話題
「トラも頑張っている」ひとりぼっち同士…身寄りのない猫がくれた縁
「同じ遺族なのに……」岩手と熊本をつなぐ
兵庫県西宮市の村上幸枝さん(40)は、ネコのトラ(雄5歳)を抱くと、心が癒やされる。被災地では災害後、飼い猫が家を失って放浪しているうちに子どもを産み、野良猫が増えていく例がよく見られる。村上さんが東日本大震災で家族を失った時、出会ったのがトラだった。お互いひとりぼっち同士。出会いのきっかけは、1人のボランティアの男性だった。
村上さんは、東日本大震災の起きた2011年3月11日、自宅のある西宮市にいた。岩手県陸前高田市の家族の携帯電話にかけたが通じず、交通機関が再開した6日後に飛行機とタクシーでかけつけた。
親類から父の行雄さん(当時69)と允子(みつこ)さん(同65)が自宅で、兄の敦史さん(同35)は仕事場で、それぞれ津波に流されたと聞いた。遺体安置所を回り、4カ月の間に、だんだんと遺体や遺骨になった3人が確認された。
「この10年、どうやって生きてきたか自分でもわからない。まだ3月11日で止まったままです」と話す。
村上さんは毎年、お盆には陸前高田市に行き、墓参りをしている。その時に泊まる市内の旅館で、宿泊客の佐渡忠和さん(69)と知りあった。
広島市でお好み焼き店を経営する佐渡さんは、全国の被災地を回っては、お好み焼きを無償で焼いたり、イベントを開いたりして被災者を元気づける活動を続けている。佐渡さんが連れて来た雄猫のトラ(5歳)の相手をしたのが縁で親しくなった。
トラは生まれたばかりの頃、熊本地震の被災地で保護された。
各被災地では災害後、飼い猫が家を失って放浪しているうちに子どもを産み、野良猫が増えていく例がよく見られる。
それを知っている佐渡さんは、野良猫を見つけると私費で獣医に去勢手術をしてもらう活動もしている。そんな活動をしているうち、身よりのないトラを引き取ったのだった。
村上さんは、「トラを抱くと、整理のつかない気持ちが少し楽になる」という。
実家で飼っていて可愛がっていた猫2匹が震災後に行方がわからなくなった。子どもの頃、飼っていた歴代の犬や猫の墓も、自宅とともに津波とその後の土地整備で場所さえよくわからなくなった。
「あの子たちが会わせてくれたのかも。トラも頑張って今を生きているんだな。私も人生と向き合わなきゃ」と自分を重ねた。
昨年、世界中がコロナ禍に包まれた。村上さんは、感染者のいない陸前高田市に墓参りに行くのを断念せざるを得なかった。
がっかりしていた村上さんを、佐渡さんは広島に呼んだ。同じように被災地に行くことを控えた佐渡さんは、今年3月11日、地元の広島市の平和記念公園で有志と東日本大震災の追悼イベントを企画。村上さんを招いたのだった。トラと再会した村上さんは、笑顔を見せた。
そして佐渡さんは、熊本地震被害の追悼イベントにも誘った。村上さんは、PCR検査を受け、会社に休暇を取ってやってきた。
「4・16」の形に住民たちや支援者が紙灯籠(とうろう)を置いて行く。2016年の熊本地震本震から5年にあたる4月16日夕、甚大な被害を受けた熊本県益城町。神社の境内で住民が集まって、追悼と地域のつながりを確かめる行事があった。その準備作業の人の輪に、赤いビブス姿の村上幸枝さんがいた。
やがて点灯された紙灯籠の前で、村上さんは熊本地震で親類を失った前田聰さん(78)・直美さん(72)夫妻と出会った。前田夫妻から「同じ遺族なのに、ボランティアに来ていただいてありがたい」と感謝された。「気持ちが通じ合ったような気がして」村上さんは涙ぐんだ。
西宮市では、1995年の阪神大震災で夫や生後間もない男の子を亡くした同世代の女性と知り合い、慰められた。その女性のように、時間が経てば心の整理がつき始めるとは、まだ思わない。しかし、この日も前田夫妻と話すことで「家族を亡くした人しかわからない気持ちを共有できた気がした」と話す。
益城町での行事の翌日、トラを抱いて、佐渡さんの車に乗って熊本県内を巡った。気晴らしに観光地に立ち寄りつつ、熊本地震や昨年7月の豪雨災害の被災地も訪ねた。まだ、片付けさえできていない場所もあり、「どこも大変なんだ」と胸が苦しくなった
佐渡さんは「ご遺族への心の支援は、同じ境遇のご遺族にしかできないものがある。村上さんがいやされ、相手もいやす役割にもなってもらえれば」と思う。今後も被災地で企画する追悼イベントに誘い、トラと過ごす時間も増やしてあげたいと思っている。
1/4枚