連載
#57 ○○の世論
「必ずや成し遂げていく」と言った結果は…憲法改正、2014年の異変
安倍前首相の熱意が響かなかった理由
9月に退陣した安倍晋三前首相は、憲法改正を「必ずや成し遂げていく」と強い意欲を示してきました。「憲法にしっかりと『自衛隊』と明記し、違憲論争に終止符を打つ」「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と改憲の中身や、期限も具体的に示して、改憲議論を主導しようとしました。その7年8カ月の第2次安倍政権下で、国民の改憲への機運は高まったのでしょうか。(朝日新聞記者・藤方聡)
朝日新聞の世論調査では、「憲法全体をみて、いまの憲法を改正する必要があると思いますか」という質問を重ねてきました。2004年からは毎年春に聞いています。
小泉純一郎首相の下、自民党が改憲草案を発表した後の2006年の面接調査では55%が「必要がある」と答え、「必要はない」は32%でした。
調査方法が異なるため、単純には比較できませんが、憲法を改正する「必要がある」は第1次安倍政権下の2007年(電話)は58%、民主党政権に交代した後の2011年(電話)も54%でした。
11年調査で「必要がある」と答えた人に理由を3択で尋ねると「新しい権利や制度を盛り込むべきだから」が最も高く74%でした。一方、「必要はない」と回答した人(全体の29%)に3択で理由を聞くと、「9条が変えられる恐れがあるから」が最も高く45%でした。
「必要がある」はその後も半数を超え、「必要がない」を上回ってきました。
第2次安倍政権が発足したのは2012年12月です。朝日新聞の世論調査では2013年から、毎年2月~4月に実施する郵送調査で、「いまの憲法を変える必要があるか」という質問をしています。
2013年調査では、それまでと傾向は変わらず、「必要がある」54%が、「必要はない」37%を上回っていました。
しかし、翌2014年調査から、世論の「逆転」が起きます。2014年は「必要はない」が50%に達し、「必要がある」44%を上回りました。2015年9月には、集団的自衛権の行使を可能にした安全保障関連法が成立しましたが、翌2016年調査では、「必要がある」は37%まで減りました。
安倍前首相は、2017年の5月3日、「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と、改憲派の集会に送ったビデオメッセージで意欲を語りました。しかし、国民の間で、機運の盛り上がりは見られませんでした。2020年調査で、改憲の「必要がある」は43%まで持ち直したものの、半数には届いていません。
安倍前首相は「自衛隊は違憲かもしれないが何かあれば、命を張って守ってくれ、というのは無責任だ」と、自衛隊の存在を明記する9条改正案を訴えてきました。こうした9条改憲への世論の理解は広がったのでしょうか。
9条に自衛隊の存在を明記する、という改憲案は新しい考えではありません。小泉政権下の2006年の世論調査で、こんな質問をしています。
「必要がある」が、「必要はない」を大きく上回っていました。70歳以上では「必要がある」は51%とやや慎重姿勢がみられましたが、60代以下では、いずれの年代でも6割超が「必要がある」と答えました。支持政党別では、自民支持層で68%、民主支持層でも66%が「必要がある」と回答していました。
一方、安倍前首相の9条改憲案に対しては、どうでしょうか。
2006年と似た趣旨の質問にも関わらず、回答の傾向は、逆になりました。2018年~2020年まで3回、同じ質問をしましたが、数字にほとんど動きがなく、いずれも反対が賛成を上回りました。
憲法改正は、国民投票で過半数の賛成が必要です。ですが世論調査の結果から見ると、安倍前首相の改憲への熱意は、国民には響いていないようです。改憲の可能性は、政権交代前よりむしろ遠ざかってしまった、と言わざるを得ません。
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