もし、あなたが身近な人から「DV被害」の相談を受けたら――。自分の言葉によってさらに相手の心の傷を広げてしまったらどうしようと、悩んでしまうかもしれません。
NPO法人女性・人権支援センター「ステップ」理事長の栗原加代美さんは「まずは相談者の気持ちを受け止めて」と訴えます。その上で、相談者にまず伝えてほしいこと、そして、絶対に言ってはいけないことがあると言います。
相談への回答がさらなる被害を生むかも知れない怖さについて、栗原さんに話を聞きました。(朝日新聞・朽木誠一郎)
DV被害には、「なぐる」「ける」といった肉体的な暴力以外にも、「大声でどなる」、長時間「無視する」「説教する」、「『誰のおかげで生活できると思っているんだ』と言う」などの精神的な暴力、性的な強要などの暴力もあります。
全国287カ所にある配偶者暴力相談支援センターへの相談件数は近年、年間10万件を超える高水準で推移しています。警察への相談も2018年には約7万7000件と、右肩上がりで増加。配偶者暴力防止法(DV防止法)に基づく保護命令件数は1591件(2019年)です。
これだけでも大きい数字ですが、被害全体の数字からすると一部で、女性の4割、男性の7割がどこにも(誰にも)相談していないこともわかっています。この相談のしにくさが問題だと言えるでしょう。
<DVの実態>内閣府の『令和2年版 男女共同参画白書』によれば、配偶者(※事実婚や別居中の夫婦、元配偶者を含む)からの暴力は、女性の3割、男性の2割に被害経験がある。複数回あった者の割合は女性が13.8%、男性が4.8%になっている。
相談しやすい世の中を作るには、社会の理解が必要です。ステップで被害者の支援や加害者の更生に取り組む栗原さんは、DV被害者には相談することを「恥ずかしい」「家庭の中のことを外に明かすなんて……」と思う「引け目」があると言います。
次第に「相手を怒らせてしまう自分が悪い」「相手は悪い自分を直そうとして怒っている」と思うようになる被害者。やがて共依存の状態になり、「本当に心身がボロボロになるまで逃げられない」(栗原さん)のです。
そんな被害者からDV被害の相談を受けたとき、してはいけないのはどんなことでしょうか。栗原さんに聞くと、答えは「否定すること」。「嘘だ」「大げさだ」「妄想では」「信じられない」「あなたも悪いんじゃない?」などと否定することは、被害者の心の傷をさらに広げてしまう「二次被害」を引き起こすそうです。
また、栗原さんが相談を受ける中では「そんなことを気にしていたら夫婦はやっていけない」といった反応が被害者を苦しめることがあるとのこと。「人は自分の秤で物事を判断しようとするものです。でも、自分がDV被害を我慢した経験から、他人に同じことを背負わせるのは間違いです」と栗原さん。
このような反応があると、「相談をしてもムダだった」と思わせてしまうことにもつながります。もともと家庭の中のことは外からではわかりにくく、被害者の話を否定できる根拠を相談相手は持ち得ません。相談しにくい内容を相手が相談してくれたことを、まずは受け止めるようにしましょう。
また、栗原さんは加害者の「外面のよさ」が被害を矮小化して見せることもあると警告します。非の打ち所のないように思われる加害者でも、ステップの加害者更生プログラムを受ける内、言動に少しずつその加害性がにじんでくることがあるそう。全52回と長期で、本格的なプログラムでなければ見抜けないと言います。
もう一つ、してはいけないことは、相談者の了解なしに相談の内容を他人に伝えてしまうこと。特に、加害者も知り合いである場合、相談内容について加害者に確認することは絶対にしてはいけません。
これは「相談したことが原因で被害がさらに酷くなることがあるから」(栗原さん)。被害者はこうしたリスクを抱えながら、助けを求めます。その思いを踏みにじらないよう、注意が必要です。
では、相談を受けたら、何をするべきなのでしょうか。まずは「相手の話を受け止め、共感すること」だと栗原さん。「暴力を振るわれていい人はいない」こと、だから「あなたは悪くない」と伝えてあげることも、相談者の心を軽くするといいます。被害者は前述したように、自分が悪いと思い込むことがあるからです。
「その上で、相談者の意思を確認しながら、相談窓口・専門機関を紹介してください。ステップのようなNPOの他にも、都道府県のDV相談支援センターや区市の福祉事務所、男女平等参画センター、保健所、精神保健福祉センター等があります。DVによって心身に不調を来した場合は医療機関に相談するように伝えてください」
子どもがいる家庭でDVの可能性がある場合には、児童相談所、子ども家庭支援センターなどに相談や通報ができます。また、もしも身の安全が危ぶまれる緊急の場合には、110番通報も可能。被害者やその子どもを保護する体制が整備されています。
その上で、大切なのは「女らしさ」「男らしさ」などに基づく「偏見を持たないこと」と栗原さん。例えば「女性が家事・育児をするべき(なのにできていない)」「男性の稼ぎが多くあるべき(なのにそうなっていない)」など、多くのDVはこのような「ジェンダーバイアス」によって起きると指摘します。
そしてそれは相談をされる側にも「女性は大げさに言う」や「男性がDV被害を受けるわけがない」などの偏見として潜むことがあります。このような偏見に基づいた「アドバイス」は二次被害を広げてしまうのです。
「DVは『支配』の関係性。物理的な暴力だけでなく、『無視』や『機嫌が悪くなる』など精神的な暴力、他にも過剰なプレゼントなども相手の行動を支配するための道具です。しかし本来、人と人は平等であり、パートナーシップは対等であるべきもの。この理想を実現するためにも、DVはなくしていかなれけばなりません」
ステップでは被害者支援活動の他、加害者更生プログラムも実施しており、プログラムの修了生である夫が被害者である妻と共同でDV加害者の更生に取り組む一般社団法人を立ち上げた事例はメディアでも大きな話題になりました。
嘘や大げさ、妄想ではなく、自分の身の回りでも実は起きているかもしれないDV。もしかすると、自分自身がしているかもしれません。何がDVか、何がDVを起こすのか、相談されたときにしていいこと、してはいけないこと――正しい知識を持つことが、DVをなくしていくことにつながるのです。