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「ニュースにならない子どもの死」がくれた気づき データ化の意義
再発防止策の取り組み「CDR」から見えた現実とは?
子どもの死亡事例をさまざまな立場の専門家が検証し、再発防止策につなげる「チャイルド・デス・レビュー」(CDR)という取り組みが、2020年から一部の府県で試験的に始まりました。CDRから見えるのは、世の中の注目は集めないかもしれない、だからこそ、多くの人が当事者になり得る事故の存在です。「ニュースにもならず、ずっと気になっていました。もっとできることはなかったかと」。推進役の医師の言葉から、CDRの意義について考えます。(朝日新聞記者・新谷千布美)
2011年からCDRの導入を訴えていた済生会滋賀県病院の伊藤英介・小児科部長(44)は、「CDRに関心を持ったのは、1年間で6人もの乳児が相次いで心配停止で搬送されてきた2009年頃のことです」と話します。
救う手立てはなく、原因もわからず。異状死として警察へ届け、解剖に回りました。しかし、最終的な原因は知ることができなかったといいます。
「ニュースにもならず、ずっと気になっていました。もっとできることはなかったかと。調べるうちに、欧米のCDRを知ったんです」
CDRは、「Child Death Review」の頭文字です。亡くなった全ての子どもの死亡の経緯や治療状況をデータ化し、医師や警察、児童福祉関係者といった専門家が多方面から原因を検証する制度です。防げる死が無かったか分析し、再発防止策に生かすことがねらいです。
日本では現在、交通事故は警察、虐待は児童相談所、おもちゃによる事故は消費者庁などと、個別に調査や検証がされています。しかし、それら以外のケースには光が当たらず、全体の傾向もつかみにくいことが課題でした。
CDRはすでに米国や英国で導入されており、死亡例を減らす成果が報告されています。国内でも導入を求める声が高まり、厚生労働省が2020年度から試験的に取り組む都道府県を公募。これに応じた群馬、山梨、三重、滋賀、京都、香川、高知の7府県でモデル事業が始まりました。
具体的にCDRではどのようなことがわかったのでしょうか?
滋賀県内で生まれた生後2カ月の赤ちゃん。夜泣きが続いており、お母さんは自分のベッドに横たわって抱き寄せ、母乳をあげはじめました。「添い乳」と呼ばれるやり方で、赤ちゃんは安心した様子で泣きやみます。お母さんも連日の疲れから、そのまま眠りに落ちてしまいました。しかし翌朝目覚めると、胸元の赤ちゃんは息を止めていて――。
「母親の体で鼻と口がふさがれ、窒息してしまったのです」
解剖医でもある滋賀医科大学の一杉(ひとすぎ)正仁教授(51)=社会医学=はそう話します。2020年7月から、滋賀県のCDRの委員長を務めました。
取材に対して紹介してくれたこの事例はプライバシーを守るため個人につながる情報を加工したそうですが、CDRの結果、同様の事故が後を絶たないことがわかったそうです。
県内で過去3年間に不慮の窒息で亡くなった1歳以下の子どもは、全て、こうした不適切な「添い乳」や「添い寝」など睡眠環境に問題がありました。
滋賀県は、人口に対する15歳未満の子どもの割合が全国で2番目に多い県です。県内の小児科医からもCDRを求める声が上がっていました。
今回は県が滋賀医大と事務局をつくり、2018~2020年に亡くなった18歳未満の子どもを対象に調査。死亡診断書を基に作られ、人口調査などのために保健所で保管されている「死亡小票」を手がかりに、各病院や県警に協力を求めました。
個人情報を省いた約130人分の調査結果を、小児科医、救急医、産婦人科医、県警、検察、児童虐待の専門家ら計17人の委員と共有。打ち合わせを含め計6回の会議で議論しました。
その結果、約3分の1は予防できた可能性があることがわかりました。このうち、交通事故と並んで最も多かったのが不慮の窒息。予防できた可能性のある死のうち、約3割に上っていました。
CDRの会議の中では、添い乳や添い寝による事故の防止について、母子手帳を渡すときや妊婦健診のときなどに注意喚起するアイディアが出されました。具体的には助産師などの意見もふまえて県で検討してほしいと、2021年3月30日、三日月大造知事に手渡された提言書の中に「喫緊の課題」として盛り込みました。提言書を受け取った三日月知事は「共有して今後の取り組みに生かしたい」と応じました。
今回の滋賀のCDRでは、個人情報やプライバシーに関わる部分を除いて記者にも傍聴が認められました。参加した専門家に別の日に取材すると、「今後は学校関係者も参加してもらいたい」「情報を集める法的な枠組みが必要」などと、改善を求める声が次々に挙がりました。これらをふまえて継続していくことが、一人ひとりの死を未来へ生かすことにつながると思いました。
考えさせられたのは、専門家が問題意識を持つ事例のほとんどが、私の知らない事例だったことです。過去の新聞を調べてみても、載っていないか、小さい記事でまとめられているものばかりでした。
普段、新聞をはじめメディアが伝える事件事故は、めったに起こらない規模や内容のものが大きく扱われがちです。一方、それらの「大ニュース」は、それが珍しければ珍しいほど、多くの人にとって縁遠いものになります。
ニュースにならない死にこそ、暮らしと隣合わせにあるリスクが隠れている。そのことを、私自身、重く受け止め伝えていかなければいけないと、再確認しました。
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