普段、なかなか意識することがない、自分や家族の「死」。介護やお葬式、遺産相続など、考えるべき課題は山ほどあります。しかしネガティブなテーマに思え、つい遠ざけたくなる人も多いのではないでしょうか。いつか誰しもに訪れる、人生の終焉(しゅうえん)。いざというときに慌てないため、考えておくべきこととは? 人気小説『夢をかなえるゾウ』著者の水野敬也さんが、葬儀のプロフェッショナルと、トークイベントで語らいました。(ライター・雁屋優)
2020年12月23日、「カゾクトーク~『夢をかなえるゾウ』水野敬也さんと考える仕事と家族と死」と題したオンライントークイベントが、withnewsと葬儀系ベンチャー「よりそう」の共催で開かれました。
神戸
昨年夏に出版された、水野さんの代表作「夢をかなえるゾウ」の最新巻では、家族との死別について書かれています。病院で余命3ヶ月と宣告された男性が、死後に後悔を残さず、妻と娘が幸せに暮らす方法について探るストーリーです。
これまでの水野さんの著書は、仕事論や恋愛論が多い印象でした。私たちが普段、目を背けがちなテーマに切り込んでいく点で、今作は毛色が異なります。本編で扱ったような、ご家族や親族とのお別れに関するご経験というのは、何かありますか?
水野
子どもの頃、よく遊んでくれた親戚がいました。大好きだったんですが、10年以上会えないうちに、若くして亡くなられた。生活保護のお金と、週刊誌の切れ端だけが遺品でした。次第に親戚の中で、その人の話をしてはいけない空気になっていったんです。
後になって「大学受験の失敗が影響していたかもしれない」という話を聞きました。彼が自分自身の人生に満足しないまま、亡くなったかはわかりません。ただ、死に目に会えなかったことで、受験が彼の人生を引き裂いたんじゃないか、と感じざるを得ないんです。
神戸
その方が亡くなる前に、一目会えて、どういう人生を送ってきたのか話せたら、水野さんが抱かれているわだかまりも小さくなったかもしれませんね。
水野
そうかもしれないです。僕は、会いたかったですね。会って話せたら、色々何か言えたことがあった気がしますよね。子どもの頃遊んでくれて楽しかったとか、そういうことを言いたかったです。
神戸
会って話せるかどうかというのも重要な要素かもしれないですね。生前に十分に話せなかったという後悔は、色々な方が抱かれるように思います。秋山さんは、ご家族との関わりや、亡くなった方との関わりで後悔したことなどありますか?
秋山
義理の母が、がんで亡くなっていることですね。2014年にがんだとわかって、治療したものの、治らなかった。ある日家族が呼び出されて、全身転移していると言われて、その後亡くなったんですね。
でも、実際には治療薬が出ていて、それで治っている人もいます。そのことを当時知っていたら、もっと長生きできたんじゃないか、私の娘に会わせてあげられたんじゃないか、と後悔しています。
神戸
お二人に共通していると思うのは、「事前にもっとできたことがあったかもしれない」という悔い。お話をすることや、適切なケアをすることが早くからできれば、大切な人を亡くしたときに、自分の後悔を減らす助けになるんだろうと感じました。
神戸
家族の死を見据えた具体的な備えといいますが、自分がいつ見送る側になるのかはわかりません。秋山さん、特に親が亡くなったときを考えて、家族で話し合っておくべきことは何でしょうか。
秋山
終活全般になると広くなるので、医療、葬式、財産分与についてお話ししていきます。
まずは医療ですね。死因の構成割合を見ると、悪性新生物、いわゆるがんが27.3%、心疾患が15%、その次に老衰が来て、脳血管疾患が7%。がんと心疾患と脳血管疾患が三大疾患と言われているものですね。亡くなられる方の50%以上を占めています。
お医者さんは全国に30万人ほどいらっしゃいます。そのうち、がん治療認定医は15,000人、がん薬物療法専門医は1,300人しかいないんですね。そうすると、がん薬物療法が適用できれば助かる状態でも、どのお医者さんにあたるかどうかで、治療方針が異なってきます。セカンド・オピニオンを専門医に聞くことが大事だと思います。
秋山
次は、葬儀です。病院で亡くなられた場合、死後1時間から2時間でご遺体を引き取ってくださいと言われることがあります。ご遺体を霊安室に長く置いておけないという病院側の事情があるんですね。
短時間で対応するとなると、ご遺族は悲しむ間もなくバタバタと葬儀社を決めていくしかない。病院の指定の葬儀社に決まったりとか、電話で一発で決まったところだけにお願いすると、費用がすごく高くなるケースがあります。
121万円がお葬式にかかる費用の平均ですが、ここにはお葬式での飲食のお金が含まれてないんです。我々はネット系の葬儀社として、全国の葬儀社と提携してやっているんですが、その額の平均との違いは、倍以上になりますね。
事前に葬儀に対して向き合う、準備する。そうすると、自分の取りたい選択肢が取れて、親のため、遺族のためにしたいことができるんじゃないかなと思います。
水野
むちゃくちゃな質問かもしれないんですが、世の中には葬儀をあげないっていう選択をする人はいるんですか?
秋山
法律上、火葬はしなければいけません。ただ直葬といって、ご遺体を安置して、火葬場直行という形式もあります。お坊さんを呼んでお経をあげるなどのことはしない形式ですね。
お葬式を簡素化することは、非常に多くなってきています。特にコロナ禍においては、葬式をあげる行為自体がはばかられる人がいるんですよね。
水野
平均121万円っていう金額は大きいですよね。もっと言うと、ゼロにできないのかなと思いました。そういうプランがあってもいいじゃないかと、ふと頭をよぎりました。
秋山
故人のことを遺族がどうやって送り出してあげたいかとか、ともに過ごした時間を思い出すきっかけとか、あまり会っていなかったけれど、お葬式だから集まったことで、故人と自分達の絆・そこで集まった人同士の絆を確かめる。そんな意味もあると思います。
秋山
最後に、財産分与の話です。公正証書遺言と、自筆証書遺言、秘密証書遺言があります。公証役場に行って書いてもらうもの、自分で書くもの、ここで遺言を作ったこと証明してもらうという、少し複雑なものです。
相続についても、知ってから3ヶ月以内に、承認か限定承認か相続放棄かを決めなくてはいけません。その後、納税が発生する場合は10ヶ月以内に納めなければならず、結構バタバタするんですね。
「争族」にならないようにしたいと思ったら、相続税が発生しなくても、準備しておく必要があります。なぜなら、家をどうするかという問題が発生したときに、そこに住んでいるきょうだいと、住んでいないきょうだいとでもめる可能性があるからです。
相続は、権利じゃなくて、家族の形を保てる中での合意形成と思うのがいいですね。それがすごく重要です。
神戸
これだけしっかり身近な人の死について考えることもないので、興味深く拝聴しました。僕も両親が高齢なんですよね。一人っ子なので、親が亡くなってしまうのかなと思うと不安です。
まさに、この不安を共有してくださっている視聴者の方のご意見がありました。「一人っ子、配偶者なしの40代女性です。近い将来、天涯孤独になるのだろうと思うと不安になります」ということですね。水野さんは、具体的に準備されていますか?
水野
お話を聞いていて、背筋が凍りました。遺産をくれるなと言っていても、何か起これば、やはり面倒なことになりますよね。僕は遺産を全部なくしたらいいんじゃないかと思いますね。
遺産でもめないために、これだけはしておくべき、というのがあればお聞きしたいです。
秋山
皆さん遺産となると、取り分と考えるんですが、もらうのが権利であると思わないことが大切です。
水野
手を伸ばせば持っていけるお金が、目の前に積まれているような感じですね。1000万円って出されたら、今までそんな気じゃなくても、もらいたくなるのが人間の心だと思うんです。それを事前に止められないのかと思うんですよね。
今はいいけど、もしも僕が困窮していて、そういうときに親が亡くなって、遺産があれば心が揺らいでしまう。それは人間の心だと思うんです。そうならない心の強さを遺族に求める時点で、システムとして破綻するんじゃないかなという思いもあるんですよ。
秋山
本当は、それを見越して、亡くなる方が均等に分けられればいいんです。しかし、そうではないこともあります。「遺留分」という最低限の額がもらえる権利はあるんですけれど、それ以上は遺言が優先します。
水野
極論として、これは遺言を遺す側の責任ですよね。
秋山
そうですね。誰もが死ぬことを前提に準備をすることが、冷静にできるといいのですが。
水野
皆、お金を遺す前提に立つべきだと思いました。僕は遺産をくれるなと(親戚に)言っていたんですが、甘かったです。そうすれば争いに巻き込まれないと思ってきましたが、遺す側になったら、家族がぐちゃぐちゃになる可能性がありますね。
例えば、この放送中に死んだらそうなりますね。そうしたら僕の責任ですよね。遺す人間がちゃんとしないといけない。その後、自分の子どもや孫が困ったら自分の責任です。責任の範囲を広げるべきだなと思いました。
秋山
お金には、やはり魔力がある。事が起こる前に話すのは大事です。
神戸
実際に必要なことだとはいえ、遺産や介護について話すきっかけを親子間でつくれない方は多いと思っていて。その場合、どういう風に話をもっていけばいいのでしょうか?
秋山
両親に対して遺産の話をすると、「遺産目当てで、死を待っているのか」と誤解されるのが非常に怖い。なので、話しづらいんですね。逆の発想で、自分の死について話すということですね。エンディングノートを作るなどして「ここに置いてあるから、そのときは見てね」と伝えるんです。
相手に求めるのではなく、自分が行動するようにできるか、が大事ですね。そういうことされると、親も考えるようになります。
水野
その解決策は素晴らしいです。「遺産をくれるな」で遺産の問題が終わっていたと思いきや、足元がグラグラでした。まず自分を変えられるのは自分だということが、遺産の問題にも当てはまる。
自分も死と向き合うとわかった上で伝えるのと、自分がもめたくないから言っているのとでは、全然違う。いまの状態の僕と、死と向き合った僕とでは、親とのコミュニケーションも変わってきますよね。当たり前のことだけれど、それができていないと思いました。