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連載

#20 金曜日の永田町

「接待問題」に隠れるように進む重要法案 信頼ないままのデジタル化

専門家から「監視法案」と名付けられた肝いり政策

デジタル改革関連法案準備室の立ち上げ式で、記念撮影の際に中央を平井卓也デジタル改革担当相(左)に譲る菅義偉首相=2020年9月30日午後3時6分、東京都港区、代表撮影
デジタル改革関連法案準備室の立ち上げ式で、記念撮影の際に中央を平井卓也デジタル改革担当相(左)に譲る菅義偉首相=2020年9月30日午後3時6分、東京都港区、代表撮影

目次

【金曜日の永田町(No.20) 2021.03.20】
菅義偉首相の「天領」ともささやかれてきた総務省において、首相の長男も絡んだ接待問題で官僚が大量に処分されていくなか、国会では首相肝いりのデジタル庁をつくる法案の審議が急ピッチで進んでいます。新たな役所に、人とカネ、そして大量の情報を集めていく環境が整っているのか――。朝日新聞政治部(前・新聞労連委員長)の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

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#金曜日の永田町
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デジタル社会の新しい政治家像

新型コロナ禍の国会では、オンラインで海外とつないだ意見交換会も増えています。

その一人が、台湾でデジタル担当の政務委員(日本の閣僚に相当)を務めるオードリー・タンさんです。国会の議員会館でも、昨年11月に発売された初の著作『オードリー・タンデジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)をよく目にします。

天才プログラマーとして知られるタンさんは2016年、35歳で民間から閣僚に就任。部門を超えた行政や政治のデジタル化を主導し、マスクをはじめ新型コロナの封じ込めにも大きな役割を担いました。

「Fast(素早く)」「Fair(公平に)」「Fun(楽しく)」

タンさんは、Fを頭文字にした三つのキーワードで台湾の取り組みを紹介しています。菅さん肝いりのデジタル庁設置に向けて準備を進める平井卓也・デジタル改革担当相も昨年開かれたオンラインイベントで、「オードリー・タンさんの『スリー・エフ』はデジタル庁にもぴったり。働きたいと思っていただけるような楽しい職場を作るのが、担当大臣の重要なミッションだ」と語っています。

「デジタル民主主義」を掲げるタンさんは、著作のなかで「オープン・ガバメントは、政府と人々の間に信頼関係があってこそ、成り立ちます」「政府が人々をまったく理解せず、政治に参加する必要もないと感じたならば、人々は最終的に政治に対する関心を失うでしょう」と綴っています。「信頼」は本のなかに36回も出てくるキーワードです。

そして、デジタル社会の新しい政治家像にも触れています。

「これまでの古い社会であれば、口下手な人はなかなか当選することができませんでしたが、今は新しいデジタル技術を活用して、必ずしも雄弁ではないけれど、ネットを通じて自分の主張や政策を広め、有権者の共感を集める人たちが出てきています」と指摘。その例として、「口下手な部類に入る」という総統の蔡英文さんや、コロナ対策の指揮官で連日の記者会見を担った陳時中さんを挙げています。

オードリー・タンさん=2021年1月7日、台北、熊谷俊之氏撮影
オードリー・タンさん=2021年1月7日、台北、熊谷俊之氏撮影 出典: 朝日新聞

記憶をなくす官僚

さて、新年度予算案の審議が佳境を迎えている日本の国会です。

総務省の接待問題で新たな展開がありました。菅さんが大臣を務めるなど強い影響力を持ち、与党議員から「菅さんの天領」とまで言われてきた総務省において、携帯電話料金の値下げを主導するなど、菅さんの「懐刀」と言われていた谷脇康彦・前総務審議官が3月16日、辞職したのです。菅さんの長男が務める「東北新社」に続き、NTTからも国家公務員倫理法に違反する接待を受けていたことが発覚したためです。

3月15・16日には、総務官僚や政務三役への接待を重ねていた東北新社とNTTの両社長が国会に出席し、参考人質疑が行われました。

争点になったのは、東北新社が放送法の外資規制に違反していた問題です。

東北新社の中島信也社長は3月15日の参院予算委員会で、同社執行役員だった木田由紀夫氏が2017年8月9日ごろ、総務省情報流通行政局の鈴木信也総務課長(現・電波部長)に面会し、外資比率が20%以上になっている状況を報告していた、と証言しました。放送法では、外国の個人・法人などの株主が持つ議決権が20%以上ある事業者は放送を行えないとするルールになっています。それにもかかわらず、総務省は同年10月、東北新社が100%子会社に衛星放送事業を承継することを認可しています。つまり、総務省が違法性を認識しながら、認可を取り消すどころか、違法性を回避するためのスキームにかかわっていていた疑いが浮上したのです。

しかし、3月16日の衆院予算委員会に呼ばれた鈴木電波部長は「記憶にない」を13回も連発。答弁席に向かう鈴木部長には「『記憶がない』と言え」という声がかかりました。武田良太総務相は「なぜか無意識っていうか、口に出た」とその一部が自身の発言だと認めています。

このほかにも、総務省は、接待を受けた時期の谷脇さんの公用車の運行記録について、「廃棄処分済み」と説明。また、NTTとの会食の有無を問われた武田総務相も「政治家なので個別の案件について答えは差し控えたいが、国民が疑念を抱くような会食、会合に応じたことはない」という答弁を連発。1週間以上も会食の事実を認めませんでした。

3月19日の参院予算委員会で、立憲民主党の蓮舫さんは、公文書の改ざん・廃棄や虚偽説明が行われた森友学園問題、「桜を見る会」の問題も挙げ、菅さんに安倍政権から続く政府の姿勢を見直すよう促しました。

「先日、オードリー・タンさんとオンラインでお話を伺ったときに、台湾がロックダウンをしないでどうして(新型コロナ)感染症を封じ込めたのかを聞いたら答えは明快でした。『政府は国民を信じて、国民が政府を信じている』。今の日本に最も欠けているものだと思います」

武田良太総務相=2021年2月19日、恵原弘太郎撮影
武田良太総務相=2021年2月19日、恵原弘太郎撮影 出典: 朝日新聞

「デジタル監視法案」

一連の総務省問題の解明が続く予算委員会の審議に隠れるように、国会ではある重要法案が審議されています。「デジタル庁」創設や個人情報保護法改正を盛り込んだ「デジタル改革関連法案」です。菅さん肝いりで、今年9月のデジタル庁設置を目指すため、新年度予算案と平行した異例の形で審議が進められています。

日本の行政のデジタル化は、一連の新型コロナ対策で遅れが浮き彫りになりました。

3月19日の蓮舫さんと菅さんの質疑でも、緊急事態宣言を受けた飲食店への協力金の支給が、東京では1割程度にとどまっていることや、事業規模に応じた対応ができない不公平感が議論になりました。デジタル化を推進する法整備は、迅速で、きめ細かな行政サービスの実現の可能性を広げるものです。

ただ、急ピッチで進められたため、法案のミスも相次いでいます。国会に提出された法案の参照条文で45カ所も誤りがあり、その正誤表でもさらに間違えるというミスを重ねています。とりわけ問題になったのは、国会への報告の遅れです。2月12日に最初のミスに気づきながら、野党側に正式に報告したのは約1カ月後の3月9日。衆院本会議で審議入りした当日です。野党からは「説明する気があったのか、疑念を持っている。単なるミスと思えない」という疑念の声があがりました。

こうした国会軽視に加え、この法案はこれまで3つの法律に分かれていた個人情報保護のルールを統一するなど、63本もの法律を束ねた内容です。自治体が先行して築いてきた個人情報保護のルールについて、条例で定められていたルールを一度白紙にし、国のルールに一元化する大転換でもあります。

3月18日に衆院内閣委員会で行われた参考人質疑では、4人出席した参考人のうち、2人が「慎重な審議」を求めました。

そのうちの1人、内閣府の公文書管理委員会の委員長代理を務めた弁護士の三宅弘さんは、「デジタル庁設置法案によって10年後、データの分散管理を根本的に改め、内閣総理大臣のもとに個人情報を含む全てのデジタル情報を集中管理するものとされています」と指摘。無料通信アプリ「LINE(ライン)」の個人情報が利用者への具体的な説明が不十分なまま、中国の関連企業からアクセスできる状態にあった問題にも触れ、「集中管理はいったん個人情報が漏洩するとその影響は計り知れない」と述べました。

「刑事訴訟法197条の捜査照会手続きでは、本人の同意なくして個人情報を任意に集めることができます。指紋、DNA、顔認証。こういうものの法律の根拠はございません。ドイツに行ったときに、憲法裁判所裁判官にそういう報告をしたら、『え?日本って、そういう野蛮な国なの?』と言われました」

三宅さんは、ドイツでのこんな体験を紹介し、個人情報保護の仕組みを強化するよう求めました。政府の個人情報保護委員会が警察などの政府機関に改善の命令ができないという課題が解決されないまま、首相の下にデジタル情報が集中管理されるようになる今回の法改正を「デジタル監視法案」と名付けて問題視し、「個人情報が首相直轄の内閣情報調査室に集積され、本人が知らないうちに監視される危惧がある」と指摘しました。

内閣府の公文書管理委員会の委員長代理を務めた弁護士の三宅弘さん
内閣府の公文書管理委員会の委員長代理を務めた弁護士の三宅弘さん 出典: 朝日新聞

参考人が問いかけた信頼

もう一人、慎重な審議を求めたのは、専修大文学部ジャーナリズム学科教授の山田健太さんです。

「例えば、今、皆さんがコロナ対策の中で、韓国や台湾を例として考えていらっしゃいますけれども、その感染者情報などでも、その前提は、行政の徹底したいわゆる開示、行政情報の開示、そして自己情報へのアクセス権です。それによって政府の信頼性を高め、その上でさまざまな施策を打っているわけでありまして、まさにこの情報公開をこの個人情報のさまざまな法案、立案にあたってはまず前提にすべきです」

与党側は、今月31日の衆院内閣委、4月1日の衆院本会議での採決を目指しています。
しかし、100人規模の民間登用を目指すデジタル庁の特定企業との距離感についても、総務省の接待問題を受けて論点になるなか、政府の答弁は「具体的な運用方法について、有識者を含めた検討の場も設けて検討したい」と明確になっていません。残念ながら、オードリー・タンさんが挙げた三つのFでいえば、「ファスト(Fast)」が突出し、信頼と直結する「フェア(Fair)」が見えにくい状況なのです。

「信頼」という政治の根本が揺らいだままで、人とカネ、そして政府に大量の情報を集めていく新たな役所を無条件でつくらせていいのでしょうか。参考人の警鐘に耳を傾けながら、国会で慎重に議論すべき課題だと感じています。

 

朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

《来週の永田町》
3月21日(日)自民党が2年ぶりに党大会/千葉県知事選投開票
3月26日(金)新年度予算案の参院採決(与党方針)

     ◇

南彰(みなみ・あきら)1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連に出向し、委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。

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