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「処理水、飲みますよ」から1カ月後、ウーマン村本はテレビで叫んだ
放送後に教えてもらった興味深い話
「福島にはふるさとを奪われた人たちがいる。彼らの声を無視することが、平和な日本ですか」。お笑い番組「THE MANZAI」でウーマンラッシュアワーの村本大輔さん(40)が叫んだ。ネット上には賛否の嵐が巻き起こり、批判も強かった。ただ、村本さんは、2年近く通った福島で見て、感じた思いを込めていたことが、密着してきた記者には分かった。(朝日新聞福島総局・小手川太朗)
「もうすぐですね、福島の原発事故から10年ですよね」。12月6日午後8時半すぎ、フジテレビ系のお笑い番組「THE MANZAI」にウーマンラッシュアワーの2人が登場すると、漫才の中盤で、福島について村本さんが語り始めた。「あの時大変でした。みんなギャーギャー怖がっていたのに、いつの間にか時間が経ったら徐々に無関心になっていって。その隙に原発が徐々に再稼働しているって訳です」と早口で話した。
不祥事を起こした芸人が活動を再開する様子にも触れ、「つい最近もね、チュートリアルの徳井原発は再稼働しましたよ。宮迫原発は廃炉。ロンドンブーツも亮さんが(不祥事)やっちゃいましたねえ。あの日から僕はロンドンブーツ1号機、2号機って呼んでいるんです」と皮肉った。
2人は2013年の同番組で優勝し、一躍時の人に。だが数年前から漫才で社会問題を風刺するようになると、テレビ出演と距離を置くようになり、この番組が「年に一度のテレビ」(村本さん)だった。
番組では福島への思いをさらに続けた。
「福島では原発事故でふるさとを奪われた人がたくさんいる。基地を押しつけられた沖縄の人も、学ぶ権利を奪われた朝鮮学校の子供たちも。彼女たちがずーっと声を上げ続けてるんですが、皆さんが無関心だったら彼らの声はずっと聞きとれないまま。私は気づきました。日本は平和って言いますが、平和って何だ。彼らの声を聞かないことが平和なんですよ。無視すりゃ全部平和ですよ」
そして、安倍政権下での公文書改ざん問題に触れ、「最後にフジテレビ、このネタ絶対改ざんすんなよ!」と約5分間の漫才を締めくくった。
放送直後から、SNSでは村本さんの発言を巡る書き込みが相次いだ。「凄過ぎる。涙が出そうになった」「村本さんの声を聞いてはっとした」と評価する声のある一方で、「不愉快」「漫才じゃなくて政治活動」などと批判的な書き込みも多かった。
村本さんが漫才で福島に触れるようになったのは、ツイッターへのある投稿がきっかけだった。2019年2月12日の未明、東京電力福島第一原発から10キロ圏内にあり、事故で一時、全域に避難指示が出た福島県浪江町について触れ、「自分の町がなくなることへの話が聞きたい」とつぶやいた。
その日の夜、村本さんは町にいた。戻った住民は事故前の約1割に届かず、電気がともる家屋も少なく、更地も目立つ駅前の中心地。近くの居酒屋で地元住民ら約10人と酒を飲んだ。
その場で、住民の男性から「俺は、町がなくなるっていう言葉は気にくわない。帰れない人もいるけど、この町をなくすことはできねえんだ」と厳しい言葉を掛けられた。村本さんは「『町がなくなる』って言葉がどんなに軽率だったか分かった。俺は福島で、生の声を聞いてこなかった」と振り返る。
それ以来、泊まりがけで福島を訪れるようになった。放射線量が高く、人が住めない街並みが続く帰還困難区域や、児童・生徒合わせて10人の浪江町の小中学校にも足を運び、時には地元の人たちと深夜まで酒を酌み交わし、語り合った。
8回目の訪問となった今年11月5日、村本さんは福島第一原発にいた。
東京から新幹線と車で約4時間。免許証の確認や指の静脈認証など厳重なセキュリティーチェックを終えて構内に入ると、案内役の資源エネルギー庁の木野正登廃炉・汚染水対策官(52)が、350ミリリットルほどの小さなプラスチック製の容器を示し、「これが原発処理水です」と説明を始めた。
木野さんは東京大学で原子力工学を学んだ後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。原発事故直後に福島に赴任し、事故の収束や廃炉作業に関わり続けている。
第一原発では、敷地内で増え続ける処理済み汚染水の処分が大きな課題となっている。敷地の制約から、水をためるタンクが満杯になる時期は「2022年秋ごろ」とされ、政府は処理した汚染水を海に放出する方針だが、風評被害を懸念する全国漁業協同組合連合会(全漁連)など漁業者の反発は強く、処分方法の正式決定は先延ばしされている。
木野さんがボトルに線量計を向けた。村本さんが鋭い目つきでにらむが、針はほとんど動かない。
木野さんが「変わんないんです。処理水は、人体に影響を与えるガンマ線が出ていないんですよ。トリチウムは残っているけど、人体に与える影響は無視できるくらい小さいんです」と説明すると、村本さんは「これ、飲めるんですか?」と尋ねた。
「放射性物質の影響は無視できるくらい小さい。ただ、大腸菌などの雑菌がいるので、おなか壊しますよ」と答えると、村本さんは「国の側からすると、安全なものを、金をかけてため続けている?」とさらに尋ねた。
木野さんは「タンクは一つ1億円ですから。処理水タンクが1050基あるので、これだけで1050億円。敷地もあと2年ほどで満杯になるとされている」と答えた。
木野さんが処分方法について、「今、政府が地元自治体や漁師さんたちのもとを回り、説明しています。でも最後は、国の責任で決めるしかないんです」と話すと、村本さんは「安心と安全か。難しいなあ」とうなった。
その後、村本さんは木野さんと一緒に、事故で溶け落ちた燃料デブリの取り出しが進む1~3号機や、処理済み汚染水をためるタンク群を見て回り、事故を免れた5号機内部にも入った。構内にいた約3時間で、浴びた線量は身につけた線量計で約30マイクロシーベルト。歯科のX線検査3回分とほぼ同程度だった。
その日の夜、福島市に戻り、村本さんと木野さんは屋台で鍋を囲んだ。
村本さんは「俺、心配なことがあってね。いま、処理水の海洋放出の検討が進められている。国の人たちは安全って言う。政府は全漁連が納得したら海に流すのかもしれないけど、それは違うんじゃないか。本当にすべての漁師さんが納得したのか。不安に感じているけれど、漁連の大きな声に押しつぶされて言い出せない人がいるかもしれない」と話し始めた。
木野さんは「不安に感じる人の声を無視はできない。でも、これはいつか誰かが決めなければいけない問題なんです」と応じ、「私にできることは、原子力を学んだ者として、安全なものは安全と言い続けることです。そうじゃないと、福島のためにならない」と強調した。
村本さんは「誰かが犠牲になって、この国は成り立っている。沖縄が犠牲になって、俺たちの安心が成り立っている。俺が総理だったら、処理水飲むね。他人に何かを強いるのであれば、自分も何かの犠牲になって、誰かを安心させなければいけないと思う」と言った。
そして、「俺、飲みますよ、カメラ回ってる前で、勝手に。おなか壊すよりも、それが漁師さんのためになるんだったら。村本が勝手に飲んだってことにして良いので、どうですか、木野さん」と続けた。
木野さんは「もし飲んだら人類初です。管理責任を問われて私のクビは飛んじゃいますね」と笑った。
その日の話は3時間に及んだ。そして、1カ月後、「THE MANZAI」が放送された。
放送後、村本さんは「よく『時事ネタ』って言われるけど、あれは時事じゃない。桜に震災に原発。報道されなくなって、置いてけぼりにされた声を、テレビに持ってきたかったんだ」とネタを振り返った。
また、福島に通い始め、自身の変化にも気付くようになったという。「原発で働いている人たちの顔を見てしまった。人生をかけて処理水に向き合う官僚の木野さんにも会った。そんな人たちが必死に働いてる原発を『ロンドンブーツ1号機 2号機』なんてちゃかして笑いに変えて良いのかと。事実を見たことで、自分の中にブレーキがかかることもあった。この気持ちは行かなきゃ分からなかった」とこぼした。
「いろんな批判があるのは分かる。でも、俺の中で一番大きいのは、浪江で『町はなくなっていない』と言った、あのおっさんの声なんだ。彼らの声を、全国の無関心な人に伝えたい。そして置いてけぼりにされた人たちが俺のネタを見て、泣きながら笑って、ほんの少しでも楽になってくれればいいなあ、と思って漫才をやってる」と話した。
村本さんはいつも突然やってくる。「明日、福島行きます」と。仕事としてではなく、休日にふらっと訪れる。独演会を開くとき以外は全てプライベートだ。
そのたびに、様々な背景を持つ人たちが集まってきた。原発事故で避難した男性、津波で家を流された女性、反原発の抗議活動を続ける男性、国の官僚……。皆、せきを切ったように思いを村本さんにぶつけた。「現場に来ると、何が正解か分からなくなる」。村本さんは言った。
「毎日何リットルの汚染水が出て、あの大きなタンクが、ひとつ何円?それがどれくらいのペースで作られ続けている?」。最近、村本さんから届いたラインだ。新聞記者かよ!って思わず心の中で突っ込みながら、間違ったことは言えないので、一つ一つ調べて返信した。
でも、テレビで漫才になるのはごくごく一部。酒を飲みながら、「なぜ知りたいんですか?」と聞いたことがある。自分の目で現場を見て話を聞いて、現実を知った上で漫才をすると、客のウケが違うのだという。「俺が本気で漫才をやっているのがお客さんにも伝わるんだと思う」。村本さんは答えた。
2年前、思い切って浪江町の居酒屋に行って良かった。記者としても大切な姿勢を学ばせてもらっている。
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