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「THE W」吉住の女性審判ネタを見た〝本物〟の感想、聞いてみた
「面白かったですよ。でも…」デート〝あるある〟より大変なこと
2020年12月14日に放送の『女芸人No.1決定戦 THE W 2020』(日本テレビ系)で初優勝したピン芸人の吉住さん。決勝の1本目のネタが、女性審判を題材にしたコントでした。彼氏との待ち合わせに「試合が延長しちゃったから……」と遅れ、審判員の服装のままやってきたという設定。会話の途中には判定するときのポーズがついつい癖で出てしまう、という細かいしぐさが笑いを誘いました。普段、なかなかスポットライトを浴びない当事者の女性審判員はどう思っているのでしょうか? 「THE W」を見ていたという現役女性審判員に話を聞いてみました。
話を聞いたのは、現在首都大学野球連盟と東京都高野連で審判をし、埼玉県で中学校教諭をする佐藤加奈さん(34)です。4年前の2017年、当時は大阪市在住で、阪神大学野球連盟で審判デビューをしたばかりの佐藤さん。連盟初の女性審判ということで、新風を吹かせました。
佐藤さんはその後活躍の場を広げ、2017年は女子野球アジアカップ、2018年は女子ワールドカップで女子野球の国際大会での審判を経験しました。
2019年には男子のU-18ワールドカップに参加しました。昨年1月に結婚した後は、東京都高校野球連盟初の女性審判員となり、夏の高校野球独自大会の東東京大会で審判を務めました。
佐藤さん、お笑いは大好きで、「THE W」も見ていたといいます。
「面白かったですよ。でも、正直、最初は実際の審判と違うところに目がいってしまって……」
市販の水色のシャツを着ていましたが、本物のユニフォームはプロテクターを付けているのでごつごつしていると言います。さらに、「主審」というくだりがありましたが、本当は「球審」と呼ぶのが正解なのです。
コントでは、遅刻をしてしまい、別れ話になってしまうのかとひやひやします。実際、コントのように延長戦のせいで約束が遅れることもあるといいます。
高校野球も大学野球も多いときは一日3試合担当することも。さらに、試合の後に審判員皆で反省会をします。「延長の試合が重なってしまったとき、家族と食事に出かける予定があったのを変更して再調整した、という時もありました」。
コントでは、会話の途中で急に審判のポーズが入り、笑いが起こりました。佐藤さんは、普段判定のポーズを熱心に研究しています。高校野球で、三振ポーズは拳を胸の前で握るだけですが、国際大会だと人さし指を横に出すなど、動きが大きくなります。
「メジャーのかっこいい審判のポーズを見て、鏡とか動画に撮って練習しています。審判員同士で、『もっと人さし指は下の方がいい』とか『目をボールから離すのがもう少し遅い方がいい』など、アドバイスし合ったりしていますね」
さらに、女性だと体が小さい分、声の大きさで迫力を出そうと工夫をしています。
「女性の方が声が高いので通りやすい。それを生かしてお腹からしっかり発声しようと心がけています」
「審判あるある」も聞いてみました。
「審判用語で、走塁妨害に『オブストラクション』という言葉があります。日常生活で、たとえば電車が遅れてしまったときに『オブストラクションくらったわ』と言ったりしますね」。
コントの最後は「女審判をやっている君が大好き」と言ってもらえるというハッピーエンド。
「最後はいい落ちで、丸く収まってよかったです(笑)」
男性ばかりの世界に飛び込んだ佐藤さん。「女性だからルールが分からない」と思われないよう、常にプロ野球などの動画を見て勉強し、練習試合などにも積極的に足を運んで研究を重ねています。男子選手相手に、堂々として振る舞いにも気をつけているといいます。
「負けず嫌いのところがあるので『女性だから』と言われないように、という思いはあります。経験を重ねて、監督や選手に見てもらう機会が増えたら、プレーする側としても安心してできるのかなと思って積極的に足を運んでいます」
試合中、気をつけているのは選手とのコミュニケーションです。
「ただジャッジするだけじゃない。特にキャッチャー(捕手)とはコミュニケーションをよく取っています。意思疎通するためには、まず試合前に選手の名前は覚えて、名前で呼ぶようにしています。『覚えてくれたんだ』と選手との信頼関係が生まれます」
「公式戦ではあまりたくさん話しはできないですが、オープン戦だと『今のいい球だね』『ミットを止めよう』などアドバイスをしています。大学生だと『今のボールですよね』など確認をしてくれることもあります。公平に、正々堂々と審判しよう、と心がけています」
「THE W」で取り上げられた球審は、一番、プレッシャーがかかる役割です。今でも忘れられないのは、2019年のU18ワールドカップ。その大会では初めての球審でした。
「スペイン―台湾戦で初めて球審をしたとき、雨でグラウンド状態が悪く、選手がボールに当たりに行ったり、判定が難しいきわどいボールが多くて、外国人の選手もすごい迫力でリアクションをしてきて。『あの中で球審ができたんだから、何とかならない試合なんてない』と今なら思えます」
審判員として活躍の場を広げている佐藤さんですが、女性ならではの難しさもあったのでは? そう聞くと、開口一番「審判やって一番よかったのはいい人たちに恵まれたなということ」と返ってきました。
「最初は『野球は男の世界だから入ってくるな』と感じている人も多いのかなと思っていたけれど、全然違って、みんな歓迎してくれた。私が国際大会で審判をしてくると『話を聞かせてください』と言ってくれて。思っているよりも男とか女とか気にしてないのだなと思いました」
逆に環境面での難しさは感じることもあると感じているといいます。基本的に女性の更衣室は野球場の設備にはありません。そのため、審判の控室で男性陣が着替えるときに、「ごめんね」と気遣ってくれたり、佐藤さんが着替えるときに男性陣が外に出てくれたりするといいます。女性更衣室がないので、さっとトイレで着替えることもあるそうです。
2017年の女子野球アジアカップで審判をしたとき、韓国人で、子どもがいながらも審判を続けている同世代の女性と出会いました。その時から定期的に連絡を取り、2019年のU18ワールドカップでもでも共に審判員を務めました。日本に遊びに来たときは自宅に泊めて観光するなど、親交を深めました。
「遠征試合のとき、韓国にいる小さいお子さんとテレビ電話で会話していて、お子さんは『ママー』と言っていて、かわいがっているなと。母親となって、生き生きとしている彼女を見て、私もこうなりたいなと思いました」
将来は母になり、育児と教師、審判員をすべて両立したいと意気込む佐藤さん。夫も応援してくれていると言います。
「今まで経験を積むことができたのは、たくさんの人がチャンスをくれたから。女性だから、ということで引退したくない。いずれ母親になってもやりたい。続けていくことこそが、これからの女性審判や、女性の野球選手に希望を与えられるのだと思っています。私が続けていくことで将来、『審判をやりたい』という女性が少しでも増えたらいいな」
出産後も現役を続ける選手が増える一方、環境が整っていない問題もあるスポーツ界。お笑いで「女性審判」にスポットライトが当たることは、その存在を知ってもらうため大事なきっかけになったと感じます。
選手と同じくらい頭と体を使う審判。出産後に一線に残るのが難しいスポーツ界で、それをやり遂げれば多くの女性に勇気を与えられるはずです。いつかお母さんになってさらに輝く佐藤さんの姿をこれからも見つめていきたいと思いました。
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