筋トレを始めるのが遅かったという人は「筋肉がつきづらい」と感じているかも知れません。これは残念ながらあり得ることで、中井先生も「加齢により筋肉量は減少します」と認めます。
「ヒトの筋肉量は20歳前後で最大値を迎え、50歳までに5〜10%低下します。80歳までには、最大値から30〜40%の筋肉量が減少するとも報告されているのです。
これは、摂食および運動後のたんぱく質合成の上昇が小さくなるから。安静時のたんぱく質合成は若年者と高齢者でほとんど差がないのですが、筋肉合成の刺激に対する反応が鈍くなることがわかっています」
特に高齢者では、それ自体が原料でありたんぱく質合成を刺激するロイシンへの感受性が下がり、また、たんぱく質合成率を高めるインスリンに抵抗性が生じています。そのため、筋肉がつきにくくなっているのです。しかし、「できることはある」と中井先生は言います。
「食事量を増やしてもあまり効果がない若年者とは異なり、高齢者のたんぱく質合成を若年者と同レベルまで高めるには、比較的、多量のたんぱく質・糖質を摂取する必要があります。ロイシンへの感受性が下がり、インスリンへの抵抗性が生じているなら、より多くのロイシンを摂取し、インスリンを分泌させる方向に動かせばいい。中年以降も活躍するボディビルダーがいるように、正しい知識に基づいてトレーニングをして、栄養を摂取すれば、筋肉はつきます」
中井先生がしてくれたのは、原理・原則に基づく回答です。実際に生活に取り入れる上では、「トレーニングをする人のやりやすさも大事」だと指摘します。知識ばかりを追求して結局、実践できなかったり、肝心のトレーニングが疎かになっては本末転倒だからです。
「運動栄養学自体は厳密なもので、例えば私であれば培養細胞や動物実験の結果から、細かくたんぱく質合成率の増減をみます。紹介したさまざまな研究結果は欧米のものが中心ですが、欧米の臨床研究では運動後に体の深い場所にある動脈にカテーテルを挿入したり、筋肉の一部を採取するバイオプシー検査をしたりもします。
一方で、そのたんぱく質合成率の増減が、実際にどのくらい筋肉量や筋力に影響するかというと、あまり差がないこともある。例えば、粉末プロテインを飲むのが30分後だったとしても40分後だったとしても、そこに大きな差は生まれません。
『トレーニング後の反応をみる』という実験においては、被検者が疲労困憊になるまでひたすらレッグプレスだけをやったり、ワットバイクだけを漕いだりしますが、それは多くの人のトレーニングの実態から外れていることでしょう。研究と実践の間には乖離があることも、ぜひこの機会に知ってほしいです。
運動や栄養という分野はそもそも個人差や、同じ人でも条件の違いが大きく作用します。ですから、正しい知識を身につけた上で、みなさんはそれに因われすぎず、自分のトレーニングライフに合うように、楽しく調整していただければと思います」
【連載「医療記者の筋トレ」】
第一回:プロテインは必要?食事だけで十分?「ファスティング」筋肉への影響は… 専門家に聞く筋トレの運動栄養学
第二回:プロテイン「飲みすぎ」は体の負担に… 意外な適正量、種類による違いも 専門家に聞く「分けて飲む」方法