「静岡VS山梨」校歌の歌詞ではいかに

各県の教育委員会が公開している情報によると、市町・組合立中学校は静岡県が260校、山梨県が80校(休校除く)。これらの中学校のうち、どれくらいの学校の校歌に「富士」があり、どのように歌われているのか、歌詞の収集を始めました。
そこで、中学校のホームページ(HP)に校歌を掲載していた、静岡153校、山梨52校に限定して校歌の歌詞を収集し、分析することにしました。また、学校のHPに校歌の音源のみ掲載され、別のサイトに歌詞が掲載されている場合は、これらを照らし合わせて歌詞が正しいことを確認しました。
「富士山」を表現する歌詞が多いのは…
校歌の歌詞に「富士」が入っている中学校数を調べると、それぞれ以下のようになりました。ただし、「富士」を含むものの、明らかに富士山を意味しない「富士川」については除いています。
静岡:52.9%(81/153校)
山梨:55.7%(29/52校)
しかし、校歌の面白いところは文学的にも奥行きがあるところです。集計をしながら気付いたのは「富士」以外にも、富士山を表す「異名」が多様にあることでした。学校数は多くありませんが、たとえば、「富士」の異体字である「冨士」をはじめ、「不二ヶ峰」「富岳」「富嶽」や「芙蓉の峰」「芙蓉峰」など、その表現はさまざま。これらを含めると以下のような学校数になりました。
静岡:58.2%(89/153校)
山梨:65.4%(34/52校)
「富士山」に近ければ歌詞に入りやすい?
気になるところは、これらの学校の地理的環境です。それぞれの県内の地域別に同様の割合をみてみましょう。


withnewsでは、「富士山」にまつわる言葉が歌詞含まれるか否かを、中学校の所在地とともに地図にプロットし、可視化してみました。
地図にプロットしてみると……
これは周囲の山によって富士山が見えない、もしくは富士山よりも特筆すべき自然があることに起因していることが考えられます。たとえば、梅ケ島小中学校(静岡県静岡市)はその北東にある十枚山を、白州中学校(山梨県北杜市)の中学校校歌では「駒ヶ嶽」(甲斐駒ケ岳、白州中の南西)が歌詞に入っています。つまり、県や富士山という広い範囲での帰属意識よりも、更に狭域の郷土ならではの自然が校歌に込められやすいことを示唆しています。
ちなみに、「富士」という言葉が登場しやすいのは、静岡、山梨いずれも「1番」です。「富士」が入る歌詞の約6割が1番に集中しており、その傾向は自然環境を歌詞に込める時、「富士山を差し置いてはならない」という心理がはたらいているように感じます。
生徒の「あるべき姿」と重ねられやすい

いずれも「仰ぐ」「理想」「高い」という言葉が共通し、「富士山」に対して近い認識を持っていることがわかります。また、抽出された言葉からも、学校側として生徒に持ってもらいたい理想の高さが、富士山に重ねられていることが想像できます。
なぜ校歌は自然をうたうのか
「この時期はまだ学校で十分に音楽教育が行われておらず、みんなで校歌を『歌うこと』自体が集団意識を高める効果を発揮したのだと考えられます」
徐々に学校で「歌うこと」が浸透してくると、大正期ごろから学校の校訓などの教育方針や地域の自然環境など独自性が校歌にあらわれるように。学校と地域の関係が密接にあり、その土地の人々が歌い継ぐ「郷土の歌」という側面が強くなっていきました。
「やはりより集団意識を高めるには、その地域の人たちに共通する、身近なものを扱うのが効果的です。そういった意味で、ずっとそこにあり続ける自然というのは歌詞に使いやすかったのだと思います」

「独自性を出していくといっても、周辺の学校の校歌を参考にすることもあります。なかなか短い歌詞の中で違いを出すことは難しかったのではないでしょうか」
「富士」から「風」へ 時代とともに変わる校歌
今回集めた校歌のうち、HPに制定年が記載されている119校について、制定年が(1)昭和20~30年代、(2)40~50年代、(3)60年代以降、という3つのグループに分けて、それぞれのグループで特徴的な言葉を5語ずつ抽出しました。

そして一番最近である昭和60年代以降のグループでは、「青春」「未来」など、生徒自身の視点に重きを置かれていることが読み取れます。昭和20~30年代で「富士」という不動の山を描いたのに対し、ここで登場する「風」という言葉からも、柔軟な印象も持ちます。
時代による歌詞の変化について、須田さんは「主語の変化」を感じるといいます。「『我々の学校の理想像』として学校から提示されるものから、現代では未来へ向かう『僕たち私たちへのエール』のようなメッセージに変わりつつあるのではないでしょうか」

この企画は朝日新聞社の技術部門・情報技術本部の研究開発チーム「ICTRAD(アイシートラッド)」を中心に、最新技術やデータを最近の出来事や身近な話題と組み合わせて紹介する連載です。