連載
#22 withコロナの時代
3600円払って〝旅じたくのための旅〟「オンライン旅」をやってみた
日曜日の昼下がり、新潟県佐渡島へ約5時間の弾丸旅行です。
新型コロナウイルスの影響で人の往来が制限される中、オンラインで楽しむ「旅行」が企画されるようになりました。リモートでも現地の雰囲気を味わえ、ガイドブック以上の発見はあるのでしょうか。この夏、地元・新潟県佐渡島に帰省できなかった筆者が、オンラインで佐渡を旅する企画に参加してみました。
参加したのは、9月上旬の日曜午後に開かれた「おうち旅ルミネmeets佐渡島」。いつもなら3泊4日で帰る地元へ、約5時間の弾丸旅行です。費用は3600円。実際カーフェリーで往復するだけでも5000円はかかります。参加者は約50人で、Web会議システム「Zoom」で佐渡とつなぎました。事前に、中身が見えないようパッキングされた佐渡の特産品や、旅先に関係する「旅のかけら」が入った「旅じたくボックス」が自宅に届きました。「旅の途中で開けて楽しむ」演出です。
旅は、新潟港からカーフェリーで佐渡へ渡る映像から始まりました。ライブ映像ではありませんが、雰囲気は十分で気持ちが高ぶります。本来なら2時間30分の道のりですが、そこは大幅に圧縮です。
「到着」し、出迎えてくれたのは「佐渡相田ライスファーミング」を営む相田忠明さんたち現地の人々です。筆者が住む東京はどんより雲に覆われ雨が降ったりやんだりの天気でしたが、画面の向こうは日差しが強く、海も空もきれいな青が広がっていました。画面を見ていると自分も晴天の下にいるかのようです。
時間はお昼過ぎ。相田さんたちに教えられ、事前に炊いていた相田家のお米と佐渡の塩、さばのぬか漬けを使っておにぎりを作りました。塩を煎ったり、さばをほぐしたり、にぎったり、場所は違えど一緒にお昼ごはんを用意するという一体感。料理番組を見ながらみんなで作った感覚です。
炊きたてのお米はつやつや・ふわふわで、かめばかむほど甘さを感じます。お米を炊く際に使った水は佐渡の海洋深層水で、「マグネシウムが高く、ミネラル豊富の水」と相田さん。現地でも食べる機会がないようなスペシャルなご飯です。参加者の中には土鍋で炊いている人もいて、旅への本気度を見ました。
使ったのは、いずれも「旅じたくボックス」に入っていた食材です。いご草という海草から作られた“ソウルフード”の「いごねり」も「あごだしつゆ」をかけて一緒にいただきます。
佐渡の食材を堪能したら、続いては島巡りです。「金山」や「トキ」、「たらい舟」など、いわゆる有名観光地はコースに入っていません。「地域に暮らす人たちと関係値を結ぶ旅=ピープルツーリズム」をコンセプトに、重要無形文化財「無名異焼(むみょういやき)」の窯元や伝統芸能「鬼太鼓」を継承する人々、漁協など8カ所が用意されていました。
参加者はグループに分かれてランダムに6カ所を回ります。私が巡ったのは「無名異焼」「鬼太鼓」「シーカヤック」「姫津漁協」「柿農家」「葡萄農家の宿」。それぞれ20分で説明を聞いたり、質問をしたり、リアルな体験とは少し違う人と人との交流でした。たくさん回れるところはオンラインならではです。
佐渡に生まれ18歳まで暮らしてきた私ですが、正直、行ったことがない場所、初めて会う人、知らない話の連続でした。中でも印象的だったのが佐渡の赤土で作る陶芸「無名異焼」と、移住してきた夫婦が営む「葡萄農家の宿」です。
「無名異焼」は小学生のころの校外学習で体験したものの、当時はろくろを回すことで頭がいっぱい……。旅では、「北澤窯」の其田弘輔さんが「佐渡で取れた赤い土と白い土を混ぜて作ります。金山を掘ると赤い土がたくさん出ました。中国の漢方薬『無名異』です。各地を探しても佐渡でしか出てきません」と教えてくれました。作品は1200度で36時間焼くそうです。佐渡に伝わる陶芸技法とは何か、20年の時を経てアップデートできました。
「葡萄農家の宿」である「Andante」の夫婦は、佐渡の魅力を「いい意味で未開拓。ないからこそ、新しくつくろうと思うことに対して背中を押してくれるところだと思います」と話していました。“中の人”だった私は「未開拓」に耐えられず、キラキラした「海の向こう」へ憧れて島を飛び出した人間です。負に感じていた部分を魅力だと言われ、驚いたと共にうれしくなりました。
佐渡と言えば日本酒も魅力で、島内には五つの酒蔵があります。その一つ、地酒「真野鶴」を造る老舗の「尾畑酒造」は、廃校となった小学校を酒造りの場として再生し、「学校蔵」を始めました。リアルで「一般公開はしていない」という蔵も、オンラインで特別に見学できるなんて最高です。
「旅じたくボックス」で届いた純米大吟醸「学校蔵」をグラスに注ぎ、みんなで乾杯。お酒を楽しみながら、旅は続きます。
続いて訪れたのは、世界でも活躍する太鼓芸能集団「鼓童」。太鼓の音色を聴きながら、参加者も一緒に演者さんに教えられた歌を口ずさみました。
あっという間に外は夕暮れ。最後に待っていたのは、各地からの夕日です。佐渡を横断するような四つの拠点から、海、湖、田んぼとともに映し出されました。時折聞こえる虫の声にも癒やされます。各地の夕日を一度に見ることも、オンラインだからこその楽しみ方です。こうして佐渡の魅力を凝縮させた旅が、あっという間に終わりました。
旅を終え、「尾畑酒造」5代目の尾畑留美子さんと「佐渡相田ライスファーミング 」の相田忠明さんに話を聞きました。
新型コロナウイルスが与えた影響は大きく、飲食店や観光業はまだまだ厳しい状態が続いています。そんな中でも、オンラインの試みには2人とも手応えを感じていました。
尾畑さんは「佐渡は小さいんじゃないかと思われる方もいますが、東京23区の1.5倍もあって1日では回りきれません。今回は佐渡の大きさと、東西南北でいろんな地域文化・いろんな表情を十二分に感じてもらえたのではないかと思います」と話しました。
佐渡を盛り上げる会社「さどやニッポン」も経営する相田さんは、今回現地で運営の中心を担いました。
現地スタッフは全員地元の人々です。今回の企画に備え、ビデオカメラを新たに購入したという相田さん。ルミネの企画の下、運営もリモートでしたが、「オンラインでも積み重ねていけばつながりは強くできる。ベクトルが同じなら離れていても距離を感じません。取り組んでいた人たちは熱い思いでやっていた」と振り返ります。「都会と地方が一緒に作れるならこれからも何かできるのではないでしょうか」
人と人とのつながりを重視していた「おうち旅ルミネ」。参加者は大勢いましたが、Zoomの画面では1対1に映り、リアルな団体ツアーとは違った身近さがありました。参加者は「佐渡が好き」という人はもちろん、旅の魅力である「偶然の出会い」をリモートでも味わいたいと期待していたようです。
「おうち旅ルミネ」を担当したルミネ新規事業部の鈴木麻吏杏さんは、「日本のローカルの 魅力はその土地に根ざしながら自分らしい生き方をかなえている人々です。コロナ禍だからこそ、いつか実際に行っていただく『旅じたくのための旅』を企画しました。参加していただいた皆さんには、コロナが落ち着いたころに佐渡に行っていただきたいです」と話しています。
地元出身の私も、一観光客として思った以上に佐渡を満喫しました。帰省時はほぼ実家周辺から離れません。今年の夏、仮に帰省していたとしても今回のような出会いはありませんでした。なかなか実家に帰れない人は、オンライン旅で地元の魅力を探るのもコロナ禍ならではの楽しみかもしれません。
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