連載
#7 マスニッチの時代
ナイキ動画で気なったこと…批判コメントすら取り込むメッセージ戦略
「引用リツイート」2万超の意味
誰もが避けたいと思うのがネットの「炎上」です。特に、企業広告の場合、商品を買ってもらうというポジティブな効果を期待して、わざわざお金を使うだけに、なおさらです。一方で、ネガティブなコメントが、むしろ企業広告のメッセージを強化するケースも生まれています。注目を集めたナイキのCM動画から、「炎上」とは何か、情報の受け手から起きるリアクションとの向き合い方について考えます。(withnews編集部・奥山晶二郎)
2020年11月28日、ナイキが1本のCM動画を公開しました。
約2分のCM動画では、日本に存在する差別の問題を3人の登場人物を通して描いています。
ここで注目したいのは、CM動画へのコメントです。
ツイッターやYouTubeチャンネルでは、肯定的な意見もあるものの、ネガティブな反応が数多く寄せられました。結果、ナイキを批判するコメントと、ナイキが掲げる理念の象徴である今回の動画が、同じ画面上に表示される形になっています。
その構図は期せずしてか、ネガティブなコメント自体が差別のなくならない現状を伝えるかのようです。そして、このCM動画のメッセージは、ネガティブなコメントがセットになることで、さらに強化されているとも言えます。
ネットの代表的な指標として挙がるPV(ページビュー)ですが、その存在感はだんだんと減っています。
反射的にクリックするようなタイトルや写真で増減するPVでは、本当の価値を測れない。そんな問題意識から、UU(ユニークユーザー)という実際に読んだ人の数や、その人の年齢や職業など属性情報も大事にされるようになっています。
さらには、SNSなどへのシェア、記事に対するコメントの数など、ユーザーの具体的な反応を重視する流れが強まっています。
ナイキのCM動画は、ナイキのツイッターにも投稿されました。その投稿には特徴的な反応が起きました。リツイートボタンをクリックするだけのシンプルな「リツイート」だけでなく、ユーザーが自分のコメントを書き込んでリツイートする「引用リツイート」がともに2万を超えたのです。
見るだけでなく、反応するだけでもなく、コメントという行動まで呼び起こす力があったことを示す数字だといえます。
スポーツ用品のメーカーであるナイキにとって、CM動画の最終目的は自社の製品を買ってもらうことです。
ネットで情報を発信する際には、「買わなくてもいい」状態から「買おうと思う」気持ちに変化させる〝態度変容〟をうながすことが求められます。
一方で、単に製品の情報を伝えるだけでは、なかなか〝態度変容〟は起きません。なぜなら、物と情報があふれる現代において、ほとんどの商品は買わなくても生きていけるからです。
そして、その難しさは、あらゆる分野で起きています。たとえば、ニュースの現場。旧来のメディアは、丹念な取材によって事実を掘り起こすことに大きな価値を置いてきました。
その重要性は今後も変わらない一方、ネットでの発信が増えるにつれ、ファクトを伝えるだけでは思うような効果を生み出せない状況になっています。
ユーザーに対してその価値が伝わっていないのに、売り手側が決めた値段やフォーマットで販売する。それは、料理に興味のない人に「完全無農薬の泥つき野菜」を強引に買わせるようなものかもしれません。
料理好きなら、下ごしらえをし、どのレシピに合うかを判断し、自分で料理をするまでを楽しむことができます。「完全無農薬の泥つき野菜」の価値に形を与えるのは、ユーザー側でした。
ところが、ネットの世界には、「完全無農薬の泥つき野菜」を使わなくても調理済みの食材がたくさんあります。そうなると、料理に興味のない人に下ごしらえをさせるのは無理があります。「完全無農薬の泥つき野菜」にどんな価値があるのか、から伝えなければいけません。さらには、料理をする楽しさまで理解してもらわないと、「完全無農薬の泥つき野菜」を買おうと思う〝態度変容〟は生まれません。
TVのスポットCMは、今でも商品名などを多くの人に知ってもらう、認知を広げるためには効果的な手法です。
商品の情報や選択肢が少なかった時代は、有名なものや、見覚えがあるものが、そのまま購買行動に結びつく流れを期待することができました。
しかし、今の時代は、知ってもらうだけでは目標を達成できません。情報自体はネットにあふれており、値段も比較できます。価値観が多様化し、他人と同じものを持っていなくても恥ずかしくなくなりました。
買うという最終目標のため今、必要なのは、なぜ買うのかという「意味」です。その「意味」をユーザーに自分で探させるのは、不親切だと言わざるを得ません。ネットには、ユーザーの興味関心をひく様々なコンテンツがひしめいているのですから。
価値のある商品だとしても、生産者側だけが盛り上がっているようでは、ネットの膨大な情報の中で埋もれてしまいます。その情報を通して伝えたいメッセージがあるなら、どうすればユーザーの心に刻み込まれるかという伝え方まで考えなければいけません。
ナイキのCM動画に集まった膨大なコメント。この能動的な行動の足跡は、その情報が誰かの心に刻み込まれたことを証明する揺るぎない証拠になります。
動かしつづける。自分を。未来を。#YouCantStopUshttps://t.co/EEkOkOOeLt pic.twitter.com/aPnZcPAO05
— Nike Japan (@nikejapan) November 28, 2020
ナイキは、取材に対して「差別は世界中に存在する問題です。実在のアスリートたちの証言が、私たちがいじめと差別に対して率直に意見を述べるきっかけとなりました」と説明。CM動画に寄せられたコメントについては「こちらからお伝えすることはございません」と回答しています。
ナイキのCMに対するコメントが盛り上がったのはなぜか。それは、そもそも、盛り上がりやすいものを考えて発信していたからだとも言えます。
会社名や商品名を覚えてもらうだけで満足しないナイキの戦略があったから、大きな反響を呼び起こすことができたのでしょう。
そして、通常の企業広告なら絶対に避けなくてはいけない批判的なコメントが、ナイキにとってダメージになっているかというと、そうは言い切れない可能性があります。
「日本の悪口を言うならナイキは日本から出ていけ」といった意見。これが動画と一緒に表示され、攻撃されるナイキの姿を見て、もとからのナイキファンは、より結束を強めたはずです。
従来なら「炎上」と呼ばれたかもしれない批判的なリアクションの連鎖が、本来の目的を強化するという現象を生み出しているのです。
一方で、少し気になる点があるのも事実です。ナイキを批判するような人を、ナイキは置いてきぼりにしていいのか、という疑問です。自分と異なる考えを持つ人を、仲間の絆を深めるための存在にしてしまってはいないでしょうか。
もちろん、スポーツ用品のメーカーであるナイキに何をどこまで求めるのか、意見は分かれるでしょう。CM動画のメッセージの方向性に社会的意義がある点を考えるなら、それは、メディアに対する問題提起だと受け取らなければいけないのかもしれません。
CM動画でさりげなく登場する大坂なおみ選手。これまで、メディアは大坂選手の行動を通して差別の問題を報じてきました。しかし、どれだけ〝心に刻む〟発信ができていたのでしょうか。ナイキのCM動画は、そんな問いをメディアに突きつけているようにも思えます。
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