話題
目に青葉 苺慕いて つぶす夜~戦前の謎レシピに挑戦、驚きの発想力
まさかのコラボ「小鰺と茗荷のいちご和へ」
みなさま、しばしのごぶさたでした。「ケヅレーライス」の謎を追った向平でございます。おかげさまで大反響をいただきまして、第2弾をお届けできることになりました。次に挑戦したものは……この季節にふさわしく、リクエストが多かったもの。そうです、今回は「苺(いちご)フライ」に挑戦です!
朝日新聞は、もうすぐ5万号。1879年の創刊から142年です。古い紙面をめくってみると、歴史を感じるレシピが続々出てきました。第1弾は「ケヅレーライス」の謎をひもときました。1940年、太平洋戦争の前夜、日本にはこんな不思議な名前の料理があったらしいんです。
まず、ジャガイモを細切りにして砂糖・塩を加えた湯の中でゆでます。100年以上前のレシピなのですが、作り始めて気づいたことが一つ。塩も砂糖も分量が書かれていません。ひとまず薄味で煮て、煮崩したイチゴの中にジャガイモを加えてみました。
微妙というか、何の味もしません。妻と相談して「もっとイチゴを加えよう」ということに。適当に塩味をつければ食べられるものにはなりますけど、それではイチゴを生かした味とは言えません。火を加えつつ、イチゴを追加すること数度。なんとも微妙な色のペースト状のものができました。
アジ……青魚……これほどイチゴが合わなそうな食材もありませんが、作ってみます。まず、酢で締めたアジの片身を細切りに。そのまま食べた方が絶対うまい。
レシピ通り、潰したイチゴと刻んだミョウガであえてみました。見た目はちょっと華やか、かも……。でもアジとイチゴなんですよね。
こちらも最初の試食結果は「微妙」。食べられなくはないのですが、甘くもしょっぱくもなく、パンチに欠けます。妻と導き出した結論は「酸っぱくすればイチゴが生きる」。酢を追加し、ミョウガもかなり思い切って入れたところ「案外いけるんじゃない?」というところまでたどり着きました。
魚の臭みが消え、少し甘みもあるので、ちょっと変わった感じがあって面白い味です。ただ、箸が止まらないというほどではない。料理バトルの前菜なら、意表を突く効果はあるかもですが。
お待たせしました。「微妙」を乗り越え、いよいよ「苺フライ」です。
まず、イチゴをタテに半分~四分の一に切り、小麦粉・卵・水・砂糖・塩を加えて混ぜた生地の中にくぐらせます。たっぷりと絡めた方がさっくり揚がりますので、生地はやや硬めの方がよいでしょう。
素材的に「加熱しないと食べられない」わけではないので、油から引き揚げるタイミングは、衣の「色」で決めてよさそうです。結構一瞬で濃いキツネ色になります。もう少し明るい揚げ色がお好みの場合は、ご注意を。
揚げたては絶品です。少し酸味の強いイチゴを使ったところ、まろやかな甘さが引き出されました。レシピには「お菓子の時には、角砂糖をおろしてかける」とあります。なかなか大胆ですね。指をケガしそうでちょっと出来ませんでした。当時の他のレシピでは粉砂糖を使う例もあるのですが、それよりややキメの粗い感じでしょうか。もちろん、現代のイチゴなら砂糖なしでも十分食べられます。
再び、同僚が試食しました。イチゴと聞いて楽しみにしていたようです。
ワクワクしながら、「馬鈴薯の苺和へ」が入った容器を開けました。うっ、これは……。ドロリとした正体不明の物体。食べられなくはないけれど、まさに「微妙な味」。
気を取り直して、「小鰺と茗荷のいちご和へ」。また、あえ物ですね。こちらは見た目もおいしそう。食欲がわいてきました。うん、おいしい。イチゴの酸味が爽やかです。ご飯ともけんかしませんでした。
さあ、この調子で「苺フライ」へ。イチゴの天ぷらです!という味でした。イチゴの酸味と油が合います。揚げたてをバニラアイスと一緒に食べたら、オシャレなデザートになりそう。3品とも、イチゴの酸味を生かした料理ですね。昔は甘くなかったのでしょうか?
調べてみました。イチゴの渡来は江戸後期と推定されるそうですが、食べられるようになったのは明治以降。最初は温室栽培で、高嶺の花でした。しかし都市近郊での露地栽培が始まり、1930年ごろには1パックで豆腐1丁分の価格と、ぐっと手頃になりました。
味はどうだったのでしょう。戦前の紙面をめくると、ヴィクトリアという品種に人気があったようです。イチゴを専門に扱う「ジャパンフレーズ」の石川ヒロ子社長によると「当時の品種は、もっと酸味が強かっただろう」とのこと。
より詳しく知りたいならと、東京の豊洲で青果を扱って66年(!)になるという業界の生き字引「丸由(まるよし)」の佐藤盛次会長(81)を紹介していただきました。佐藤会長によれば、実はヴィクトリアはすぐに下火になってしまったそうです。理由は「収穫して一日しかもたなかった」から。日本で独自に開発された「福羽」が跡を継ぎ、これを基盤にして、戦後は全国各地で品種改良が進みます。長距離輸送に耐える丈夫な品種が生まれ、流通も発達したことで、イチゴ繚乱の時代がやってきます。
今の売れ筋も気になります。アシスタントの橋本佳奈(なんと、私にアシスタントができました)が阪神百貨店の「凄腕バイヤー」竹林豊さんに話を聞きました。
阪神百貨店では、11月~5月の約半年間、家庭用として常に約10種類を店頭にそろえているそうです。「やっぱり赤い方が目を引いて手に取りやすいですね。消費者からは、赤くて甘いものを求められています」。今の季節は、500円~1380円台の商品が店頭に並ぶそうです。
軸のついているものや、桃の香りが濃い「桃薫」も人気だとか。最近見かける白いイチゴも、インバウンド客に好まれたそうです。コロナ禍の影響を受けているのはイチゴ界も同様。「試食ができないので、なじみのある安定して甘い品種が消費者に選ばれる傾向にあります」と教えてくれました。
レシピを通して食材を取り巻く社会の変化も見えてきました。そしてイチゴと人気を競う最大のライバルといえばバナナ。「よく食べる果物」ランキングで16年連続1位だそうです(日本バナナ輸入組合2020年消費動向調査)。
次回は、バナナの事情を探ってみようと思います。お楽しみに!
「料理メモ」は91年にスタート、前身の「おそうざいのヒント」の分と合わせると、朝日新聞デジタル内に収録されているレシピは1万件を超えています。「イチゴ」で検索したところ、21件ヒット(21年5月24日現在)。「ウドとベリーのサラダ」(20年2月25日)なんてのもありました。
朝日新聞デジタルの「料理メモ」はこちら1/12枚