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マンガ

午後9時以降は「スマホ断ち」漫画家が〝人生の評価軸〟取り戻すまで

「スクリーンの中の世界」の外に広がっていた景色

現代人なら逃れられない、デジタル機器の「罠」と、どう向き合うべきか? そんなテーマについて描いた漫画が人気です
現代人なら逃れられない、デジタル機器の「罠」と、どう向き合うべきか? そんなテーマについて描いた漫画が人気です 出典: ゆめのさんのツイッター(@yumenonohibi)

目次

今や私たちの日常に欠かせない、スマートフォンやパソコン。情報の検索機能などによって、ユーザーの人生を豊かにする一方、その依存性は大きな社会問題となってきました。そんなデジタル機器との「適切な距離感」について描いたエッセー漫画が、ツイッター上で注目を集めています。新鮮な発見に満ちた作品は、どうして生まれたのか? 作者に聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)

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進まない作業、募る焦りと劣等感

話題を呼んでいる漫画は、「スマホを見ないで、見えてきたもの」です。

「私は困っていた」。冒頭、そんなモノローグとともに、主人公の女性が登場します。

「早く仕事のマンガ描かなきゃ」「部屋汚いから掃除もしなきゃ」「買い物にも行かなきゃな」……。

焦る気持ちとは裏腹に、天気予報を調べるために開いたスマートフォンで、ツイッターを見たり、パソコンでYouTubeを使い始めたり。気がそぞろです。

当然、作業は全く進みません。「他の漫画家さんはもっともっと描いてるのに」。落ち込んだのも束の間、女性は再びスマホの画面を、ポチポチと押し始めてしまいました。

「もしかして……諸悪の根源、これなのでは?」。危機感を抱いた女性は、デジタル機器を使わないようにしようと決意します。

出典:ゆめのさんのツイッター(@yumenonohibi)

スマホをしまって実感した変化

まず取り掛かったのが、ルールをつくることでした。

「ネットを見る時間はスマホ・パソコン合わせて1日90分まで」「スマホは基本21時~翌朝まで使わない」。こうした決まり事を、日々の過ごし方を変えていくための、手がかりにしようと考えたのです。

さらに、使わない機器はケースや押し入れにしまい、メモはノートに手書きするなど、物理的にも制限を加えました。

ついついスマホを使いたくなってしまうたび、何とか我慢しようとする女性。ルールを守れたら、自分を褒めるといった取り組みを続けるうち、新しい生活スタイルに少しずつ慣れていきます。

出典:ゆめのさんのツイッター(@yumenonohibi)

すると、暮らしぶりにも変化が現れ始めました。インターネットの利用に費やしていた時間を、漫画の作画作業や、部屋の掃除に充てられるようになったのです。

それだけではありません。他の人と比較して「自分はダメだ」と落胆したり、焦燥感にかられることがなくなっていきました。

スマホやパソコンを通じて、情報のシャワーを浴び続けたことで、自分の視野は狭まっていたのかもしれない――。そう気付いた女性が、すっきりとした笑顔で歩き出します。そして漫画は、こんな言葉で締めくくられるのです。

「スクリーンの中の世界を 必要以上に見ないようにしたら 自分の生活を本当に充実させる 大切なことが見えてきた気がする」

出典:ゆめのさんのツイッター(@yumenonohibi)

あふれる情報、SNS上の人間関係に気疲れ

作者は漫画家・ゆめのさん(@yumenonohibi)です。代表作に、精神疾患がある父と、キリスト教徒の母との暮らしを描いた『心を病んだ父、神さまを信じる母』(イースト・プレス)があります。
【ゆめのさん関連記事】「家に盗聴器が…」闇を抱えた父に母がとった行動 娘がマンガに描く

6千以上の「いいね」がついた、今回の作品は、なぜ生まれたのか? 話を聞きました。

漫画の原稿執筆や、創作のヒントを得るため、普段からインターネットを使っているゆめのさん。スマホ越しに入ってくる情報量の多さに、いつも悩んでいました。「あれもこれもチェックしないと、時代に乗り遅れてしまう」と焦る場面が少なくなかったそうです。

「SNSとの付き合い方についても、考えあぐねていました。投稿イラストに『いいね』を押してくれていた人と、いつしか疎遠になり、不安感が強まったこともあります。常に気疲れしてしまっていたんです」

そこで昨年12月から約1カ月間、エッセー漫画化を前提として、「ネット断ち」に挑戦します。最も意識したのは、「やれる範囲で無理なく続ける」ことでした。

代表例がルールづくりです。たとえばSNSのチェック回数を、いきなりゼロにするのではなく、朝晩2回に設定。また動画の流し見を防ぐため、YouTubeの利用を禁じる一方、ポッドキャストなどを聴くように。気晴らしの時間を意識的に設けました。

「もう一つ大切にしたのが、『現状把握』です。うまくいったこと・できなかったことを、日記に書き残しました。その際、翌日の予定や、ネット断ちに関する目標を整理していたんです。そのおかげもあって、ゲーム感覚で楽しく進められたように思います」

人生の評価軸が、他人から自分に移った

チャレンジの日々は、発見の連続でもありました。

SNS上には、様々な利用者の投稿文があふれています。感情的な言葉が目に入ると、ストレスが高まってしまうものです。しかしネット断ちをすることにより、他人の生活について気にする必要がなくなります。

ゆめのさんは、その効果を強く実感したそうです。

「心理的な負荷を軽くできたのはもちろん、人生の評価軸を、他人から私自身に移せたというのは大きな成果でした。『投稿したイラストに反響がない』といった悩みに振り回されることは、少なくなりました」

「ネット断ちにおいては、私がつくったルールに、私が従います。誰かの目線ではなく、自分自身の振る舞いが全てです。頑張りが確実に報われるので、自然と自己肯定感が高まっていきました」

生活習慣も、いい方向に変化しました。それまで縁が薄かった近所の図書館に、調べ物のために通い始めたことは、その一つです。興味を持った哲学書などに目を通すうち、著者の思いにたっぷり触れられるという、本の魅力を知ったといいます。

「本とは、書き手が言いたいことを、一つのパッケージにまとめたものです。ネット上の記事よりも、一層深いメッセージにあふれているので、頭に情報が入ってくるのだと知りました」

情報化が進んだ社会にあって、あえてアナログな生き方を大切にすることで、日常が少し豊かになる――。そんな学びを得るきっかけになったと、ゆめのさんは振り返ります。

「緩く楽しめれば、きっと続けられる」

漫画の発表後、少しだけデジタル機器の使用頻度が高まったという、ゆめのさん。それでも、SNSの閲覧制限や、午後9時以降スマホ画面を見ない、といったルールは守り続けているそうです。

際限なく生み出される情報と、私たちはどう向き合えばいいのでしょうか? ゆめのさんいわく、「適切な距離の確保が大切」といいます。

「ネット上の言葉は、見ようと思えばいくらでも見られます。一方で、脳の処理能力には限りがある。全てをコントロールすることは不可能です。だからこそ、うまく離れることで、本当に必要な物事を生活に採り入れられるのではないでしょうか」

「私にとって、スマホやパソコン経由でもたらされる情報の多くは、本質的に求めているものではありません。今回の挑戦で、そう気付けました。瞬間的な流行に心乱されるのではなく、自分がやりたいこと・やるべきことのために時間を使うべきだと思います」

とはいえ、それができずに苦しんでいる人が多いのも事実です。ゆめのさんは「私自身、完全にネット依存から抜け出せたわけではない」とした上で、次のように話しました。

「大切なのは、『絶対ネット断ちを成功させよう』と力まないこと。自分の考え方を変えるきっかけにするつもりで、緩く楽しめたら、きっと続けられると思います」

「今回の漫画は、同じ悩みを持つ人の助けになれば、と思って描きました。読んで下さった方に、作品の内容を、自分なりのやり方で役立てて頂けるとうれしいです」

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