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神宮球場のカレー店「欅」店長 今だから語る〝戦友〟との日々

隣の「水明亭」閉店に「そら、寂しいよ」

神宮球場で半世紀にわたってそれぞれの味を守ってきた「水明亭」の本村律枝さん(左)と「欅」の米川忠史さん=2006年
神宮球場で半世紀にわたってそれぞれの味を守ってきた「水明亭」の本村律枝さん(左)と「欅」の米川忠史さん=2006年

目次

神宮球場内で半世紀にわたって親しまれたうどん・そばの「水明亭」が、6日の営業を最後に閉店する。その情報を知った野球ファンは嘆き悲しみ、同時に「隣のカレー屋は大丈夫か?」と心配し始めた。取材で神宮球場に通って30年になる記者が、顔なじみの店長を訪ねてみると……。(朝日新聞編集委員・安藤嘉浩)

球場の飲食スタンド第1号

バックネット裏にある通路の一塁側に「水明亭」、三塁側に「欅(けやき)」。両店は1960年代半ばに同球場の飲食スタンド第1号としてスタートし、ともに歩んできた老舗だ。

「欅」の看板メニューは辛さを抑えたカレー。「お子さんも多いから、安心して食べられる辛さで提供している」と店長の米川忠史さん(79)は言う。子どもの頃や大学生時代に親しみ、父親になって自分の子どもと再訪するファンも多い。牛丼やカルビ丼なども人気メニューだ。

ぼくも大学野球担当だった25年前は週に2、3杯はカレーをいただいた。米川さんと顔なじみになり、「はい、サービス」とカレーの上に牛丼の肉をのせてくれて喜んだ思い出もある。転勤でしばらく東京を離れ、久しぶりに訪ねたら「カレー牛丼」というメニューが誕生していて驚いたものだ。

欅のカレーライス=明治神宮野球場提供
欅のカレーライス=明治神宮野球場提供

「胸ポケットがすぐお金でいっぱいになった」

米川さんが飲食業に携わるようになったきっかけは64年の東京五輪だという。当時、明治神宮外苑に「グリル富士見」というレストランがあった。現在は子どもが遊べる「にこにこパーク」になっているエリアだという。

「あの辺りから富士山が見えたの。だから、グリル富士見というお店だった」

23歳の米川さんはバンドマンだった。「モダンジャズっていうのに魅せられてね。有名な外タレ(海外のミュージシャン)も来日して、けっこう騒がれたんだよ」。詳しくは教えてくれないが、好きな音楽に打ち込む青春時代を送っていたようだ。

それはともかく、知人を通じて手伝って欲しいと言われた米川さん。「昼間は時間があったし、いいですよ、という感じで引き受けた」と振り返る。

「オリンピックが始まったら、すごい人出で、めちゃくちゃだった」という。「牛乳は7円、ジュースは20円だったかな。飛ぶように売れる。電気で水を冷やしてそこに飲み物を入れるんだけど、追いつかない。冷やし始めても、すぐ売れちゃう。お客さんが冷たくなくていいって言うんだからね。胸ポケットがすぐお金でいっぱいになって大変だった」

そんな日々を過ごし、だんだん飲食業が面白くなった。神宮球場内にもすでに食堂ができていた。「階段を上がった2階に、300席ぐらいある食堂だった。東京五輪の時は役員食堂になったのかな。五輪が終わって営業を再開すると、そっちも手伝うようになった」

神宮球場内にある「欅」の店主、米川忠史さん
神宮球場内にある「欅」の店主、米川忠史さん 出典: 朝日新聞

早稲田・慶応との不思議な縁

ほどなく球場1階の通路に飲食スタンドを構えることになった。

五輪が終わって1年半後の66年だったと記憶する。このとき、一緒に出店したのがお隣の「水明亭」だ。

「欅」はカレーとスパゲティというメニューでスタート。やがて2階の食堂は客足が鈍り、1階のスタンドだけになった。球場内にあった牛丼チェーン店が閉店すると、牛丼も用意することになった。

「水明亭」の店主、本村律枝さん(79)とはそのころからの顔なじみ。実は同じ年齢でもある。明治神宮外苑信濃町休憩所にもそれぞれお店を出していたから、そこで出会ったかもしれない。

「リッちゃんとはここ(神宮球場)で、暑い日も寒い日も一緒に頑張ってきた。戦友みたいなもん」と言う。「足りないものは譲り合ってね。助け合ってきた。そら、寂しいよ。こんなに長く一緒にやってきたのに、お疲れさん会もできない。リッちゃんがいないし、コロナの今はね」

本村さんが入院してから何度か電話したが、「元気になったら、また電話するから」とすぐに切ったという。「泣き声を聞きたくないからさ。こっちも切なくなっちゃうよ」

「水明亭」の最終営業日となるヤクルト球団ファン感謝デーの6日は、「欅」にとっても今年最後の営業になる。

「うちは長男(岳史さん=42)と一緒に、来年も頑張るよ。一番古株になるし、しっかりしないとね。来年は安心して野球が見られる世の中になるよう祈るしかない。皆さんのお越しをお待ちしています」

ところで、「欅」の前経営者は日本漕艇協会理事長も務めた日下二郎さん(故人)。慶応大学ボート部のOBでもある。一方、「水明亭」店主の本村さんの兄・政治さん(故人)は早稲田大学野球部で活躍し、東京六大学の審判員やOB会(稲門倶楽部)会長などを歴任した人だ。

一塁側の「水明亭」は早稲田、三塁側の「欅」は慶応にゆかりがある。しかも早慶戦のベンチと同じ配置という不思議な偶然。半世紀も続いたそんな風景も見納めになる。

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