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筋トレの疑問に研究者が回答「運動前に食べるべき?」「BCAAって?」

そこで、withnewsでは運動栄養学が専門で、『運動生理学(栄養科学イラストレイテッド)』(羊土社)「筋肉づくりとタンパク質」の項の著者である滋賀県立大学教授の中井直也先生を取材。筋トレをする人の悩みに答えます。(朝日新聞・朽木誠一郎)
ジムで見かけるBCAA、効果は?
ジムに行くと、トレーニングをする人がトレーニング中に、粉末プロテインの他にもう一つ、別の種類の「何か」を摂取している姿を見かけます。いわゆる「BCAA」を飲む人もいますが、これはどんな効果があるのでしょうか。
BCAAとは分枝鎖アミノ酸のことです。筋肉に含まれる必須アミノ酸の4割はこの分枝鎖アミノ酸で、その種類はバリン・ロイシン・イソロイシン。このうちロイシンにはインスリンのように、たんぱく質合成を刺激する作用があります。
「6.25gのホエイたんぱく質に5gのロイシンを添加することで、25gのたんぱく質を摂取するのと同等の効果になる、という報告があります。BCAAを摂取することで、たんぱく質合成率を高めることができると考えられます」
でも、これはトレーニング後のたんぱく質合成のこと。トレーニング中にBCAAを飲む意味はあるのでしょうか。
「運動前のBCAA摂取が筋肉からのアミノ酸の流出(タンパク質の分解)を抑制する、という報告はあります。すでに血中にある物質が優先的に利用されるというメカニズムです。同様に、運動中に血中BCAA濃度を高めておくと血液中の糖質や肝臓や筋肉のグリコーゲン(糖質)が使われにくくなり、疲労を防止する効果があるとみられています」
運動前に食事はするべきか否か
「朝食を抜くと、血液中にトレーニングの主なエネルギー源である糖質が十分にない状態なので、肝臓や筋肉に貯蔵されているグリコーゲン(糖質)が使われます。これはクルマのガソリンの予備タンクのようなもので、本来はいざというときのためのエネルギー源。できるだけメインタンクの中のガソリン、つまり食事で摂取した糖質を使いたいのです。
グリコーゲンを使い切ってしまうと、体の中で『糖新生』という回路が働きだします。このとき、筋肉のたんぱく質を分解してエネルギー源にしてしまうのです。筋肉をつけるためのトレーニングで、筋肉を分解してエネルギー源にしてしまうのは本末転倒です。筋肉の合成には不利になりますから、できるだけ食事、特に糖質の摂取を心がけましょう」
同様に、朝食に限らず、トレーニング前は2時間程度前を目安に「食事」を摂取するべき、と中井先生。特に糖質の不足は運動時の疲労に直結するため、トレーニングの内容にあわせて、必要量の糖質を摂取しておく必要があるとのことでした。
食事といえば、運動後は食欲が湧き、普段よりも多く食べてしまうという人もいるのではないでしょうか。特に、疲労困憊するようなトレーニングですでに筋肉痛が始まっているような場合、「多く食べて治そう」と思ってしまいそうになりますが……。中井先生は「食事量は変えなくてもいい」とバッサリ。
「『たんぱく質は多すぎてもムダになる』が原則です。運動後は20〜30gのたんぱく質摂取が血中アミノ酸濃度を最高値にする上限でした。これ以上のたんぱく質を摂取したところで、より多く筋肉が合成されるわけではなく、むしろ脂肪に変わりやすくなる。
糖質も同様で、たんぱく質合成率を上げるインスリンを出し、肝臓や筋肉にグリコーゲンとして貯蔵しておける以上の糖質を摂取しても、太ってしまうだけです。たくさんトレーニングをしても、しなくても、体にとって必要十分な量の栄養素を取り入れることが、筋肉をつけるという観点では重要なのです」
年を取ると筋肉はどうなる?
「ヒトの筋肉量は20歳前後で最大値を迎え、50歳までに5〜10%低下します。80歳までには、最大値から30〜40%の筋肉量が減少するとも報告されているのです。
これは、摂食および運動後のたんぱく質合成の上昇が小さくなるから。安静時のたんぱく質合成は若年者と高齢者でほとんど差がないのですが、筋肉合成の刺激に対する反応が鈍くなることがわかっています」
特に高齢者では、それ自体が原料でありたんぱく質合成を刺激するロイシンへの感受性が下がり、また、たんぱく質合成率を高めるインスリンに抵抗性が生じています。そのため、筋肉がつきにくくなっているのです。しかし、「できることはある」と中井先生は言います。
「食事量を増やしてもあまり効果がない若年者とは異なり、高齢者のたんぱく質合成を若年者と同レベルまで高めるには、比較的、多量のたんぱく質・糖質を摂取する必要があります。ロイシンへの感受性が下がり、インスリンへの抵抗性が生じているなら、より多くのロイシンを摂取し、インスリンを分泌させる方向に動かせばいい。中年以降も活躍するボディビルダーがいるように、正しい知識に基づいてトレーニングをして、栄養を摂取すれば、筋肉はつきます」
中井先生がしてくれたのは、原理・原則に基づく回答です。実際に生活に取り入れる上では、「トレーニングをする人のやりやすさも大事」だと指摘します。知識ばかりを追求して結局、実践できなかったり、肝心のトレーニングが疎かになっては本末転倒だからです。
「運動栄養学自体は厳密なもので、例えば私であれば培養細胞や動物実験の結果から、細かくたんぱく質合成率の増減をみます。紹介したさまざまな研究結果は欧米のものが中心ですが、欧米の臨床研究では運動後に体の深い場所にある動脈にカテーテルを挿入したり、筋肉の一部を採取するバイオプシー検査をしたりもします。
一方で、そのたんぱく質合成率の増減が、実際にどのくらい筋肉量や筋力に影響するかというと、あまり差がないこともある。例えば、粉末プロテインを飲むのが30分後だったとしても40分後だったとしても、そこに大きな差は生まれません。
『トレーニング後の反応をみる』という実験においては、被検者が疲労困憊になるまでひたすらレッグプレスだけをやったり、ワットバイクだけを漕いだりしますが、それは多くの人のトレーニングの実態から外れていることでしょう。研究と実践の間には乖離があることも、ぜひこの機会に知ってほしいです。
運動や栄養という分野はそもそも個人差や、同じ人でも条件の違いが大きく作用します。ですから、正しい知識を身につけた上で、みなさんはそれに因われすぎず、自分のトレーニングライフに合うように、楽しく調整していただければと思います」
【連載「医療記者の筋トレ」】
第一回:プロテインは必要?食事だけで十分?「ファスティング」筋肉への影響は… 専門家に聞く筋トレの運動栄養学
第二回:プロテイン「飲みすぎ」は体の負担に… 意外な適正量、種類による違いも 専門家に聞く「分けて飲む」方法