連載
#18 アニメで変わる地域のミライ
ゾンビに”救われた”佐賀 担当者「子どもたちの自信のきっかけに」
自虐もありますが、愛を感じるんです。
ゾンビとなった少女たちがアイドルになって佐賀を救う――。アニメと佐賀県の異色のコラボが話題となった「ゾンビランドサガ」。2018年にアニメ1期が放送され、2021年4月からは2期(「ゾンビランドサガリベンジ」)のテレビ放送も控えています。「ゾンビランドサガ」で佐賀はどう“救われた”のか。アニメを担当する佐賀県庁広報広聴課の近野顕次さんに近況を聞きました。
「元日に2期の放送日が発表されてから、地元のメディアでも取り上げられたり、職場の内外でもこの話題でもちきりとなっていたりと、大きな反響を感じています」
年明け以降の佐賀県の盛り上がりについて、近野さんはこう話します。2018年12月にアニメの放送が終了して以降、佐賀県では全県を舞台にしたスタンプラリーキャンペーンや、県庁の展望ホールを利用したプロジェクションマッピングなど、様々な企画を進めてきました。
アニメ放送後、佐賀県はどのように変化してきたのでしょうか。
「アニメに登場した場所にたくさんの人が訪れているなど様々な方面から反響を耳にするのですが、一番印象的だったのは小学生ぐらいの子どもたちの反響ですね。ランドセルやカバンにキャラクターのキーホルダーを付けてる子どももいますし、県庁でプロジェクションマッピングをした時にも、すごく子どもたちが多かったです。この作品って、県内の子どもたちからも愛されているというのがすごくうれしかったです」
「ゾンビランドサガ」は今やファンだけでなく、県民の間でも受け入れられ、大人気の作品と言えます。放送された当初は、「ゾンビが佐賀を救う」というコンセプトや、「佐賀県の存在自体が風前のともしび」など、佐賀に対する自虐ネタも話題にはなりました。
知らないから人からすると一見とっぴな企画のようにも思えます。一体どのようにして佐賀県と「ゾンビランドサガ」の取り組みが始まったのでしょうか。近野さんはこう解説します。
「2016年春、県に製作委員会から打診があり、当時フィルムコミッション(FC)担当だった僕らがアニメ制作スタッフの方たちに佐賀県内を案内することになりました」
FCとは、都道府県や市町村などの自治体や、各地域の民間に設置されているもので、「この地域のこういう建物をロケに使いたい」という映像制作者に対して、ロケ地の提案や施設の使用許可など映像制作に関する協力を行う組織のことです。元々は映画・ドラマなど実写の制作者が活用していましたが、近年ではアニメ制作にも活用が広まっています。
「スタッフの方たちからは底知れぬ佐賀県愛を感じました。そして僕も、単なるフィルムコミッションとしての関わりを超えた、スタッフの方たちとの熱い友情のようなものが生まれたと思っています」
「ゾンビランドサガ」と佐賀県の関係性は、「単なるフィルムコミッション業務の枠を超えている」と言っても過言ではないでしょう。例えば5話では、県内チェーンの鳥料理専門店「ドライブイン鳥」の社長が出演しています。
この回の収録作業に近野さんも同行したところ、急きょ「ドライブイン鳥」のマスコット「コッコくん」の声役で出演することになりました。
他の「聖地」作品の例を見ても、現地の人が本人役として出演することはありますが、県の職員が別の役として声を当てるのは異例のことです。
「そうこうしているうちに2年経ち、僕は2018年4月から県庁の広報広聴課に異動になりました。そしていよいよ10月からアニメが始まったのですが、原作者名が『広報広聴課ゾンビ係』と表示されていて、正直驚きました。このためよく、『佐賀県が出資してアニメを作ったんですか』と言われることがあるのですが、あくまでフィルムコミッションをはじめ様々な協力をしただけで、そういうことは一切ありません」
佐賀県に広報広聴課というのはありますが、「ゾンビ係」というのは実在しません。架空の団体ということにはなるのですが、実際に広報広聴課「ゾンビ担当」として動いているのは、近野さんその人になります。
佐賀県フィルムコミッションから広報広聴課に移ったのは「『ゾンビランドサガ』関係なくたまたまだった」と近野さんは言いますが、立場が変わってからは県のPR担当として作品を積極的に活用しています。
「フィルムコミッションにいた時に、全編佐賀県というドラマや映画というのはいくつかあったのですが、アニメは『ゾンビランドサガ』だけでした。だから、これは本当にいい佐賀県のPRになると思っていました」
放送された当初は、佐賀に対する自虐ネタも話題にはなりました。しかし、近野さんは「脚本に口を出す立場でもないですし、そもそもアニメ製作に関して素人である我々が口を出してしまうと、アニメ自体のクオリティーも下がってしまうと思います」と気にしていません。
「確かに作中には自虐ネタもあるのですが、佐賀のことをすごく丁寧に描いてくれていますし、何よりスタッフからの愛を感じますので、全く気にしていません。本当に自分たちの都合しか考えない作品であれば、県からお断りしています」
テレビアニメ1期の放送終了から2年。「ゾンビランドサガ」によって佐賀はどのように救われたのでしょうか。
「佐賀の人が東京に行ったら、『佐賀県出身』とは言わずに『九州出身』と言う人が少なくないそうなんです。でも、今の子どもたちが地元を舞台にしたアニメを好きでいてくれて、さらにそのアニメが見た全国・世界の人が佐賀のことを好きになってくれたり、褒めてくれたりすると、それが自信につながるのではないかと思もっています。僕は、今の子どもたちが10年後20年佐賀県から出た時に、『佐賀出身』ですと胸を張って言うと思います。そのきっかけの一つがやっぱり『ゾンビランドサガ』であって欲しいなと思います」
実際に、「聖地」の先例である、2007年放送のアニメ「らき☆すた」の舞台・埼玉県久喜市鷲宮では、放送当時小学生だった子どもたちが今では大学生や社会人として東京に出て行っている人が少なくありません。
そしてこういう人たちが自己紹介する時、「『らき☆すた』の舞台の鷲宮」と言う人が珍しくないと、筆者も鷲宮の人から耳にしたことがあります。近野さんの予想通り、将来子どもたちが佐賀から離れた地で、自信を持って故郷の名を口にする日は遠くないと思います。
これは、「存在自体が風前のともしびと化した佐賀県を救う」という、主人公・巽幸太郎(CV.宮野真守)が源さくら(CV.本渡楓)に語ったアイドル活動の目的とも重なります。その日が来れば、「ゾンビランドサガ」に登場する7人の主人公たちのアイドルグループ「フランシュシュ」は、佐賀を“救った”と言っても過言ではないでしょう。
2021年4月からは、続篇となる2期「ゾンビランドサガ リベンジ」がテレビアニメ放送されます。放送を前に、近野さんはこう意気込みます。
「2期が放送されると県内でさらに『聖地』が増えると思います。それによって佐賀にたくさんのファンの方がいらっしゃると思うので、引き続きPRしていきたいと思います。テレビ放送やインターネットの配信を通じてファンだけでなく県民にも見て欲しいですね。県内に広く浸透すれば、県外から訪れるファンの人たちへのおもてなしにもつながりますから。温かい気持ちでファンを迎える機運を醸成していきたいと思います」
河嶌 太郎
「聖地巡礼」と呼ばれるアニメなどのコンテンツを用いた地域振興事例の研究に学生時代から携わり、10以上の媒体で記事を執筆する。「聖地巡礼」に関する情報は「Yahoo!ニュース個人」でも発信中。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。
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