連載
#229 #withyou ~きみとともに~
「部活は全部禁止」に食ってかかった私 「県総体」の言葉だけで涙…
広島県に住む高校3年生の多久和華帆さんは、小学生の頃から陸上を始めました。
「中距離の種目を始めてから陸上がすごく楽しくなった」と、高校の陸上部では400メートルや400メートルハードルの種目でで県大会に出場したり、部長も務めました。
夏にある最後の大会に向けて気持ちを高めていこうという最中の3月、新型コロナウイルスの影響を受け、全国一斉休校が始まりました。それに伴い、部活も禁止に。
クラス担任から「部活は全部禁止」と告げられたとき、華帆さんは担任に食ってかかったといいます。「なんでできないんですか!」
担任から返ってきたのは「部活なんかしている場合じゃない」。
「大人にとっては部活は学校生活の一部かもしれないけど、私にとっては『部活こそしたいもの』でした」
とはいえ、部活禁止の期間もせいぜい1カ月くらいだろうと考えていた華帆さんは、気持ちを切り替え、休校中は自主練に励むことにしました。
部活の顧問からは、普段から「自分で考えて練習しろ」と言われていたため、自主練中は練習メニューをオリジナルで考え、近所に住む部活の後輩と一緒に競技場で走ったり、坂ダッシュをしたりしていました。
普段と違い、顧問からの叱咤がなかったり練習メニューが提示されなかったりすることで、大変さはありましたが、しばらくの間は「しょうがないから頑張るか」とモチベーションも保てていました。
なんとか自力で頑張ることができていた華帆さんでしたが、状況が変わったのは4月に入ってからでした。
華帆さんの通う学校では、4月に入り数日通学が再開されました。しかし、その直後、再度休校期間がはじまってしまったのです。
「競技場もしまってしまって、さすがに心が折れてしまいました」
「練習しなかったら確実に弱くなるからやるしかないんだけど、でも…」。そんな気持ちが続く日々。例年なら引退試合となる6月の県大会の開催も不透明になり、受験モードに切り替えつつあるチームメイトも出てきました。
「進学する生徒も多い学校なので、受験に向けてもみんながんばっていた。だから、大会があるかどうかもわからない中で、『がんばろうよ』とも言えませんでした。もし大会がなかったら、責任はとれないし」
「もし県大会があったとしても、みんなで一緒に引退することは無理だろうなと思い、悲しかった」
華帆さんは、自分一人で黙々と自主練を続けるしかありませんでした。
そして6月になり、学校が再開しました。
それと同時期、引退試合と位置づけていた県大会の中止が発表されました。「ショックで詳しくは覚えていないんです」と、どこで情報を得たのかは思い出せないという華帆さん。
中止が決まってから1週間ほどは、「走っていても授業中も、なにをしていても涙が出てきた」と話します。
「放課後、担任の先生と友だちと一緒に話していたとき、『県総体ってワードを聞くと泣いちゃうんだよね』と冗談っぽく言ったつもりだったのに、そこから涙が止まらなくなってしまって。チームみんなで笑って引退したかったのにかなわないのが悲しかった」
7月に代替試合が開催されることが決まったときも、残って練習を続けるかどうか踏ん切りがつかず「一回悩みます」と顧問に伝えました。
そんなとき、相談に乗ってくれたのは担任の先生でした。
「受験もあるし、どうしたらいい?」華帆さんがそう打ち明けると、担任からはこんな言葉が返ってきました。
「あれだけ泣いて、出たい気持ちがまだあるなら、出た方がいい」
「まだ自分は活躍出来ていないという心残りがあったし、『お前なら行ける』と言ってくれた顧問の先生にも恩返しがしたかった」という華帆さん。担任の言葉で、代替試合に出場する決心がつきました。
このとき華帆さんは「後悔しないためにも出たい」と思うと同時に「出場しないみんなの分まで走りたい」と思ったそうです。
7月の上旬になり、本来なら県大会が行われる予定だった競技場で、代替大会が開催されました。
「大会を運営する先生たちが努力してくれた」と、大会はドローンなどを使って撮影され、動画がオンラインで配信されるなど工夫されたものでした。
華帆さんの高校からは、本来なら20人ほどが会場を訪れる予定でしたが、当日出場したのは華帆さんの同級生1人と後輩2人の計4人。そこに2人の先生が引率しました。
応援も禁止だったため、競技場は無観客。でも、大会前日、華帆さんがインスタのストーリーズにアップした「がんばってきます」の投稿に、部活の仲間やクラスメート、大学に進学した先輩たちなど、多くの人たちから応援のメッセージが寄せられていました。
「昔の県大会の集合写真に『諦めるな』とメッセージが書き込まれてある写真もあったし、まさかメッセージをくれるとは思わなかった人からメッセージが来たりして、本当に感動した」
その応援を胸に華帆さんは全力を出し切り、400メートルハードルの種目で賞状を持ち帰ることができました。
「顧問の先生はめったに褒めることのない人なんですが、最後に『がんばったな』といって、握手してくれて。満足でした」
「いまは大会に出て良かったという思いしかない」という華帆さん。チームメイト全員で引退すると言う希望は叶いませんでしたが、もらった応援メッセージを思い出すといまも胸が熱くなります。
「コロナを通して色んなことに感謝するようになりました。グラウンドを使えることも、部活ができることも、大会も、仲間がいることも、先生が教えてくれることも、全部当たり前じゃない。日頃から感謝を伝えないといけないと気付かされました」
華帆さんは、大学でもスポーツに関連することを学ぶ予定です。受験はこれからで、実技では400メートルを走ります。
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