が、インタビューをきっかけに新しい研究テーマを見つけたという声を寄せてきたといいます。

近大は広報を経営戦略の中心に据えています。広報室には14人の職員、4人の学生インターンがいます。さらに学部や研究所にもそれぞれ広報担当の教職員がいて、グループ全体では200人を超えるといいます。

広報室は学部などの広報担当者から研究やイベントの情報を吸い上げ、発信の仕方を考えます。コロナ禍前は大学全体で年間500本のプレスリリースを出し、1千件の取材依頼があったそうです。職員ごとに扱ったプレスリリースの本数や、それがどれだけ報道されたかを示す「打率」も計算され、競い合っています。

努力の結果は数字となって現れています。民間による調査では、志願者数や企業からの受託研究件数など、様々な指標で高い順位を記録。教職員のモチベーションとなっているそうです。

村尾さんにとって、自分が出したプレスリリースが報道され、大学の取り組みが評価されたときの喜びはひとしおだそうです。「ドラマでは広報の情けないところばかり。でも現実には頑張っている職員がたくさんいることも知ってほしい。主人公も、頑張れ!」

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