連載
#17 金曜日の永田町
森発言で開かれていた国会内の「女子会」〝からかいの政治〟の罪深さ
「おじさん世界で生き抜くための政治学。でも、黙っていてはいけない」
【金曜日の永田町(No.17) 2021.02.21】
女性差別発言をした森喜朗・元首相の後任として、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の会長に橋本聖子さんが就任しました。橋本さんは「会長を引き受けさせていただく背景に男女平等の問題があったと思う」と語り、「女性理事の比率を40%に引き上げる」という決意を語りました。森さんの発言を問題視した国会も、多様性を欠き、ジェンダーバランスは低迷。そして、公正な社会を求めて声をあげることをためらわせる「からかい」の空気も--。朝日新聞政治部(前・新聞労連委員長)の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。
発言翌日に続投を表明した森さんに対し、「#ジェンダー平等をレガシーに」を合言葉に、処遇の検討や再発防止などを求めるオンライン署名を「Change.org」で展開してきたメンバーが2月16日、大会組織委員会に15万7425筆の署名を提出しました。署名では、再発防止策のほか、スポーツ庁がまとめた競技団体の運営指針「ガバナンスコード」に沿って女性理事の割合の最低4割を達成することも求めています。
「私が小学生の時に、自分が社会に出るころには、日本はジェンダー平等を達成する国になっていると想像していた。いつまでも待っていられないからこそ、一つ一つ声をあげていかなきゃいけない」「これがちゃんと日本社会が変わる契機になるように、私たちも注目していきたい」
提出後、若者の政治参加を促す団体「NO YOUTH NO JAPAN」代表で大学生の能條桃子さんは記者会見でこう語りました。
国内107の競技団体における女性理事の割合は平均15.6%(スポーツ庁、2019年調べ)。この日の候補者検討委員会で、ジェンダー平等への理解が新会長に求められる資質の一つになりました。
森発言を巡って、議論が交わされてきた国会も、ジェンダーギャップ指数が153カ国中121位に低迷する日本社会の象徴です。
新年度予算案などに関する政府の説明をする閣僚は20人中、女性はわずか2人(10%)。衆院予算委員会のメンバーは、委員長を入れて50人中、女性は2人(4%)です。質問者は、他の委員会に所属する女性も交代で加わっていますが、ほぼ男性中心で議論が進んでいます。
2月16日の衆院予算委員会は、コロナ禍における課題を有識者などから聞く「参考人質疑」が行われましたが、出席する5人の参考人のうち、女性は連合で総合政策推進局長を務める井上久美枝さん1人でした。
コロナ禍における女性を取り巻く厳しい状況について説明した陳述の最後で、井上さんは「森喜朗氏による差別発言に触れないわけにはいきません」と切り出しました。
「日本は女性差別がある国と世界に発信してしまいました。トップの交代で済む話ではありません。オリンピック憲章に反するはもとより、ILO(国際労働機関)第111号条約に反するものです」
「111号条約」とは、雇用と職業の面で、どのような差別待遇も行われてはならないことを定めたものです。8つあるILOの基本条約の1つとされます。「人種、皮膚の色、性、宗教、政治的見解、国民的出身、社会的出身などに基づいて行われるすべての差別、除外または優先で、雇用や職業における機会または待遇の均等を破ったり害したりする結果となるもの」を「差別待遇」としています。労働分野が中心ですが、より一般的な人権保障条約としての性質を持っています。
この条約がILO総会で採択されたのは、いまから63年前の1958年6月。ILO加盟国のうち175カ国が批准をしており、批准していないのは日本を含めた12カ国だけです。
ILO創設100周年の2018年6月、国会は「八つの基本条約のうち、未批准の案件については、引き続きその批准について努力を行う」という決議を全会一致で行いました。しかし、「国内法制との整合性について慎重な検討が必要である」という答弁を繰り返す政府の姿勢を突き崩すまで至っていません。
井上さんは「日本が中核条約を批准していないことが、あのような(森さんの)発言がでる背景にあると考えています。東京オリンピック・パラリンピック大会は、日本が国内法を国際基準に適合させ、来日する多くの選手、関係者の期待に応えるまたとないチャンスであり、日本があらゆる差別を許さない国であることを、国際社会に示すためにも、第111号条約を直ちに批准するという声明を出すべきです」と訴えました。
「女子差別撤廃条約」にうたう女性の権利を担保するための仕組みを盛り込んだ条約議定書の批准も、すでに114カ国が批准するなか、20年以上、たなざらしになっています。国際基準に背を向け、公人の女性蔑視の言動を甘やかしてきた末の「森発言」を、どう乗り越えていくのか。
2月15日、森発言をテーマにした「つながる女子会」が開かれました。政治家や弁護士、研究者、アクティビスト、ジャーナリストなどの女性たちが第2月曜日のお昼に国会の議員会館の会議室に集まって勉強を重ねているグループです。緊急事態宣言下のためオンラインで実施された今回は、森発言がテーマで、「ジェンダー平等」がいまの政治のあり方を変えていく軸になるという意見が相次ぎました。
その1人が、東京・世田谷区で2年前から区議を務める中山瑞穂さんです。
森発言の翌日の2月4日。中山さんは午前7時半ごろ、立憲民主党の女性地方議員のネットワークのライングループに「何か動きませんか」と投稿。わずか30分の間に賛同が続き、発案者の中山さんが文案をつくることに。午前11時ごろには文案が固まり、午後2時5分、立憲のジェンダー平等推進本部と女性議員ネットワークの連名で、森会長の辞任と、「オリパラ組織委員会の組織改革、意識改革、ひいてはスポーツ界のジェンダー平等の実現に向けた取り組み」を求める声明を出しました。
その1時間後、衆院予算委員会で質問中の枝野幸男代表が「女性差別という言葉では足りないような発言ありました。森会長はやめていただく。その指導力を総理に発揮されるべきではないですか」と菅義偉首相に森会長交代を求めました。枝野さんと党幹部が事前に相談してコロナ中心の質問に盛り込んだ内容でしたが、女性の地方議員が上げた声と国会質疑が重なりました。
「中山さんたちが、黙っていてはいけないと、いち早く動いてくれたのに、大いに励まされた。おじさん世界で生き抜くために、本気で怒ったらヒステリックな女、感情的と言われ、怒らないと(そのまま)認めることになるような巧妙な政治学がある。でも、黙っていてはいけない」
立憲参院議員の打越さく良さんがこう語りました。
打越さんもそうした葛藤を抱えながら、取り組んでいたんだなあ…。打越さんは2019年の選挙で参院議員になるまで、弁護士として、DV被害者の救済に奔走し、選択的夫婦別姓制度の実現を目指して最高裁の法廷に立ち、さらには医学部入試の女性差別とも闘ってきました。その打越さんが挙げたのが、「からかいの政治学」です。
「からかいの政治学」とは、日本の女性学・ジェンダー論を代表する江原由美子さんが、ウーマンリブ運動に対するからかいや嘲笑を主題にした1981年の論稿です。「女性解放の思想」(1985年、勁草書房)にも所収されています。
江原さんは、1970年代のウーマンリブ運動に対して、メディアが「からかい」や「嘲笑」に満ちた扱いをした結果、他の運動と違って、「女性がやるもの」とおとしめられていった経緯を指摘。「からかい」に対しては、抗議する側が「からかい」が「遊び」ではなく、「個人やグループの意図的な攻撃」を立証するところから始めないといけないメカニズムを分析しています。
「からかいという表現には、単なる批判や攻撃、いやがらせにとどまらない固有の質がある。そのことは『からかわれた』側の女性たちの反応、怒りが、単なる攻撃に対するのとは異なる質を持っていたことからも明らかである。それはいわば内に鬱屈するような、怒りの捌け口をふさがれたような怒りであった。このような怒りは、意図的な攻撃に対しては生じないものである」
江原さんはさらに「女性解放運動に対する社会、特に男性の側の狼狽を読みとることができる」と分析し、次のような解説をしています。
「その結果、女性解放運動に対し、はっきりとした批判や非難をぶつけるのではなく、『からかう』ことで、『ごまかそう』としたのかもしれない。論理的に自らの立場の正当性を主張できない場合にも、『からかい』は攻撃の策としても利用されうるからである」
「だが、こうした『からかい』が女性解放運動に対して与えたマイナスの効果は、はっきりした批判や非難よりも、非常に大きかった。第一に、『からかい』の文脈でしか女性解放運動をとりあげないことによって、それが『真面目』に扱うに値しないものであるという印象を与えることができた。『子どもとケンカしてもしかたがない』と同じような意味で、『女の言うことに本気になって怒ってもしかたがない』というわけだ。その結果、論点を批判したり論争したりすることをまったくせずにその主張の説得力、効果を弱めることができた」
この論稿を読んでいると、近年の「国会軽視」の構図とも重なり合ってきました。「官邸1強」のもと、論理的な説明が破綻しても、政府は「政府の考えは一貫している」「書類はない」「お答えを差し控える」などと野党の質問にまともにとりあわず、「野党はまた同じことをやっている」とレッテルを貼って、相手を萎縮させ、無力化させるということが続いてきました。
2月19日、総務省幹部4人が菅さんの長男らから接待を受けていた問題で、総務省は会食時に衛星放送事業について会話をしていたことや、菅さんの長男が「利害関係者」にあたることをようやく認めました。しかし、文春オンラインで会食時の音声データが公開されるまで、「事業が話題に上ったことはないと思う」と主張していました。
また、財務省の公文書改ざん問題をめぐっては2月16日の衆院財務金融委員会で、近畿財務局職員だった故・赤木俊夫さんが改ざんの経緯を記したとされる「赤木ファイル」をめぐり、訴訟と国会への説明が矛盾していることを、立憲の階猛さんが指摘。国会提出を拒む理由が崩れたのに、政府は「訴訟中」を理由に提出できないという従来の説明を繰り返しています。もちろん、真相解明を求める赤木さんの遺族への提出要請にも応じていません。
財務相の麻生太郎さんは、質問した階さんに「たびたび申し上げた通り」と繰り返し。階さんから「答えていない」と迫られても、「何が答えていない?いまが答えなんじゃないですか」「同じことを申し上げます」と突き放しました。
公正な社会を願う声が反映される国会にするにはどうしたらいいのか。ジェンダー平等を妨げてきたものを含め、この「からかい」の空気を一掃することが必要だと感じています。
《来週の永田町》
2月22日(月)総務省が幹部への接待問題の調査結果を公表、衆院予算委員会で菅首相らが出席した集中審議
2月24日(水)辺野古新基地建設をめぐる沖縄県民投票から2年
衆院予算委で中央公聴会
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南彰(みなみ・あきら)1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連に出向し、委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。
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