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エンタメ

「PSYCHO-PASS」に〝現代の日本酒〟を登場させた塩谷監督の予言

「100年後の世界も残る、なぜなら…」

アニメーション監督の塩谷直義さん。スタジオで山口の銘酒を並べてもらった=東京都武蔵野市、山本和生撮影
アニメーション監督の塩谷直義さん。スタジオで山口の銘酒を並べてもらった=東京都武蔵野市、山本和生撮影

目次

100年後が舞台のSFアニメ「PSYCHO-PASSサイコパス」には、現代の日本酒が登場します。「未来の世界で変わるものと変わらないものは何か」。作品を手掛ける山口県出身のアニメーション監督、塩谷直義さん(43)が考えた時、思い浮かんだのが日本酒だったといいます。未来にわたって輝き続ける日本酒の魅力とは――。塩谷さんに聞きました。(聞き手・高橋豪、伊藤宏樹)

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〈PSYCHO-PASSサイコパス〉2012年から、フジテレビ「ノイタミナ」系列で深夜に放送された人気アニメ。100年後が舞台のSF作品で、警察組織「厚生省公安局」の刑事たちが、事件に立ち向かっていく姿を描く。2014年に第2期、2015年に劇場版、2019年に第3期が放送された。人間のあらゆる感情や心理傾向を算出し、数値化したものを「PSYCHO-PASS(サイコパス)」と呼び、記録、管理するようになった世界。刑事たちは、心理傾向を解析する特殊な拳銃を向けると、今後罪を犯す危険性を示す「犯罪係数」を測ることができる。まだ罪を犯していない「潜在犯」を捕らえ、未然に事件を防ぐことで治安を保っていた。だが彼らの前に、「犯罪係数」で測れない者たちが次々と現れ、事件が起こっていく。刑事たちが向き合う正義とは。

人の手でなければ造れない

日本酒が気になりだしたのは15年くらい前です。制作に参加した作品のロケハンで、福岡県の柳川にある蔵元を訪ねました。できたてのお酒を飲み比べて、造り方次第で風味がこんなに違うんだと驚きました。原酒はまるで昆布だしのような味わいで、初めて日本酒の奥深さを知りました。職業柄、そういうものに感動するんです。

30歳くらいまではほぼ休みなく仕事ばかりしていました。アニメ業界は実力がないと厳しい世界で、知識や経験を積み重ねることに全力を注いできました。たまに飲んべえの師匠に連れて行ってもらって口にする程度で、若いころは東京で郷土の酒をたしなむ機会はなかったんです。

監督をしている「PSYCHO-PASSサイコパス」では、2019年放送のアニメ第3期で好きな日本酒を登場させたんです。山口の永山本家酒造場の「貴(たか)」と青森の西田酒造店の「田酒(でんしゅ)」を描きました。

サイコパスは100年後が舞台です。「未来の世界で変わるものと変わらないものは何か」という意識でつくっています。日本の衣食住はどうなるのか。いろいろ調べてみて、お米から造られる日本酒はこの先も残るものの一つと考えました。人の手でなければ造れないからです。

日本酒「貴」が描かれた「サイコパス 3」の一場面=©サイコパス製作委員会
日本酒「貴」が描かれた「サイコパス 3」の一場面=©サイコパス製作委員会

特色のある地酒は消えない

「貴」に出会ったのは8年ほど前、東京の家のそばにある居酒屋でした。日本酒にこだわる店で、おすすめに「山口」とあり、頼んでみたら飲みやすくて。それから家でも各地の日本酒を飲むようになりました。

作品に出したいと考えて蔵元に協力をお願いしたら、すぐいい返事をいただきました。酔っ払ったキャラクターが一升瓶を抱えている場面は、提供いただいたラベルの画像データを貼り込んで使用しています。日本酒が登場したことをツイッターでつぶやくと、銘柄を知っている方が結構反応してくださってうれしかったです。

100年後を舞台に日本人の生活を描くとき、お米から造られる酒はどうなるのか考えました。米作りや酒造りを調べると、「匠(たくみ)の技」というか、その土地の気候や水、土に合わせておいしいものをつくってきたとわかりました。長年の経験から人の手でなければつくれないものを登場させたかったんです。

日本酒は世界的に見ても宗教や催事と深いつながりがあると思っています。日本社会の底流には米づくりがあり、豊作を祝う祭りではお酒が奉納されます。未来ではたとえ生活のスタイルが変わっても、人間の生と死は平等に存在する。その根底にある喜びや悲しみの価値観が変わらなければ、特色のある地酒は消えることなく、いまよりも希少価値を持って造り続けられるのではないでしょうか。

海外でも日本酒が注目を集めていると実感しています。2年ほど前、映画祭があったスペインのマドリードに行ったら、焼き鳥屋が繁盛していました。山口の「獺祭(だっさい)」もあり、多くの方が飲んでいました。現地の人は、「フルーティーで白ワインのよう」と言っていましたね。

自宅にある日本酒をタブレット端末で見せながらインタビューに答える塩谷直義さん=東京都武蔵野市、山本和生撮影
自宅にある日本酒をタブレット端末で見せながらインタビューに答える塩谷直義さん=東京都武蔵野市、山本和生撮影

狡噛慎也に飲ませた〝地酒〟

作品づくりでは、ロケハンを大事にしています。もともと、その土地に何があって、町がどう発展していったのかといった知識に興味がありました。特に劇場版ではストーリーの背景を描くのに欠かせません。15年公開の劇場版では、カンボジアのアンコールワットやプノンペンで取材しました。本や写真で見る知識には限界があります。

例えば、「街に犬が多い」と実際に現地で確認できた場合、エピソードとして犬を入れるか入れないかでは、街の空気感が大きく変わってきます。空が青いのか、濁っているのか、現地で食べているもの、飲んでいるものは――。ロケハンを踏まえて、もう一度自分で脚本を舞台の色に染め直して映像化しています。

2019年の劇場版の舞台にしたブータンには、日本酒のように米で造るお酒があって、それを主人公の狡噛慎也(こうがみ・しんや)に飲ませました。形になると、ここを舞台にしたドラマが本当の意味で花開くんです。

2020年に話題になった「鬼滅の刃(やいば)」は、多くの人の記憶に残る作品になりました。印象に残るものは個がしっかりしていると思うんです。自分もそういうものを大事にして丁寧に作っていけば良い作品になると考えてやっています。

インタビューに答える塩谷直義さん=東京都武蔵野市、山本和生撮影
インタビューに答える塩谷直義さん=東京都武蔵野市、山本和生撮影

いつの日か山口を舞台に

コロナ禍で蔵元が逆境に立たされていると聞きます。それでもその土地でしか造れない、味わえない日本酒はなくならないと思います。個性があり、口や舌で感じることができて、頭の中に残り続けるものを目に見える形で造り続ければ頑張れるんじゃないかと思います。

離れてから気付いた山口の魅力もあります。作品づくりで美しい風景を描こうとするとき、記憶の引き出しから感動した思い出を探して重ねていくんですが、そこで一番思い出すのがふるさとなんですよ。記憶の中から地元の田布施(たぶせ)町を見つめ直すことがよくあります。幼少期や10代のころに自然の中で過ごした経験を、作品に入れ込むこともあります。

上京して10年ほどたった30歳すぎに帰省すると、日常だった田舎の風景が改めて美しいと感じました。犬の散歩をしていた実家の近くの何げない光景に感動して「山口いいなあ」と思いました。穏やかな瀬戸内海沿いを車で走ると、頭の中を整理する時間が過ごせて、温かみのある所だなと気付きました。

生まれ育った山口県東部では、特に周防大島や上関が面白いと思っているので、結構調べています。いつの日か山口を舞台にしたいなあと思っています。

インタビューに答える塩谷直義さん=東京都武蔵野市、山本和生撮影
インタビューに答える塩谷直義さん=東京都武蔵野市、山本和生撮影

「お墓」「スーツ」「紙の本」も……取材を終えて

「PSYCHO-PASSサイコパス」を初めて見たのは2019年のことでした。極度の監視社会が訪れた近未来が舞台で、「もしかしたら本当にこんな世の中になるのかも」。絶妙にリアルな描かれ方が、映像美やキャラクターの魅力も合わさって胸に刺さりました。放送中だったアニメ第3期も含めて一気見し、知り合いに勧めるくらい気に入った作品です。

昨年、山口県内の日本酒の特集を組むにあたり、先輩記者から見せられた画像に驚きました。「サイコパスに『貴』が出てる!」。作品に出会ったのは山口に転勤する前だったので気付かなかった事実。それから監督の塩谷さんが山口県出身と知り、なぜ登場させたのかを本人に直接聞いてみたくなりました。

12月、「ProductionI.G(プロダクション・アイジー)」で会った塩谷監督は、おだやかで知性的な方でした。キャラクターや世界観の設定があちこちに描かれた社内の仕事場にも案内していただきました。棚には、色彩心理学の本もあり、細かな設定へのこだわりを垣間見ることもできました。

日本酒が「100年後も残る」という考え方には、創造力の豊かさを感じずにはいられませんでした。長いアニメの中では短いワンシーンにも、これだけの意味が込められているのかと思うと、一層作品の見方が深まりました。塩谷監督に言わせると、「お墓」や「スーツ」も未来に残るもの。アニメ第1期の敵役は紙の本を愛読していました。

そしてこれからも変わらず、こだわりを持って作り続けられるだろう日本のお酒。ロマンを感じ、気鋭の酒蔵が並ぶ山口県にいる喜びをかみしめながら呑もう。そう思えた一日でした。(高橋豪)

日本酒「貴」などが描かれた「サイコパス 3」の一場面=©サイコパス製作委員会
日本酒「貴」などが描かれた「サイコパス 3」の一場面=©サイコパス製作委員会


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