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髭男爵、ボージョレに声かからず…代わりに得たコロナ禍の〝お仕事〟
「やっぱりパパって……」長女と繰り広げられる神経戦
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「やっぱりパパって……」長女と繰り広げられる神経戦
多くの人の生活が一変した新型コロナウイルスですが、〝一発屋〟芸人の髭男爵・山田ルイ53世さんも例外ではありませんでした。いつものように地方営業から始まった1年は、コロナの影響で次々と仕事がキャンセルに……。そして、ついに「存在価値」とも言える恒例の行事まで声がかからなくなります。家では、長女への〝秘密〟がバレやしないかと神経戦を繰り広げる日々。そんな〝一発屋〟芸人の1年を振り返ってもらいました。
「新年、明けましてぇぇぇ……ルネッサァ~ンス‼」
と筆者の雄叫びが響き渡ったのは、徳島県のとあるお寺の境内。
‶髭男爵〟の2020年は、‶漫才を披露した後、参拝客にモチを撒く仕事〟から始まった。
……いわゆる、地方営業。
お正月の華やかなネタ番組、テレビ局のスタジオでこそなかったが、
(今年は幸先が良いなー!)
と帰りの飛行機で上機嫌だったのには訳がある。
我々コンビの十八番(おはこ)ネタは、
「~やないかーい!」
とツッコみながら、相方とワイングラスを合わせる‶乾杯漫才〟。
いつもなら、オチの度に‶チ~ン!〟と鳴るところを、このときは何故か最初の乾杯のタイミングで、
「ゴーーーン……」
……重厚かつ厳粛な鐘の音に、会場は大きな笑いに包まれた。
酔っ払った不心得者の仕業とその場で判明し、住職は怒り心頭だったが、此方としては思わぬお年玉。
2つの意味で、‶ツイていた〟。
ところが、3月以降はからっきし。
言うまでもなくコロナ禍の影響で、お祭りやショッピングモールでのお笑いステージ、企業パーティーの余興といった案件は軒並みキャンセルとなる。
中でも、暗澹たる気分に陥ったのは、11月のボージョレ・ヌーボー解禁日。
毎年、日本のあちこちで企画される何かしらのイベントで、
「3・2・1……ボージョレー!!」
とカウントダウンの音頭を取るのは、この10年来、髭男爵にとって恒例行事となっていたが、今シーズンはお声が掛からず。
もっとも、‶祝・解禁〟の催し自体はオンラインなど様々な形で開かれていたようなので、コロナだけのせいでもなさそうだったが、それが余計に不味かった。
繰り返すが、当方ワイングラスがトレードマークの芸人。
この日にオファーがゼロでは存在価値を見失う……というか、何となくみっともない。
かように芳しくない1年ではあったが、実は、年の初めに新たな仕事も舞い込んでいた。
とあるワイドショーのコメンテーターである。
いや、有難い。
有難いが、番組のスタートが朝8時だと聞かされ、
(どうしよう……)
と頭を抱えた。
筆者は長女(小2、次女は1歳半)に自分の職業を、‶とんでもなくフレキシブルに働くサラリーマン〟だと説明している。
頑なに事実を伏せてきた理由は、‶一発屋〟だ。
別に恥じているわけではないが、この言葉は‶秋刀魚のハラワタ〟と同じ。
そこに含まれる、「負け」や「失敗」といった苦み成分は、人生始まったばかりの子供にはまだ早い、触れさせたくないとの一心である。
妻もこの方針には一応賛同してくれていたものの、さほど熱心ではなく、結果、‶母子ルート〟から機密がチョロチョロと漏洩していたようで、筆者の思惑とは裏腹に長女が幼稚園の頃には、
「パパってひげだんしゃくっていうの?」
「パパってルネサーンっていうひと?」
と早くも無邪気な尋問を受ける立場となっていた。
とは言え、
「違うよ?似てる人だよ?」
とその都度否定しておけば、
「ふ~ん……」
と納得する程度のこと。
(所詮は子供……大丈夫だ!)
と高をくくっていたのだが、ランドセルを背負うようになると事態は一変し、
「だって……パパがおしごとにいくと、シルクハットがひとつへるもん!」
と在庫と帳簿を突き合わせ、税の不正を見抜く‶マルサ〟さながらの推理力を発揮し始める。
どうやら、筆者が自室の片隅でこっそり保管している商売道具のシルクハットを目敏く発見し、以来、その数を逐一勘定していたらしい。
流石の‶ウソつきパパ〟も、客観的証拠の前では、
「えー……何それ?」
と弱弱しくとぼけるくらいが精一杯。
我が子の成長は喜ばしいことだが、その一方で、
(あと12年か……)
と気が遠くなったのは、筆者の心づもりでは、全てを打ち明けるのはもっと先……長女の成人式の日と決めていたからである。
洒落たレストランを予約し、大人になったお祝いに酒でもと、娘を誘いだす。
指をパチンと鳴らすと、ウェイターの登場。
テキパキとワイングラスが並べられ、赤ワインが注がれる様(さま)に、
(パパはウィスキー党なのに、何故?)
と彼女は戸惑うだろうが、サプライズはここから。
おもむろにグラスを掲げ、
「20歳、おめでとう!」
と祝いを述べた次の瞬間、
「ルネッサーーーンス!!」
と高らかに言い放てば、
「えっ!?やっぱりパパって……ひげだ……」
と娘の頬に一筋の涙が……というのが理想のカミングアウトだったのに、このペースでは来年辺り、‶Xデー〟が訪れそうだ。
話を戻そう。
‶朝8時〟に頭を抱えたのは、午前7時50分頃から20分間ほど、長女が学校へ行く身支度を整えつつ、リビングでテレビを眺めて過ごすから。
大抵は、録画していたアニメやNHKの子供番組だが、何かの拍子にチャンネルを変え、
「あっ、パパだー!」
と騒ぎ出さぬとも限らない。
とにかく、気が気ではなかったのだ。
しばらくの間は、何事も無く時が過ぎたが、春先、‶一斉休校〟に突入するともう駄目。
何しろ、娘も‶ステイホーム〟……ずっと家に居る。
案の定、朝の生放送を終えて帰宅すると、
「さっきパパ、テレビでてたでしょー?」
とニヤつく8歳児がお出迎え、なんてことが1、2度あった。
いずれにせよ、此方の返答は、
「違うよー?似てる人だよー」
といつも通り。
何も変わらない。
変わったのは娘の方で、
「ウソだーぜったいパパだー!」
と駄々でも捏ねるのかと思いきや、
「だいじょうぶだよ、ママにはないしょにしておくからね!」
……どうやら、今現在の彼女の認識では、父の生業は母も知らぬこと、と思っているらしい。
一体、何がどうなったのか。
よく分からぬが、筆者の正体その本丸たる‶一発屋〟に長女が辿り着くのはまだ先の話だろうし、この分なら、学校の友達など、よそで吹聴したりする心配もあるまい。
ひと安心である。
その後、件のワイドショーは9月一杯をもって、‶グッドラック(さよなら)〟……もとい、‶卒業〟となった。
入れ替わるように決まったのが、NHKドラマ『うつ病九段』への出演。
筆者の役どころは……劇中のワイドショーのコメンテーターだった。
笑いの神の悪戯か。
どこか皮肉めいたオファーに気の利いた‶コメント〟も浮かばぬが、1つだけ確かなのは、役作りはバッチリということである。
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