MENU CLOSE

話題

ゲーム会社から牧師へ…教会に水族館をつくった理由 年間4千人訪問

不登校・会社設立・うつ・失業…「失敗しまくったから今がある。急がば回れ」

近所の子どもや大学生らと水槽に目をやる牧師の篠澤俊一郎さん(手前)
近所の子どもや大学生らと水槽に目をやる牧師の篠澤俊一郎さん(手前) 出典: 2018年12月、興津洋樹撮影

目次

教会にある水族館が「本格的すぎる」と聞いて訪ねました。展示されているのは、190種800匹以上の生き物たち。うわさどおり「私設」のレベルを超えた水族館を運営するのは、さらに異色の牧師でした。プロテスタントの牧師の家に生まれたけれど、大学で目指したのはカトリックの神父。ゲーム会社で働いて気付いたのは「人と触れ合う仕事の大切さ」。そして、今、取り組むのが趣味のレベルを超えた水族館です。「失敗しまくったからこそ、今がある。急がば回れです」。人生の貴重な〝回り道〟を聞きました。(朝日新聞記者・興津洋樹)

【PR】進む「障害開示」研究 心のバリアフリーを進めるために大事なこと

いじめに不登校 人と宗教に興味を持った

この水族館に筆者が初めて訪れたのは2年前。ひっそりとやっているのかな、とイメージしていましたが、訪れてみるとびっくり。びっしり並んだ数十個の水槽に、ピラルクなどの大きな魚から小さな魚、ゾウガメ、カミツキガメまで、とにかくたくさんの生き物がいました。

京都市にあるこの水族館の名前は「花園教会水族館」。運営するのは日本ナザレン教団・花園キリスト教会の牧師、篠澤俊一郎さん(40)です。

篠澤俊一郎さん
篠澤俊一郎さん

父親が牧師をしている家庭に生まれた篠澤さんは、島根県出雲市で育ちました。小学生の頃、テレビゲームをやり過ぎてゲーム禁止令を出されたことをきっかけに、自宅の近所の田んぼや小川で遊ぶように。ザリガニやドジョウ、アナゴを捕っては、水槽で飼うなど水の生き物に夢中になりました。

父親の転勤で、9歳で鹿児島市に転居してからは海釣りに明け暮れていました。

そんな篠澤さんが高校1年のとき、クラスにいじめられている生徒がいました。篠澤さんは、その子をかばうためにも一緒に遊ぶようになりました。遊んでみると相性が合うことが分かり、仲良くなったのですが、それを気にくわない同級生たちのいじめの矛先は篠澤さんに向かいました。

「人を助けたはずなのになんでこんな目に遭うんだ。そういう葛藤があって学校に行けなくなりました」

不登校になると家で聖書を読むようになったといいます。気に入った言葉を忘れないように紙に書き写して、机や天井に貼って見ていました。次第に「このままではだめだ」という気持ちが強くなり、2年生のクラス替えを機に学校に行けるようになりました。

「いじめられたことや聖書を読んだことで、人や宗教に興味を持ったんです。そして、人に関わる仕事がしたいと思うようになりました」

北アイルランド紛争でキリスト教の中でも、争いがあることを知りました。自身はプロテスタントでしたが、あえてカトリックの神父になって「双方の橋渡し役になりたい」と考え、カトリック系の上智大学へ進学しました。

大学で4年間学びましたが、進学しようと思っていた大学院の試験は不合格。卒業の1カ月前に進路が見えなくなりました。神父への道を諦め、別の学校に行ってプロテスタントの牧師を目指すことにしました。

学校に通いながら、非営利組織が扱う商品の紹介サイトを運営する会社を設立。当時では珍しい取り組みで、朝日新聞の記事にもなりました。

サイトを立ち上げ、朝日新聞に取材された際の篠澤さん(右)
サイトを立ち上げ、朝日新聞に取材された際の篠澤さん(右) 出典: 2007年、朝日新聞

牧師を辞めゲーム会社、そして再び牧師に

卒業後、関東の教会の牧師に就任しました。会社運営と牧師の二足のわらじ。「忙しくしすぎてしまったことと、理想と現実のギャップにぶつかったことで、精神的にまいってしまいました」

うつ状態になり、就任半年後に牧師からも事業からも手を引かざるを得なくなりました。

行く当てがなくなり、父親が牧師をしていた京都の教会の離れに、妻とともに住まわせてもらうことに。「俺はだめだ」「もう牧師はしない」と悲観的になる日々。中途採用試験を50社以上受けて不採用続きでしたが、最終的には大手ゲーム会社に就職することができました。

3年ほど、本体設計や品質管理を担当。「ゲームは好きなので仕事は楽しかったです。でも、何日も家に帰れなかったり、精神的に追いつめられていく同僚を見て、このまま続けていていいのかなと思いました。そして、自分は人と触れ合う仕事がしたかったと思い出しました」

父親が別の教会に移るタイミングで、後任の牧師として就任することになりました。ここが今水族館がある教会です。

男の子が言った「生きてる魚を見たのは初めてや」

水族館をつくるきっかけになったのは、2012年のこと。篠澤さんの中でふと魚への情熱が再燃し、趣味で教会の玄関に水槽を置きました。すると、近所の子どもたちが見て大喜びしました。

あるとき、ふらっと来た小学生の男の子がこう言いました。「生きてる魚を見たのは初めてや」。篠澤さんは驚き、都会ならではの心の貧困があるように感じました。

「たくさんの生き物を見てもらい、子どもたちの世界観を広げる手助けをしたい」。水槽を増やしていくと、近所の子どもの間で話題となり、子どもたちの集まる場となりました。

さらに多くの人に生き物に触れてもらおうと、2014年に「花園教会水族館」として正式にオープン。無料開放を続けています。

教会の外観。下のガレージ部分が水族館
教会の外観。下のガレージ部分が水族館 出典: 2018年、朝日新聞

飼えなくなった魚を引き取ったり、観賞魚店で売れなかった魚を譲り受けたりするうちに、生き物の数はどんどん増えていきました。研究や展示などの目的以外での飼育が禁じられている特定外来生物のカミツキガメも、許可を得て飼育しています。

不登校や学校になじめない、様々な事情で家にいられない子どもの居場所にもなりました。篠澤さんは、その子たちの相談に乗ることも多いといいます。焦りを見せている子どもには、「僕を見て、時間をかけてゆっくりやればいいよ」と伝えています。

入場料がかかる水族館はハードルが高いという家族、障害のある人たち、水族館愛好家なども全国から来館。テレビでも紹介され、コロナ禍前の2019年の入場者は4000人以上にのぼりました。

篠澤さんと10人ほどの小学生から大学生のボランティアが、生き物の世話や展示の説明を担っています。クラウドファンディングで改修工事費313万円や、コロナ対策工事費50万円が寄せられるなど、運営費や修繕費は寄付でまかなっています。

ゾウガメを連れて東京にも出張

2020年11月には、生き物への関心を高めてもらったり、殺処分の現状を知ってもらったりするために、東京の幼稚園に出張もしました。「水族館アンバサダー」のアルダブラゾウガメやフトアゴヒゲトカゲも一緒です。

あっという間に園児たちに囲まれたゾウガメ
あっという間に園児たちに囲まれたゾウガメ 出典: 2020年11月、東京都中野区のナザレン幼稚園、興津洋樹撮影

篠澤さんは園児を前にこう話しました。「人間のせいで生き物の数がどんどん減っています。大きくなったら命を大切にするということを覚えてくださいね」

ゾウガメやトカゲが登場すると、子どもたちは大はしゃぎ。「カメが大きくてびっくりした」「捨てられる動物の話を聞いてかわいそうと思った」などと感想を話していました。コロナ禍で水族館や動物園に行けていない子どもたちのために、さらなる出張も検討中です。

カメの甲羅やパネルを使って説明する篠澤さん(左)とボランティアの高校生
カメの甲羅やパネルを使って説明する篠澤さん(左)とボランティアの高校生 出典: 2020年11月、東京都中野区のナザレン幼稚園、興津洋樹撮影

回り道ってなんなんだろう 記者も考えた

不登校やうつ、失職、ゲーム会社勤務、再び牧師へと、回り道ともいえる経験を多くしながらも、パワフルに水族館を成長させていく篠澤さん。

「失敗しまくったからこそ、今があるんです」と笑う姿が印象的でした。そして、回り道ってなんなんだろうと筆者は考えさせられました。

篠澤さんの歩みを見ていくと、回り道のように見えていたことは、実はその後に生きていると感じました。ゲーム禁止令によって魚好きになったことは水族館運営に生きているし、不登校の時の経験は子どもたちの相談に乗るときに生きている、ゲーム会社時代の経験も展示の企画に生きています。

回り道や失敗について聞くと、篠澤さんはこう話します。

「急がば回れみたいなところがあると思います。みんな失敗とすぐに判断しがちですが、失敗か成功かは後からわかること。だめだと思っていても、その経験は10年後に生きるかもしれない。

マザー・テレサも言っていますが、どうやってもうまくいかないときには、神様が別の道を与えてくれていると思うんです。うまくいかなかったとしても次のステップへの糧になる。いつか時が来るもんなんです」

筆者も振り返ると、回り道や失敗と思うことだらけ。でも、実は後々プラスになっていることがたくさんあると気づきました。おそらく、誰しもそうなのではないでしょうか。

だからこそ、ひとつひとつの出来事で失敗したと腐るのではなく、その時にできることを全力で取り組んでいこう。篠澤さんの話を聞いて、そう思いました。

関連記事

PICKUP PR

PR記事

新着記事

CLOSE

Q 取材リクエストする

取材にご協力頂ける場合はメールアドレスをご記入ください
編集部からご連絡させていただくことがございます