連載
#13 マスニッチの時代
「ねるねるねるね」公式動画〝最後の30秒〟の秘密、進化する知育菓子
多様性とわかりやすさのせめぎ合い、正解のない時代の遊び方
人びとの行動がデータ化された時代では、自分で選んでいるようで、実はおすすめされた情報がまわりにあふれています。多様性が大事にされ、進学や就職も、これまでのお手本が通用しない時代。自分で考える力はあらゆる場面で求められています。発売から35年、知育菓子として絶大なネームバリューを誇るクラシエフーズの「ねるねるねるね」は、販売が低迷した時期に一大改革を実行しました。その時の気づきは新しい「正解のないお菓子」に引き継がれています。選択肢があふれる時代の中で生まれた「自分の頭で考える」ニーズについて、知育菓子の進化から考えます。
「ねるねるねるね」の公式サイトには、作り方の動画が公開されています。
のどかな音楽が流れる中、白い粉に水を入れて混ぜると色が変わり、さらに別の白い粉を入れると違う色になってふくらんでいく様子が再現されています。
そして、「さいごに、ねるねるねるねのひみつをしょうかいするね」という案内とともに、30秒間の説明パートが流れます。
1986年に誕生した「ねるねるねるね」は、袋を開けてすぐ食べるのではなく、一手間かける実験のようなプロセスが魅力になっています。
発売から30年以上経つロングセラー商品ですが、2000年代後半は毎年のように売り上げが落ちる危機を迎えていました。
子どもたち1千人にアンケートした結果、現代の子どもの味覚に合う酸味を抑えた味に改良したほか、もう一つ、重大な変更を加えています。
それが「種明かし」です。
クラシエフーズの食品研究所所長で執行役員の川崎健司さんは「それまでは〝怪しさ〟で売れていた商品のコンセプトが、食品の安全を気にする保護者の懸念を生んでいた。それで、少し種明かしをして、色が変わる原理などをパッケージで説明するようにした」
時代に合わせたリニューアルによってV字回復を果たしました。
もちろん、子ども向けのお菓子であることからも、当初から安全性の高い原料を使っていました。しかし、発売当初は「ふわふわお菓子」という表現だけで、あえて何も書いていないパッケージでした。むしろ、何ができるかわからないという怪しさが、商品の魅力になっていました。
しかし、今は、原料はもちろん、どんなコンセプトの商品かも買う前にわからないと購入に結びつかない時代です。
現在のパッケージには、「保存料合成着色料ゼロ」が大きく表示されています。さらに、公式サイトの動画では丁寧に原材料の説明をされており、安心・安全もアピールしています。
博報堂買物研究所による『なぜ「それ」が買われるのか?』(2018年、朝日新書)では、現代の消費者には「選ぶ楽しみ」が広がっていると指摘します。ここで大事なのは、無数の選択肢が生まれた時代、何もない状態から消費者が自分で見つけることは難しい点です。ある程度、選択肢が絞られた状態で、同時に自分で選ぶ余地も残っている状態が求められているといいます。
「ねるねるねるね」の場合、リニューアルでは怪しさの度合いを緩めて、材料などをオープンするという選択肢の絞り込みにつながる改良を加えました。同時に、自分で作るという「ねるねるねるね」の当初のコンセプトは崩さなかったことで、時代の変化に対応したといえます。
「ねるねるねるね」の落ち込んだ2000年代、同じ様に「選ぶ楽しみ」のモデルチェンジをしたのが福袋です。
値段以上の品物が入っているけれど、どんな商品かはわからない。そんな「運試し」が魅力の福袋の中身が全国的に公開されはじめたのは2000年代です。2004年12月17日の朝日新聞には、銀座三越が初めて、福袋に入っている服を一般客に披露するショーが「業界初」の試みとして実施されたことを伝えています。
今では、福袋の中身が事前に公開されるのは当たり前のようになっています。
アマゾンでは毎日のように「タイムセール」を実施していますが、どの商品が対象になるかは、セールが始まるまでわかりません。そのため、ウェブメディアでは、セール中の商品をいち早くお知らせするコンテンツが情報として発信されます。
ここでも、「セール中」という選択肢を絞っておきつつ、何を買うかはユーザーが選べるという関係が成り立っていると言えるでしょう。
2021年3月、クラシエフーズは新しい知育菓子を発表しました。
「香りラボ」は、4種類の基本の香りを組み合わせて自分好みの香りを作ることができます。出来上がった香りはゼリー状のドロップにして食べられます。さらに、「しゅわしゅわジュースのもと」と水でドロップジュースを作って食べることもできます。
「ケーキモンスター」は、ケーキやカスタードクリームを自分で作りながら、食べられるシールで用意されたモンスターの顔のパーツを組み合わせて、オリジナルのお菓子を作ります。
どちらも共通しているのは正解がないことです。
マーケティング室課長の菊池光倫さんは、知育菓子のリブランドにあたって大事にしたのが「多様性」だったと言います。
「調査をする中で、子どもと接する時間が少ないことを悩んでいる親が多いことがわかった。共働きで、昔のようにいつも一緒にいられるわけではない。でも、親は、ちゃんと子どもと向き合いたいと思っている。おいしく食べられるというお菓子として根本的な価値は守りながら、より深い価値として、多様性を考えてもらうコンセプトが生まれた」
その上で「三つの価値『個性を伸ばす』『失敗を楽しむ』『違いを尊重する』の創出につながり、『らしく、のびていく』『自信を育むお菓子』というコンセプトになった」と説明します。
一方で、ゼロから楽しさを見つけてもらうだけでは、数ある「わかりやすい商品」の中で埋もれてしまうおそれもありました。そこで、作り方は丁寧に解説しつつ、完成品はイラストで表現することにしました。
マーケティング室主任の木下優さんは「今まで、本物の写真を入れていたところ、イラストにして子どもの想像力を働かせてもらえるようにした。それは、何をやっても正解だという商品のメッセージにもなっている」と説明します。
ネットでは、自分の趣味趣向に最適化された情報に囲まれる環境が強まっています。その反動から、自分の頭で考えるきっかけを与えてくれるものが価値を持つ。知育菓子の進化からは、そんな時代の新たなニーズが浮かび上がってきます。
1/5枚