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静岡と山梨「富士山」が校歌に多いのはどっち? 200校の歌詞を分析

あえて入れない学校の特徴は…

世界文化遺産にも登録されている富士山=2013年
世界文化遺産にも登録されている富士山=2013年 出典: 朝日新聞

目次

小学校、中学校、高校……必ずと言っていいほど、どの学校にも制定されている校歌。しかも、なぜか山や川など、地元の自然が歌詞に込められている校歌が多いです。では、日本で最も高い山、富士山はどのように歌われているのでしょうか。たびたび富士山をめぐって生まれる「静岡VS山梨」の構図を、中学校の校歌という切り口で比べてみました。二県をつなげる、ある共通点とは?
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「静岡VS山梨」校歌の歌詞ではいかに

世界文化遺産にも登録され、日本一の代名詞である「富士山」。古くから山岳信仰の対象として崇められ、葛飾北斎の「富嶽三十六景」をはじめとするさまざまな芸術を生み出し、文化的・歴史的にも日本に大きな影響を与え続けてきた山です。
朝の光を浴びる東京都心。中央は皇居、奥は富士山=2019年
朝の光を浴びる東京都心。中央は皇居、奥は富士山=2019年 出典: 朝日新聞
長年にわたって静岡県と山梨県は、この山頂の所有権を何度も話し合ってきました。しかし、決着はつかず、「県境を定めない」という答えで落ち着いています。そんな富士山はそれぞれの県民にとっては重要なアイデンティティであることに間違いなく、郷土の自然が歌詞に込められた校歌にもそれが表されているはずです。

各県の教育委員会が公開している情報によると、市町・組合立中学校は静岡県が260校、山梨県が80校(休校除く)。これらの中学校のうち、どれくらいの学校の校歌に「富士」があり、どのように歌われているのか、歌詞の収集を始めました。
しかし、この作業が大変難航しました。当初は「教育委員会に問い合わせれば集められるのでは」と考えていたのですが、県の教育委員会は「各校の校歌の歌詞は把握していません」。問い合わせた一部の市教委も同様の回答でした。

そこで、中学校のホームページ(HP)に校歌を掲載していた、静岡153校、山梨52校に限定して校歌の歌詞を収集し、分析することにしました。また、学校のHPに校歌の音源のみ掲載され、別のサイトに歌詞が掲載されている場合は、これらを照らし合わせて歌詞が正しいことを確認しました。
 

「富士山」を表現する歌詞が多いのは…

校歌の歌詞に「富士」が入っている中学校数を調べると、それぞれ以下のようになりました。ただし、「富士」を含むものの、明らかに富士山を意味しない「富士川」については除いています。

 
■歌詞に「富士」が含まれる割合
静岡:52.9%(81/153校)
山梨:55.7%(29/52校)
山梨県の方が割合が大きいですが、差は3ポイント程度。あまり大きな違いがあるとはいえません。

しかし、校歌の面白いところは文学的にも奥行きがあるところです。集計をしながら気付いたのは「富士」以外にも、富士山を表す「異名」が多様にあることでした。学校数は多くありませんが、たとえば、「富士」の異体字である「冨士」をはじめ、「不二ヶ峰」「富岳」「富嶽」や「芙蓉の峰」「芙蓉峰」など、その表現はさまざま。これらを含めると以下のような学校数になりました。
 
■歌詞に「富士山」を表す語が含まれる割合
静岡:58.2%(89/153校)
山梨:65.4%(34/52校)
「富士」単体で比べた時よりも差は開き、山梨県が割合が大きい結果となりました。母数の違いはありますが、いずれも6割ほどの中学校の校歌に「富士山」がうたわれていることがわかりました。

「富士山」に近ければ歌詞に入りやすい?

気になるところは、これらの学校の地理的環境です。それぞれの県内の地域別に同様の割合をみてみましょう。

富士山がまたがる、静岡の東部、山梨の富士・東部地方が割合が大きくなっています。賀茂地方は母数が少ないものの、特に静岡県は富士山に近ければ近いほど、歌詞に「富士山」が盛り込まれやすいことがわかります。

withnewsでは、「富士山」にまつわる言葉が歌詞含まれるか否かを、中学校の所在地とともに地図にプロットし、可視化してみました。

地図にプロットしてみると……

そこでわかったのは、静岡県の北部など山沿いの地域では、歌詞に「富士山」にまつわる表現がうたわれていないことです。

これは周囲の山によって富士山が見えない、もしくは富士山よりも特筆すべき自然があることに起因していることが考えられます。たとえば、梅ケ島小中学校(静岡県静岡市)はその北東にある十枚山を、白州中学校(山梨県北杜市)の中学校校歌では「駒ヶ嶽」(甲斐駒ケ岳、白州中の南西)が歌詞に入っています。つまり、県や富士山という広い範囲での帰属意識よりも、更に狭域の郷土ならではの自然が校歌に込められやすいことを示唆しています。

ちなみに、「富士」という言葉が登場しやすいのは、静岡、山梨いずれも「1番」です。「富士」が入る歌詞の約6割が1番に集中しており、その傾向は自然環境を歌詞に込める時、「富士山を差し置いてはならない」という心理がはたらいているように感じます。

生徒の「あるべき姿」と重ねられやすい

では、これらの校歌の中では、富士山はどのような言葉とともにうたわれているのでしょうか。テキストマイニングのフリーソフト「KHcoder」を用いて、関連する言葉をグループに分けるクラスター分析を行った結果、「富士」という言葉と一緒に登場しやすい言葉は以下のようになりました。

いずれも「仰ぐ」「理想」「高い」という言葉が共通し、「富士山」に対して近い認識を持っていることがわかります。また、抽出された言葉からも、学校側として生徒に持ってもらいたい理想の高さが、富士山に重ねられていることが想像できます。

なぜ校歌は自然をうたうのか

そもそも、なぜ校歌ではこうした山などの自然が歌詞に込められやすいのでしょうか。校歌の成り立ちを歴史的な背景から示した「校歌の誕生」(人文書院刊)の著者・須田珠生さんは、「文献上『校歌』がつくられ始めたとされる明治期には、地域の自然が含まれる歌詞はあまりありませんでした」と語ります。

「この時期はまだ学校で十分に音楽教育が行われておらず、みんなで校歌を『歌うこと』自体が集団意識を高める効果を発揮したのだと考えられます」

徐々に学校で「歌うこと」が浸透してくると、大正期ごろから学校の校訓などの教育方針や地域の自然環境など独自性が校歌にあらわれるように。学校と地域の関係が密接にあり、その土地の人々が歌い継ぐ「郷土の歌」という側面が強くなっていきました。

「やはりより集団意識を高めるには、その地域の人たちに共通する、身近なものを扱うのが効果的です。そういった意味で、ずっとそこにあり続ける自然というのは歌詞に使いやすかったのだと思います」
須田珠生さん
須田珠生さん 出典: 須田さん提供
また、静岡、山梨のいずれも富士山にまつわる歌詞に「高い」「理想」などの共通点が生まれることについては、「山の高さや川の清さなどは教育方針とも結びつけやすく、校歌の常套句のようなものになっている」と話します。

「独自性を出していくといっても、周辺の学校の校歌を参考にすることもあります。なかなか短い歌詞の中で違いを出すことは難しかったのではないでしょうか」

「富士」から「風」へ 時代とともに変わる校歌

「みんなで歌う」ことから「郷土を歌うこと」へ。校歌は、時代とともに役割を変えて歌い継がれてきました。その変化は昭和以降も起こり続けています。

今回集めた校歌のうち、HPに制定年が記載されている119校について、制定年が(1)昭和20~30年代、(2)40~50年代、(3)60年代以降、という3つのグループに分けて、それぞれのグループで特徴的な言葉を5語ずつ抽出しました。
「富士」が特徴的な言葉となっているのは、昭和20~30年代制定の校歌です。このグループでは「中学」や「母校」など、学校の存在が強いことがわかります。また高度経済成長と東京オリンピックを経て、安定成長期となった昭和40~50年代には、「世界」や「愛」などの歌詞からも視野の広がりを感じます。ここまでの年代では「ああ」という感嘆詞が使われているのも特徴です。

そして一番最近である昭和60年代以降のグループでは、「青春」「未来」など、生徒自身の視点に重きを置かれていることが読み取れます。昭和20~30年代で「富士」という不動の山を描いたのに対し、ここで登場する「風」という言葉からも、柔軟な印象も持ちます。

時代による歌詞の変化について、須田さんは「主語の変化」を感じるといいます。「『我々の学校の理想像』として学校から提示されるものから、現代では未来へ向かう『僕たち私たちへのエール』のようなメッセージに変わりつつあるのではないでしょうか」
氷が消えた山中湖の湖面に映える「逆さ富士」=2018年
氷が消えた山中湖の湖面に映える「逆さ富士」=2018年 出典: 朝日新聞
今回、HPに校歌が掲載されている中学校に限定して調査を行いましたが、全校でおこなった場合、また違う結果になるかもしれません。静岡・山梨だけではなく、全国に根付いている校歌。その土地ならではの特徴がきっとあるのではないかと思います。あなたの学校の校歌は、なにをうたっていましたか。
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この企画は朝日新聞社の技術部門・情報技術本部の研究開発チーム「ICTRAD(アイシートラッド)」を中心に、最新技術やデータを最近の出来事や身近な話題と組み合わせて紹介する連載です。
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