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連載

#25 金曜日の永田町

コロナ対策「必ず」が言えない菅さん、唯一の約束は「五輪開催」

日本の人権感覚が問われる、もう一つの法案

3度目の緊急事態宣言を発出し、会見で頭を下げる菅義偉首相=2021年4月23日午後8時3分、首相官邸、上田幸一撮影
3度目の緊急事態宣言を発出し、会見で頭を下げる菅義偉首相=2021年4月23日午後8時3分、首相官邸、上田幸一撮影 出典: 朝日新聞

目次

【金曜日の永田町(No.25) 2021.04.24】
1カ月前、新型コロナウイルスの感染再拡大の封じ込めについて「大丈夫だと思う」と国会で答弁していた菅義偉首相が4月25日から緊急事態宣言を出すことを決めました。金曜日の夜に突如打ち出された休業補償は、大型デパートでも「1日20万円」。なし崩し的に権利の制限が決まっていく政治でいいのか――。朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

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#金曜日の永田町
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「菅総理!」12回迫られてもゼロ回答

4月23日の金曜日。午後8時から、菅さんが記者会見を行いました。ゴールデンウィーク明けまでの緊急事態宣言を決めたからです。

正式決定に先立ち、午後1時から衆参両院の議院運営委員会で報告がありました。菅さんは野党の出席要請に応じず、経済再生相の西村康稔さんが質疑に応じましたが、与党議員からも次のような苦言が出ました。

「再発出は誠に遺憾です。国民の間からは『政府、地方自治体の対応はコロコロ変わる。国民生活への影響について十分に検討がなされているのか、措置について医学的根拠あるのか』などの声が上がっている」(自民党の盛山正仁衆院議員)

菅政権になってからの新型コロナ対策は迷走しています。

首相は昨秋、「第3波」として感染者が増えてきても、自ら旗を振った観光振興策「GoToトラベル」について、「感染拡大の主因とのエビデンス(科学的証拠)はない」といって、なかなか停止しませんでした。

年明けになって緊急事態宣言に追い込まれましたが、首相は「1年近く対策に取り組んで中で、学んできた経験をもとに徹底をした対策を行う」と強調し、「1か月後には必ず事態を改善させる」と言いながら、3月21日まで延長しました。

感染者数の減り方が鈍くなり、変異株が広がる懸念が指摘されるなかで宣言を解除した際も、菅さんは再拡大を防ぐことに「大丈夫だと思う」(3月19日)と自信を見せていました。

ところが、4月に感染者数が再び増加してくると、緊急事態宣言に準ずる「まん延防止等重点措置」を次々に適用しました。あれほど「経済との両立」を掲げ、飲食店に絞った対策の有効性を主張していたのに、日本百貨店協会などの「感染防止対策を徹底して営業しており、館内にクラスターも発生していない」というエビデンスに基づく訴えを押し切って、幅広い休業要請を決めたのです。

特に補償や事業・生活支援が深刻です。議院運営委員会と同じ時間帯、立憲民主党の山井和則さんは衆院厚生労働委員会で菅さんに訴えました。

「地元の商店の方、中小企業の方、生活困窮者の方、大学進学を断念した方まで、自殺者がどんどん、どんどん増えているんですよ。自粛をお願いするのだったらお金を出して欲しいんです。セットでやらずに、『自粛』『自粛』といっても無理です。今日は私、驚いたのが、緊急事態宣言で(休業要請する)百貨店の協力金が1日20万円。大規模な百貨店、銀座の三越も1日20万円の協力金ということですか」

先の緊急事態宣言で営業時間短縮に応じた飲食店に対する協力金は「一律1日6万円」でした。菅さんが隣に座る田村憲久厚生労働相に答弁を振ろうとするため、山井さんは「菅総理、菅総理、お答え下さい」と、「菅総理」と12回繰り返して食い下がりました。

「具体的にどうするかということには、まだ決定をしません」
「でもこの案で、今晩決まるんでしょう?」
「全てが決まっているような形のご質問ですが、いろんな影響が出る皆さんにはしっかり対応するというのが政府の基本的な考え方です」

しかし、「1日20万円」のまま、夜になって発表されました。

「国民はいつまで我慢すればいいのか。主要先進国で最下位のワクチン接種はいつまでに終わるのですか」と山井さんから問われましたが、菅さんは明言を避けました。約1時間の厚労委員会での質疑で、菅さんが「必ず」と約束したのは、この夏の東京オリンピック・パラリンピックの開催だけでした。

取材に応じる菅義偉首相=2021年4月22日午後8時5分、首相官邸、上田幸一撮影
取材に応じる菅義偉首相=2021年4月22日午後8時5分、首相官邸、上田幸一撮影 出典: 朝日新聞

「脱法行為」の禁酒要請

医療や検査の態勢を拡充すること。
ワクチンをできるだけ早く接種すること。
万が一、休業や営業時間短縮などを要請する場合には、十分な補償をすること。

この1年間、ずっと言われてきた課題が、いまだに進んでいません。そうした政治の失敗のツケが、再びの緊急事態宣言となって、市民一人ひとりの権利を奪っています。

新型コロナの影響で閉館の危機に立たされている小規模映画館(ミニシアター)の支援などに取り組んできた「SAVE the CINEMA」は4月24日朝、ツイッターに投稿しました。映画館も今回の休業要請の対象です。

《そもそも楽しみに心待ちにして「週末あれがあるから仕事頑張ろう」と思う人が沢山いる文化芸術に対して、不要不急って失礼だろ。生き甲斐なんですよ。自分の尺度で政治をするな》

菅さんは4月23日の記者会見で、「緊急事態に対しての対応の法律を改正しなければならないと痛切に感じている」と述べましたが、昨年秋の自民党総裁選などで後ろ向きな考えを示し、先送りしてきたのは、菅さんです。

今年に入って、通常国会の冒頭であわただしくコロナ対応の特別措置法の改正を行いましたが、法案審議の時に政府が答弁で約束した内容も揺らいでいます。

今回の政府方針では、「緊急事態宣言」の地域だけでなく、「まん延防止等重点措置」(重点措置)の地域でも、酒類を提供しないよう要請します。ただ、あいまいな重点措置の規定で、私権制限が広がることに歯止めをかけるため、2月の国会で特措法担当の西村康稔経済再生相が「重点措置では、営業時間の変更を超えた休業要請は含めない」と答弁していたのです。

立憲民主党の後藤祐一さんは4月23日の衆院内閣委員会で、ビアホールなどの酒場にとっては、酒類提供しないことは実質的に「休業要請になる」と指摘。西村さんの答弁と矛盾し、「法律違反ではないか」とただしました。

政府は「あくまで酒の提供をしないという要請」「私権制限の程度は小さい」(内閣官房審議官)と主張しましたが、後藤さんは国会審議での答弁に反する運用に「脱法行為だ」と指摘しました。

人通りが少なくなった、なんば周辺の繁華街=2021年4月19日午後7時31分、大阪市中央区、矢木隆晴撮影
人通りが少なくなった、なんば周辺の繁華街=2021年4月19日午後7時31分、大阪市中央区、矢木隆晴撮影 出典: 朝日新聞

「請求規定ない」

この国会では、コロナ関連以外の重要法案の審議でも、一人ひとりの国民・市民の権利を、政治はいったいどう考えているのだろうかと疑問に感じる場面が相次いでいます。

その一つが、菅さん肝いりのデジタル改革関連法案です。

菅さんは行政サービスのオンライン化などを挙げ、「コロナ禍で浮き彫りになったデジタル化の遅れを浮き彫りにした。改革を一気に加速し、世界最先端のデジタル社会を目指す」と訴えていますが、この法案はビッグデータなどのデータ利活用の推進に重きが置かれています。

有識者らを集めた議論を踏まえ、昨年12月に閣議決定された基本原則のなかには、「個人が自分の情報を主体的にコントロールできるようにする」と明記されていました。ところが、国会に提出した法案の段階でこの理念が骨抜きになりました。

「様々な見解があり、一般的な権利として明記することは適切ではない」(平井卓也デジタル改革担当相)といって、政府は盛り込まなかったのです。

過去に住民基本台帳ネットワークをめぐる訴訟の下級審で、自己情報コントロール権を理由に個人情報の提供を拒否する住民の権利を認める判決が出たことがあるからです。

個人の権利より、利活用したい政府や企業などの都合が優先されていることの象徴が、「匿名加工情報」です。これまで多くの地方自治体で条例によって保護されていた住民の個人情報が、匿名加工すれば民間などに提供できるようになるのです。

法案の審議では、共産党の田村智子さんが、2017年度から先行して始めている国や独立行政法人における取り組みを次々と明らかにしています。

田村さんは4月20日の参院内閣委で、ある国立大学が提供しようとしている授業料免除に関するファイルには、「母子父子家庭か、生活保護世帯か、障害者や被爆者がいるかなど、極めてセンシティブな情報が入っている」と指摘。匿名に加工された情報とはいえ、個人が特定される可能性はぬぐえないとも主張した上で、「プライバシーの侵害だから(提供対象から)外して欲しいと要求できるか」と問いただしました。

しかし、政府は匿名加工すれば「個人情報ではなくなる」と主張。「権利侵害が想定されないので、本人から自らの個人情報の利用の停止や削除を請求できる規定はない」と述べ、本人には削除の要求ができないと説明しています。

「氏名、住所、年齢、生年月日、控訴の有無、陳述書の提出の有無、損害賠償金額やその内訳も記されており、きわめて機密性の高い文書であることは明らかです。非識別加工がされていても、個人が識別されることも危惧されます。情報提供の募集を取り下げるべきではありませんか。このような国による情報提供は、国に対する訴訟をためらわせる圧力ともなるのではありませんか。国の情報集約が国民への監視、市民活動の萎縮につながる重大な事案であり、総理の明確な答弁を求めます」

田村さんから4月14日の参院本会議で問われた菅さんが「提案募集を行わないこととした」と答弁した横田訴訟の原告に関する個人情報ファイルの提供についても、防衛省や個人情報保護委員会は「(提供は)問題ない」という見解を変えていません。

「提案募集を行わないことにした」という菅さんの答弁においても、取りやめの理由は「ご指摘の個人情報ファイルについて開示できる箇所が非常に限られていること等総合的に勘案」と述べるのみ。提供をやめてほしいと要請していた原告側の権利を保護する観点というより、「使えるところが少ないから」と言わんばかりの説明でした。

衆院本会議でデジタル庁創設などの関連法案が賛成多数で可決された=2021年4月6日午後1時52分、上田幸一撮影
衆院本会議でデジタル庁創設などの関連法案が賛成多数で可決された=2021年4月6日午後1時52分、上田幸一撮影 出典: 朝日新聞

国連特別報告者らの訴え

そして、もう一つが、出入国管理法(入管法)の改正案です。

入管施設の長期収容を解消する策として、難民認定の申請中は送還しないとの規定を見直し、3回目以降の申請で相当な理由がない場合は送還できるようにすることなどが盛り込まれています。

しかし、国連難民高等弁務官事務所が「懸念」を表明。国連人権理事会の特別報告者ら4人が連名で「国際的な人権基準を満たしていない」と再検討を求める書簡を日本政府に送っています。五輪を前に日本の人権感覚が厳しく問われる事態になっているのです。

日本の入管施設をめぐってはこれまでも問題が指摘され、直近では名古屋で3月6日、スリランカ国籍のウィシュマ・サンダマリさん(当時33)が衰弱の末、死亡した問題が起きました。遺族や支援者は、ウィシュマさんは点滴をして欲しいと訴えたのに受けることができなかったとして、死亡の経緯を明らかにするよう入管側に求めています。

4月23日の衆院法務委員会では、ウィシュマさんが亡くなる前に診察した医師が、「患者が仮釈放を望んで心身に不調を呈しているなら、仮釈放してあげれば良くなることが期待できる」と入管側に伝えていたことが判明しました。法務省側が公表していた中間報告にはこの部分が伏せられる一方、「詐病やいわゆるヒステリーも考えられる」といった内容は盛り込まれていました。

このため、野党側は「あえて隠蔽していたのではないか」(共産・藤野保史さん)、「大事なことが抜け落ちた報告書だ。とても法改正をする土壌は整っていない」(立憲・階猛さん)と指摘。入管の権限を強化する法改正よりも、入管行政が人権に配慮してきちんと行われているかを調べる真相解明が先だと訴えました。

4月26日まで東京・新宿のオリンパスギャラリーで開かれている写真展「照らす生きた証しを遺すこと」で、「24」という番号がつけられたウィシュマさんの遺品の写真が飾られています。

ウィシュマさんは、英語講師を夢見て来日しましたが、同居していた男性からのDV被害にあった末、入管施設に収容されたと言われています。写真を撮影したフォトジャーナリストの安田菜津紀さんは作品の解説でこう語っていました。

「遺品には付箋がびっしりついた和英辞典もあるんです。中を開くと、マーカーでいろいろなところに線が引かれていたり、書き込みがあったりして、とても勉強熱心な方だったと思う。でも、勉強熱心な方でも生活が困窮したり、学校にいけなくなったりすることがあり、簡単に在留資格を失うことが往々にしてあります。この辞書を開いたときに、ウィシュマさんが線を引いた箇所が『君は生きがいを感じていますか』という例文だったんですね。なんでここにマーカーをひいたんだろう。なんでここにマーカーを引いた後に命を奪われたんだろう」

安田さんは常々、「大きな主語ではなく、小さな主語で語っていくことが大切」と語っています。

官邸や国会では、「国民」「国益」など、「大きな主語」が幅をきかせていますが、そこで決まるルールや政策は、一人ひとりのかけがえのない命や暮らし、人権、生きがいに直結しています。

「人の命は数字ではない」というメッセージが込められた安田さんの写真を見ながら、私たちは「小さな主語」の声を大切に、政治にぶつけていかないといけないと感じています。

 

朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

〈南彰(みなみ・あきら)〉1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連の委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。

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