91回登場、最多の山「赤城」
171校(当時)の公立中学校の校歌から、文章を品詞に分ける「形態素解析」という手法を使って、地名に関する言葉を抽出。頻出する単語やその傾向などを調べました。
塚田さんの論文によると、最も多く出現したのは「赤城」で91回。次いで「榛名」が35回で、同じく山の名である「浅間(21回)」や「妙義(13回)」も抽出されました。


塚田さんは「校歌は世代を超えて地域で歌い継がれているもの。これらの山がどのような言葉とともに表現されているか分析することで、山岳に対する住民の共通した印象を導き出せるのではないかと考えた」と話します。
赤城は「高い」、榛名は「若い」?

「『日本百名山』をまとめた深田久弥さんは、赤城山について『山にはきびしさをもって我々に対するものと、暖かく我々を包容してくれるものと、二種類ある。赤城山はその後者のよい代表である』と記しています。赤城山の裾野の広さからも、包み込むような、やわらかい印象を持つ言葉が導き出されるのではと思っていました」


「希望」「朝日」…理想重ねられてきた赤城山
「まずひとつは、赤城山の裾野が富士山に次ぐほど広いことにあります。そして、もうひとつが赤城山が信仰の対象であるということ。赤城神社が群馬県だけで110社ほどあり、その立地も影響していると考えられます」

「校歌に表される山は、日の光、特に『朝日を受けている』という旨の描写が目立ちます。赤城山を擬人化しているというのでしょうか、中学校が求める理想の生徒像や人間像が赤城山に投影されているのだと思いました」
身近な存在であり、信仰の対象であり、理想であり……「赤城山」は県民の生活に密接に関わってきたことが校歌からもうかがえるのです。
32歳で修士課程、「都市計画のために」校歌研究
大学卒業後、前橋市役所で都市計画に携わってきた塚田さん。公園の設計と計画を行う中で、市民に利用される公園と利用されない公園があることに疑問を抱き、「その理由を定量的、構造的に明らかにしたい」と32歳の時に前橋工科大学大学院の修士課程に入学しました。以来、公園緑地を主な研究対象として、働きながら研究を続けています。

中学校の校歌を研究対象としたのは、住民が群馬県に持つ「景観のイメージ」を可視化するためでした。都市計画を進める上で、住民と守るべき景観を明確にし、共有していくことが重要だからです。しかし、山のような広い範囲の景観イメージの分析はあまり行われていませんでした。
また、個人の中で地域の景観のイメージが形づくられていくのは、幼少期や思春期とされています。塚田さんは、景観の描写が多く含まれていること、またその地域の多くの人が接することから、「校歌」にそのヒントを得ようとしたのです。
「地域への愛着やノスタルジーを感じるだけではなく、校歌の歌詞は都市計画のひとつの情報として役立っているのです」
固有の地名ない校歌も…「時代とともに変化」
塚田さんが調査した公立中学校は171校でしたが、2019年5月時点で群馬県内の公立中学校は161校(うち分校1校)。少子化による統廃合などで、減少の一途を辿っています。また富岡市は中学校6校を2校に、小学校11校を4校に再編する計画も検討されています。
学校と対となって存在してきた校歌にも、変化が起こっています。例えば、2011年に前橋市立第二中学校と第四中学校を統合して開校され、谷川俊太郎さんが作詞したみずき中学校の校歌は、地名にまつわる語や中学校の名が登場しません。一方で、「世界」や「宇宙」など更に視野を広げた言葉が盛り込まれています。

「これまでの校歌が必ずしも良いという訳ではありません。かつての地域の風景を残すものが校歌であるべきなのか、時代とともに校歌に求められる役割も変わっていくのだと思います」
参考:群馬県中学校の校歌を事例としたテキスト分析により導かれる山岳の景観言語の検討(2013年、日本造園学会誌「ランドスケープ研究」) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jila/76/5/76_727/_pdf/-char/ja
この企画は朝日新聞社の技術部門・情報技術本部の研究開発チーム「ICTRAD(アイシートラッド)」を中心に、技術やデータを最近の出来事や身近な話題と組み合わせて紹介する連載です。今回は、地元に根付いたテーマに形態素解析を用いた分析をおこなった、研究者へのインタビューを紹介しました。