政府が取得を推進し、注目されている男性の育児休業。「義務化」を求める声もあります。反対意見も多い「義務化」ですが、普及・促進に取り組むワーク・ライフバランス社長の小室淑恵さんとみらい子育て全国ネットワーク代表の天野妙さんは、国などに働きかけをする際、「あえてパワーワードを使った」と話します。一体どういうことなのでしょうか? 11月9日に開かれた本屋B&Bでのオンラインイベント「育休にまつわる誤解とモヤモヤの正体」の一部を紹介します。
<イベントでは、今秋「男性の育休 家族・企業・経済はこう変わる」(PHP新書)を刊行した小室さん・天野さんと、「妻に言えない夫の本音 仕事と子育てをめぐる葛藤の正体」(朝日新書)を刊行した父親のモヤモヤ企画班の高橋健次郎記者が、男性の育休取得について語り合いました。「義務化」という言葉について話題になったきっかけは、参加者からの質問でした。>
高橋健次郎記者(以下高橋記者):みなさんからいただいたご質問をご紹介します。「『義務化』という言葉が、企業から促す義務ではなく、個人が否応なくとらなきゃいけないと誤解されていることが多いと思います。反発もあると思うのですが、誤解しないように広まらないのはメディアのせいなのでしょうか?」。お二人、いかがですか?
小室淑恵さん(以下小室さん):ある意味、戦略的にも誤解をしていただくように発信をしました。「そんなのおかしい」「変な話題だよ」と誰かが反発をしない話題は、ほとんどメディアに扱ってもらえません。
議論にならない限り、「男性の育休」が注目されることはないだろうということで、「全ての人に義務づけられることを望んでいます」のように一度誤解していただいてもいいと考え、私たちはこの「育休義務化」というパワーワードを使いました。
もちろん、取る・取らないは本人の自由です。ただ、本人の権利が大きく侵害されている現状ですので、男性本人が申請するのではなくて、企業側に、社員へ育休を取る権利があると案内するシステムに変更するよう義務づけを促していきたいと思います。
メディアには、私たちは企業への義務化であることをきちんと説明をしているので、メディアも半分は分かっているけれども、議論を巻き起こすために、あえてタイトルを「男性育休義務化をどう思う?」として扱ってくれているのかなと思っています。
高橋記者:世間の反応をどう感じていらっしゃいますか?
天野妙さん(以下天野さん):「義務化」というと、男性たちが「俺のことか?!」「俺の部下のことか?」と、急に当事者性が出てくるんですよね。
実は、発信を始めた頃は「男性育休必須化」と言っていましたが、「弱気すぎる」と指摘を受けました。それであえてパワーワードを使っています。
高橋記者:作戦とは知らず、発見でした。参加者の方からは「確かに自分の興味も若干の疑問から事実を知ることができました。よい作戦だと思います」といただきました。
<そんな男性の育休について、取材をしてきた高橋記者は「育休自体には三つの壁があるのでないか」と2人に投げかけました。>
高橋記者:まず、「入り口」に壁があるのではないかということです。上司に「謝罪しろ」と言われたなどですね。「期間中」は「とるだけ育休」という言葉もありました。「出口」に関しては、長時間労働がやめられないという会社もまだまだあるのではないかと思います。
高橋記者:「入り口に壁」ということで、40代会社員の方のケースを紹介させてください。個人事業主の妻を応援したいと、自身の会社へ育休取得の相談をしたところ、「男が育休を取るのはおかしい」と言われてしまいました。従業員が100人以下の会社です。
その方は、妻のため、家庭のためにと育児休業を取得されました。しかし、「引き継ぎで迷惑をかけた」ということで、育休を取る前には会社の幹部に謝罪を求められ、復帰時には始末書を書かされたということです。
まだそんな会社あるの?という極端なケースかもしれませんが、取材をしているとこういうケースに突き当たります。
日本・東京商工会議所が公表した調査では、中小企業の7割が「義務化」に反対しているというデータもありました。
小室さん:今回顕著だったのは、商工会議所が示してきたデータの中で、運輸業・建設業・介護・看護が特に反対していました。
どんな共通点があるかというと、運輸・建設は労働基準法の改正がまだ適用されていない業界なんです。大企業には昨年適用になっていますが、運輸と建設は2024年まで猶予期間があります。
働き方改革をした企業では、「労働時間の上限ができたのだから仕事を見直そう」となり、納期に対しても発注サイドに「労基法違反はできないので、納期は早められません」と伝えることができるようになりました。
しかし、建設や運輸は労働時間の上限がなく、発注元に短納期でと言われたら断れないので、「そんな状況で男性が休むなんてとんでもない」と現場は思うわけです。
労基法が適用されず働き方改革が進んでいない状況に苦しんでいるからの結果なのに、これを「中小企業が反対しています」というのはおかしな話です。商工会議所は、こうした業界の働き方改革が少しでも進むように何かしら支援する団体であるべきではないかと思います。
高橋記者:「とるだけ育休」という言葉があります。「ママリ」というサイトを運営するコネヒトの調査で、育休を取得した父親の3人に1人が、1日の家事・育児時間が「2時間以下」だったというものですね。育休を取っていない人のパートナーに聞くと、「育休を取ってほしくない」という意見もありました。
天野さん:「ゼロコミット男子」(まったく家事育児をしない男性)問題は、ずっと言われ続けてますよね。今回、執筆にあたって、多くの育休取得者や取れなかった方のヒアリングをさせていただきわかったことがありました。
「ゼロコミット男子」にさせないポイントは、①何のために育休を取るのか目的②家事育児の全体量を把握の二つを、夫婦で共有することです。
例えば、妻から見ると「何もしないでソファーに座ってサボってる」状態であっても、実は夫は言われた事は終わった(つもりで)からソファーに座っただけ、ということが起きており、お互いに思いがすれ違っているためモヤモヤを抱えることが多いようです。
育休の目的には大きく三つあると思います。
一つ目は産後の妻のケアです。全治2か月の重傷患者である妻をケアする目的です。加えて、第2子以降の場合はきょうだいのケアです。上の子は多くの場合赤ちゃん返りをしますので、心のケアが必要です。
二つ目は家事育児のトレーニングです。2人で一緒に家事育児を楽しむのも素敵ですが、家事育児を一通り1人で全部できるスキルを身に着けることが重要です。どちらかが何もしない状況をつくり、お互いにワンオペができる状態にしておくと、復職後の出張や残業などにも対応できます。
最後は、夫婦の話し合いトレーニングです。今後、家族構成や時代の変化に応じて、働き方や生き方に関する価値観はお互いに変化していきます。お互いに異なる方向を向く都度、調整していくことが家庭円満のためには重要です。
特に、復職すると子どものいなかった頃の「仕事最優先生活」に戻ってしまうケースが多くあります。そういう時期があってももちろん良いのですが、それを夫婦で合意できるかどうかです。育休期間中に夫婦の話し合いの練習をしておきましょう。
一方、「ゼロコミット男子」の原因は、妻側にも責任の一端があると感じました。「家事や育児をやりたいけど、やらせてもらえない」という話も耳にしましたし、妻から「私の育児をする権利を取られた」と言われたケースもありました。
男性にも育児をする権利はあります。妻側のマインドも変わらないといけないなと思います。
小室さん:育児のスタート期に、夫婦の育児レベルが乖離してしまうとそれがずっと続いてしまいます。
出産前に自治体が提供する「母親学級」、最近は「両親学級」となってきていますが、ここでの父親向けのコンテンツは、妊婦ジャケットを着て妊婦期が大変という体験と沐浴の練習くらいまでしかしていません。これでは子どもが生まれるまでがゴールなので、生まれた後どうするんだっけ?となってしまいます。
生まれる前にちゃんと考えてほしいのは、生まれたらどう2人で仕事と育児を両立していくかです。経験者が話してあげて、出産1カ月くらい前からシミュレーションできるといいでしょう。
多くの両親学級は自治体が「平日に」開催しています。産前休業を取っている女性は参加できますが、男性はほとんどの場合、妻に託してしまいます。
これを、企業主催でランチタイムに企業の会議室で、仕事と育児を継続して両立する方法も含めて提供するのはどうだろうかと提言しています。企業主導型父親学級で開催費用のほとんどが助成金で出るような形になると、父親にも必要な情報が出産前に届くようになって、産後に動けるようになるのかなと思います。
高橋記者:「『とるだけ育休』で育児をしない父親もいると思いますが、どうすれば防げますか」という質問をいただいています。まさにお二人がお話いただいたことで、出産時点で「よーいどん」ではなくて、実際はそこで大きな差が開いてしまっているのが現状です。
スタート時点までに、特に男性側がいかにパートナー側に目線を合わせられるかが重要だなと自分を反省して思いました。
天野さん:そういえば、高橋さんって実は育休取っていないんですよね。
高橋記者:本当にお恥ずかしいです。育休を取ろうかと相談はしました。ただ、義理の母が来てくれるしということで、妻自身は大丈夫だよと言ってくれたんですけど、振り返ると、それは自分が聞きたかった答えなんですよね。
もう一押し、自分から取るよと言ったら違っただろうし、自分でもその答えを期待していたところがあったし、それはきっと自分の甘えなのかなと。
目線がそもそも合っていないというのは、自分がコミットするようになって、差にがくぜんとしました。反省しかありません。
高橋記者:三つ目の壁は、「出口」です。せっかく育休を取ったけれども、元に戻ってしまったケース紹介をします。
元会社員の方です。9カ月間の育休を取りましたが、復帰後に深夜帰宅の生活に戻ってしまいました。長時間労働をいとわない社風やご自身もパフォーマンス低下を受け入れられなかったことが背景にあります。心の綱引きをしているならば……と退職してしまいました。
小室さん:社会は長時間労働をできる人を求めているのではなくて、時間内に成果を出す人を求めるようになりました。おそらく、本当の壁は自身の心の壁で、「『時間外』という武器を持っていない自分は、以前通りの成果を出せない」と苦しいのだと思います。
産後、女性は退路を断つので切り替えますが、男性はどこかで「戻れる」「今だけだ」と思っているために退路を断てないことがあるのだろうと思います。
「時間外」という武器への未練があると、時間内でどう勝負するかという自分には切り替えないんですね。ですから、子どもが生まれる前に退路を断って、そうなっておくのが一番です。残業代をもらって成果を出すのでは、ある意味当たり前。時間内でどうやってやるのかという技を身に着けていくことが大事だと思います。
天野さん:「時間外」というカードが使えない!まさにそれ!思わずメモしてしまいました(笑)。私も子どもが3人いますが、出産してから12年間「時間外」のカードをほぼ使えなくなりました。
時間内で結果を出すというのは本当に大変です。しかし、生産性の観点だけでなく、時間内の勝負は最終的に多くの人が幸せになれると思っています。
その中で「男性の育休取得」は、時間外カードを使わない=働き方改革のきっかけになりますし、育休がサバティカル(長期休暇)となって、新たな視点を身につける事にもつながります。長時間労働ができない多くの制約を持った人たちの継続就労やチャレンジにもつながっていくのです。
今は育休取得男性や、子育てにコミットする男性の数が少ないので、モヤモヤがたまりがちですが、育休パパの数が増えれば、パパ友も作りやすくなり、育児のモヤモヤもお互いに話せるようになるでしょう。
働き方改革の先には幸福がある。個人も、社会全体も、企業も、地域も、いろんなアプローチでウェルビーイングの高い社会を目指していくことが大切ではないでしょうか。
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