コロナ禍にあっても社会活動を維持するため、新型コロナウイルスへのさまざまな感染対策がとられている昨今。都内のある駅ビルのトイレには「ペーパータオル使用中止」の貼り紙がありました。ハンドドライヤーの使用中止は見かけますが、なぜペーパータオル? 手をしっかり拭くことはむしろ重要な感染対策です。
他にも小学校の水飲み場の使用中止など、世の中には根拠不明や合理的でない対策があふれています。それらを「謎対策」と表現、「弊害もある」と指摘する東京都看護協会アドバイザーで感染症対策コンサルタントの堀成美さんに話を聞きました。(朝日新聞・朽木誠一郎)
――堀さんはTwitterで「ペーパータオル使用中止」の写真を投稿していました。「ハンドドライヤー」の使用中止はよくありますが、「ペーパータオル」は理由がよくわかりません。調べてみると、他の場所でもちらほら。あらためて質問しますが、これは新型コロナウイルスの感染予防になるのでしょうか。
なりません。逆に、拭くものがないことで一般的な感染対策である手洗いがおろそかになり、弊害もあると考えられます。清潔なハンカチを持ち歩き、手洗いができるのが理想ですが、現実にはそうしていないケースが多くある。
「洗った後に手を拭けないなら洗わなくてもいいや」という人たちがいる。だから、ペーパータオルをなくすことは本来の対策とは真逆の結果になってしまうリスクがあります。
――ちなみに、ハンドドライヤーの使用中止は必要なのでしょうか。
場合によります。というのも、もし「ウイルスを含む水が飛び散ることを防ぎたい」と考えてのことならば、手洗いができていればそもそも、水にウイルスは含まれないはずですよね。このような状況なら、ハンドドライヤーの使用中止は必要ありません。
でも、手洗いができていない人が多い場所では、たしかに日本に多い凹型のハンドドライヤーでは、ウイルスを含む水が底に溜まる可能性があり、掃除も大変です。同じハンドドライヤーでも、海外に多い、上から下に吹き飛ばす型の方がそのリスクは下がるでしょう。
これらを踏まえた上でペーパータオルに切り替えるという判断はあり得ます。だからこそ、使い捨てにできて衛生的なペーパータオルを中止にするというのは合理的ではありません。予算とゴミの削減にはなるかもしれませんが……。
――他に、堀さんの目から見て、「謎対策」だと思うものはありますか?
私は港区の感染症アドバイザーを務めていますが、先日、相談を受けて訪ねた公共施設で、水飲み場の冷水機が今でも使用中止になっていることに気がつきました。冷水機が直接、飛沫感染の原因になることはなく、接触感染への対策も、使った後にしっかり手を洗えばいい。4月頃、混乱した時期に講じた対策の中にはこのように「今なら止めてもいい」と思えるものがあります。
単に多くの人が使うということなら、列ではマスクをする、会話をしないなどの感染対策をして使えばいい。世の中ではGo To トラベルやGo To イートなども始まり、「多くの人が使う場所」はすでにたくさんあります。「特定の施設でのみ制限をかける必要があるのか」という見直しが必要です。
ある図書館では「貸し出した紙の本をアルコールで消毒している」という話も聞きました。これも同じで、読んだ後、顔を触らずに、手を洗えばいい。紙を傷めてまで本自体を消毒するというのは、合理的とは言えないでしょう。
テレビを観ていて、すでに2m以上の距離が確保できているのに、アクリル板などのパーテーションを置いている場合もあります。さらに、フェイスシールドやマウスガードをしていることも。距離が確保できているなら、それ以上は必要ありません。過剰に見えたり、「適切ではない」と思われたりするリスクがあります。
――では、必要な対策とはどんなものですか。
これは、今までどおりです。一般的な感染対策として、手洗いをする。手で顔を触らない。他の人がいるところでマスクがなければ2mを目安に距離を確保する。確保できないときは、マスクをつける。そして、三つの密を避ける。
三密については、三つが重なったときだけ危ないと誤解されてしまっているのが問題です。たとえ、屋外で、2〜3人の集まりだったとしても、その人たちがマスクなしで密接してしまったら、やはり感染リスクは生じます。密閉、密集、密接、それぞれ気をつけなければなりません。
――なぜ、このような謎対策が生まれてしまうのでしょうか。
「ペーパータオル中止」は「ハンドドライヤー中止」の意味を誤解した極端な事例かもしれませんが、新型コロナウイルスについては日一日と情報がアップデートされています。まだわかっていないことが多く、今からすると過剰な対策をしていた4月頃から、最新の情報にアップデートがなされていない場合があります。
感染症対策というのは、盛ることは易しくても削ることは難しいのです。一度、始めたことを止めて、もし感染者が増えたら。そう危惧すると対策はどんどん膨れ上がって、その時点ではもう根拠がなくなっていたり、合理的でなくなっていたりするものが混じってしまう。
そこにつけ込む商売もあり、警戒しなくてはいけません。例えば「空間除菌」などはその最たるもの。科学的根拠もなく、むしろ人体に害がある危険性があるのに、今も街中では「空間除菌」をうたう店が見られますよね。
――対策を盛ってしまうのは「やらないよりやった方がいい」と思うからかもしれません。
心理としては理解できますが、これには弊害もあります。一つはコストの問題。やらなくてもいい対策を続けることにより、現場の人材は疲弊し、費用もかさみます。対策全体がおざなりになって必要なものに手が回らなくなれば、そのことがかえってマイナスになります。
もう一つは「スティグマ」の問題です。「ふつう」と異なるものに対して差別や偏見が向くことを指しますが、感染症ではこれが起こりやすいのです。「みんなやってるのにやってない」となると、批判が集中することがある。もし、それが感染対策として不必要なことであっても、です。
その対策は何を目的とした、どんな根拠に基づくものなのか自問してみると、目的と方法がずれていたり、根拠が不明だったりすることに気づくこともあるでしょう。
――どうすれば謎対策をなくすことができるのでしょうか。
感染対策を担当している人からヒアリングしてみると、意外と「根拠がない、あるいは過剰だと気づいているから止めたい」と思っていることも多いんです。それを止められないのは、前述したように、「盛り盛り」にしないと言い訳が立たない社会の空気が初期には生じやすいからです。でも、その後、どうやって見直しをして最適化していくのかということも考えておく必要があります。
大事なことですが、どんなに対策をしても、リスクはゼロにはなりません。感染者が出てもその批判をするのではなく、「まだ感染していない人を守るために何ができるか」と、前向きな議論をする空気が必要です。
――堀さんは国立感染症研究所実地疫学専門家コース(FETP)を修了、「感染症対策専門職」として国立国際医療研究センター国際感染症センターに勤務した感染症対策の専門家です。現在、行政や事業者などへコンサルティングをしていますが、新型コロナウイルスの感染拡大という未曾有の事態をどう受け止めていますか?
私は「難しいことというのは、実は解決しやすい」と思っています。だって、新型コロナウイルスが世界的に流行する前、感染症対策に気をつけている人はあまり多くありませんでしたよね。現時点でインフルエンザの患者数が例年より少ないという話もあるように、行動を変えやすいタイミングでもあります。
同時に、社会的に弱い立場の人を守ることも忘れてはいけません。例えば今、私はクラブや風俗店で働く人の感染症対策もサポートしています。人はさまざまな理由でクラブや風俗店で働き、そこに行きます。クラブや風俗店を必要としている人たちがいる。そこでの健康支援は重要です。軽視もできません。ならばどんな方法がよりベターなのかを模索するべきです。
社会活動が再開されている今、「何ができないか」ではなく「どうすればできるのか」を考える。そこに専門家が果たす役割があります。願わくば、行政や企業などをサポートする感染症対策の専門家がこれを機にもっと増えてくれれば、謎対策ではない本当の対策が広がり、助かる人が増えるのではないでしょうか。