連載
#11 ネットのよこみち
いのちの電話「ネット相談」の現場 画面の先で待っていてくれる人
〝たった1行〟に向き合う一期一会のぬくもり
誰にも相談することができず、ひとりで悩んでいる人のためのダイヤル「いのちの電話」は、来年開設50年。2006年からは「いのちの電話 みんなのインターネット相談」が開始されています。
近年では電話が苦手な若者も増えているといいます。電話にはないメールならではの〝特徴〟。相談の記録は一切残さない理由。「いのちの電話」のネット相談にスーパーバイザーとして関わっている宍戸さんにお話をうかがいました。(取材・文/吉河未布)
「20年ほど前から10代、20代という若者からの電話が減少している実感がありました」
そこで2006年に開設したのが、インターネット相談(以下、ネット相談)だったという。ホームページに用意されているメールフォームにメールアドレスや相談内容を書き、送信すると相談員から返信がメールで届くという仕組みだ。
実際、2019年の相談件数では、30代までは電話よりネットの方が利用割合が高くなっており、とりわけネット相談率が高いのは20代。20代のネット相談件数は同電話相談件数の6倍を超え、全世代のネット相談件数の約3割にのぼる。
「若い人のなかには、電話をくれても、なかなか話せない人もいました。その点ネット相談を始めると、メールでは“話して”くれる」――手応えは感じている。
現在、ネット相談員は全国で78人。原則として「いのちの電話」相談員として実務を1年以上経験した人が、ネット相談員の養成研修を受けられる。組織運営は寄付によって支えられており、相談員としての活動はすべて無償だ。
相談員が稼働する時間は限られるため、メールは受信が制限される時間を設けている。ネット相談のページを開き、「現在受付中です」と表示されていたらメール送信が可能。「ただ今、相談受付をクローズしています」と表示されている時は、少し待つ必要がある。返信は1週間以内に送ることを目安にしている。
現在のシステムでは、相談文の上限文字数は1000字。寄せられる相談文は1行、2行のものから、1000字近くびっしり書いてあるものまでさまざまだが、特徴的なのは電話相談よりも圧倒的に自殺傾向を吐露するものが多いことだという。
口に出してはなかなか言えなくても、書くとなると辛さを吐き出しやすいなど、それにはさまざまな理由が考えられるが、相談員が体感しているのは「身近な人に相談できないケースが増えている」ということだ。
「家族や友達がいても、仕事をしていても、孤独だっていうことですよね。家族と一緒に暮らしてしていても、本当に相談できる人がいない。また、訴えても取り合ってくれないといったこともあります」
宍戸さんが強調するのは、「私たちは、“専門家”ではなく“素人”」だということ。ものごとを解決することではなく、相談してくる人の気持ちに寄り添う。
「一言でその人を慰めたり、自殺をやめさせたりできるような魔法の言葉はないですよね。医者でも学者でもない私たちにできることは、『聞く』ことです。電話にしてもメールにしても、話を聞いて、一緒になって悩んだり、一緒に感じたりする。相手に、『ご飯食べた?』と声をかけるのだっていい。それしかできない。でもそれが大事だと思っています」
電話相談ではその場でのやりとりで話を進めていけるが、ネット相談の場合、相談文にある内容しか情報がない。温度感の把握の難しさがある。しかし、たとえそれが1行しかない相談文だとしても、相談員たちはその文の向こうに想いを馳せ、丁寧に言葉を紡ぐ。
返信の文章は、何人かで読み合うのが鉄則だ。読み間違いがないか、相談者の気持ちを誤解していないか、さらには返信内容が受け入れてもらえるだろうかといったことを話し合い、推敲したうえで送信する。
相談文が送られてから相談員が読むまでには数時間、場合によっては何日もかかることもある。そして、電話相談を含め、原則としてやりとりの記録は残さない。その時の、その人の“今”を感じ取ることに注力するためだ。
「私たちは『一期一会』と称していますが、一度の電話でつながった人と、その時間だけ関わるという方法をとっています。ネット相談でも、考え方は同じ。過去のその方とのやりとりは残していません。関わったその瞬間に、一生懸命向き合うことを大切にしています」
あくまでも「いのちの電話」の理念に基づくネット相談ということで、相談窓口名も「いのちの電話 みんなのインターネット相談」。「いのちの電話」の冠は外さない。
厚生労働省『令和2年版 自殺対策白書』 によれば、2019年の自殺者は2万169人で、前年比671人(3.2%)減少。1978年の統計開始以来最少の数値となったが、そのなかで10代の自殺者数だけが前年より増加している。
宍戸さんは、若者からの相談電話が減っていても、「若い人たちに悩みがなくなっているわけではない」と危機感をおぼえる。とりわけ今年はコロナ禍。夏を過ぎ、相談内容は具体的に、より深刻になっているという。電話だけでなくネット相談もあるという若者への認知拡大が課題だ。
「ねえ、聞いて」――電話の向こうに、ネットの向こうに、話をしたい人がいる。ぬくもりのある一期一会、「いのちの電話」の理念を大切にしながら、今日も相談員たちはメールを受け取っている。
1/4枚