連載
#10 マスニッチの時代
夢なんか小さくてもいい? 嵐のアプリに集まった「92万件の夢」分析
どんどん弱く、バラバラになる人々の〝欲〟
様々なサービスが発達した現代は、人々の欲望を映し出す「夢」の姿も大きく変わりました。1980年代は、社会全体が目指す「夢」と個人の「夢」が同じだったのが、2010年代になると等身大の「夢」が目立つようになります。その間にはバブル崩壊後の不況とともに、インターネットの普及がありました。2020年、夢を持つことを応援するプロジェクトが、アイドルグループ嵐によって展開されました。日本中から集まった約92万件の「夢」から「2021年の初夢」について考えます。
2020年9月、アイドルグループ嵐は13の企業と共同で「HELLO NEW DREAM. PROJECT」を立ち上げました。
プロジェクトでは、ジェネレーターコンテンツ「A・NA・TA for DREAM」に、ユーザーが自分の「夢」を入力すると、嵐の声で「A・RA・SHI」の歌詞が替え歌となって届くコンテンツを提供しました。
国民的アイドルグループでありながら2020年で活動を休止する嵐への注目度もあり、アプリには様々な「夢」が寄せられました。アプリを通じて集まった「夢」の数は約92万件。膨大な「夢」を分析したところ〝今年らしい〟結果が表れました。
1番多かった「動詞」は、「あいたい」でした。新型コロナウイルスによって外出ができず、家族や友人に会えない日が続いている様子が浮かび上がります。2番目は、「いきたい」で、コロナによって旅行やレジャーの自粛が続く中での思いが見て取れます。
3番目は「なりたい」。こちらは、時代を超えた「夢」の姿だといえそうです。
「HELLO NEW DREAM. PROJECT」では、アプリ「A・NA・TA for DREAM」に加えて、2万人を対象にした「夢」の詳しい中身を聞く「夢の大調査2020」も実施しています。
「15歳から19歳」「20代」「30代」「40代」で1番多かったのは「安定した暮らしがしたい」。「50代」「60代」「70代」で1番多かったのは「健康に暮らしたい」でした。
世代を通じて、大きな変化をのぞまない様子が伝わってきます。
2020年に表れた「夢」の姿。背景には、高度経済成長が終わってからの日本人の「夢」の移り変わりがあります。
1980年代は、まだ「社会の夢」と「個人の夢」が同一視されていた時代でした。バブル経済もあり、高級車やブランド品など、社会が成長することと、個人がお金持ちになり裕福な暮らしができることは、ほぼ同じだったと言えます。
それが、1990年代に入り一変します。バブルが崩壊し、1995年には阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件が起きたこの時期について、博報堂生活総合研究所上席研究員の近藤裕香さんは「頼りにしていた社会が崩れ、日本の誇りが喪失した時期」と説明します。
博報堂生活総研が隔年で調べている「生活定点」調査によると、「経済的繁栄は日本の誇りだと思う」という答えは、1992年に「45.4ポイント」だったのが、2000年は「17.7ポイント」にまで減っています。
近藤さんは「個人の自信がなくなり、夢を見る力も弱くなっていった時期」と分析します。
2000年代に入ると、就職氷河期が始まり、ゆとり教育への反動から教育熱も高まります。安定を求める一方、それを実現してくれるのはあくまで企業のような〝社会の側〟だという考えも残っていました。
近藤さんは「年功序列は守るべき、習慣しきたりを大事にするのは当然、という考えが強く、社会規範を守ってがんばれば夢や希望がかなうという空気があった」と解説します。
そして、2000年代に表れた大きな変化はインターネットでした。グーグルなどの主要な検索サービスが出そろい、ブログやSNSの普及も広がり始めた時期にあたります。
マスメディアからの情報を受けとるだけでなく、自分で発信し共有できる環境が整うことで、様々な価値観に触れる機会が増えます。それは人々の「夢」にも影響を及ぼすことになります。
2010年代、ネットサービスを一気に広めたのがスマホでした。
「生活定点」調査によると「インターネットによって自分の生活は豊かになったと思う」は、2000年代から2010年代にかけて(2000年と2018年の比較)「27.9ポイント」増加しています。
背景には、YouTubeのような動画の視聴や共有、Amazonのようなネット通販の便利なサービスがスマホで手軽に使えるようになった変化があります。
この時期、古市憲寿氏は2011年に出した『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)で、若者たちの社会に対する満足度は、当時イメージされていたものよりも高いという実態を突きつけました。
ネットによる〝快適な生活〟への満足と同時に起きたのが、無理に社会を変えようとしない空気感です。
「生活定点」調査によると「これからの世の中はこのまま変わらないと思う」は、2010年に「44.5ポイント」だったのが、2018年には「59.6ポイント」に上がっています。
博報堂生活総合研究所上席研究員の内濵大輔さんは「2010年代に入ると、節約したいものもスマホの通信費くらいしかなくなってくる。ユニクロなどのファストファッションも普及し、我慢するものがない状態になる」と説明します。
生活の満足度も、2010年代(2010年と2018年の比較)の間に「6.4ポイント」上昇、「生活は豊かな方だ」も「8.4ポイント」増加しています。「お歳暮は毎年欠かさず贈っている」は「23.9ポイント」減少(2000年と2018年の比較)し、「年功序列は守るべきだと思う」も「5,7ポイント」減少(2010年と2018年の比較)しました。
博報堂生活総研では、2010年代を「社会と自分を切り離して小さな幸せを求めだした」と総括しています。
そして、2020年。コロナは人々の生活を大きく変えました。
「自分の欲求にもう1回、向き合う人が増えた。例えば、買い物であっても、商品を手に入れることを求めていたのか、誰かと一緒に出かけることを楽しんでいたのか、考えるようになった。そして、通販で済むなら、買い物にでかけることにはこだわらなくなった」(内濵さん)
実は、この変化は2018年から生まれていました。「生活定点」調査で、「外食」や「美容」など9項目について聞いた「今後(も)お金をかけたいもの」と「今後(も)節約したいもの」が、2018年から2020年にかけて、すべての品目で上昇ていたのです。
お金をかけたいけど、節約したい。一見、矛盾する結果について内濵さんは「お金をかけるものがバラバラになり、個々人でメリハリがついている表れ」と分析します。
「社会的な夢から個人的な夢へのブレークダウンが見られる。自分にとって大事なことを深くやってみよう、という気持ちが強くなった」
それでは、〝大きな夢〟を持つ人は、これからどんどん減っていくのでしょうか?
嵐を起用した「HELLO NEW DREAM. PROJECT」で実施された「夢の大調査2020」には、興味深いデータがあります。
「夢の数」についてたずねたところ、70代が「4.2個」だったのに対し、10代は「6.1個」と、若くなるに従って増えているのです。
複数回答で聞いた「内訳」を見ると、98ポイントが「自分についての夢」だったのに対して、「誰かについての夢」が64ポイント、「社会についての夢」が63ポイントでした。半数以上が自分以外のための「夢」を持っていたのです。
今後の日本人の「夢」について内濵さんは、クラウドファンディングの浸透や、一部で広まる〝推し〟と呼ばれる特定のキャラクターなどを熱狂的に応援する動きから「人の夢を応援する夢」が強まると見ています。
「個人的な夢のバラバラ感が強まる一方で、大きな夢は自分で成し遂げるだけでなく応援するという価値観も認められつつある」
1990年代からの「夢」の位置づけをたどると、社会として目指す「夢」は小さくなり、それぞれが達成できる範囲での「夢」は大事にするという意識の変化が見えてきます。
みんなでお金持ちを目指すことだけが「夢」ではなくなっているという意味では、多様性が尊重されているように見えます。一方で、便利で快適な世の中は、自分の世界に閉じこもり、異なる価値観に関心を持たなくても生きていける環境とも言えます。
そんな中で起きたのがコロナでした。自分と自分が大切に思う人や社会のため、あえて関係を絶つことが求められた月日は、私たちの「夢」にどのような影響を与えるのでしょうか。
2021年、あなたは、誰のためにどんな「初夢」を見ますか?
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