連載
#84 #父親のモヤモヤ
反対多い中小企業で男性育休100%、サカタ製作所を変えた危機感と戦略
【#父親のモヤモヤが書籍に】
多くの父親の葛藤に耳を傾けてきた連載「#父親のモヤモヤ」が『妻に言えない夫の本音 仕事と子育てをめぐる葛藤の正体』というタイトルで、朝日新書(朝日新聞出版)から10月13日に発売されました。
「イクメン」の誕生から10年。男性の育児が促される一方、葛藤を打ち明けられずに孤立する父親たち。直面する困難を検証し、子育てがしやすい社会のあり方を考える一冊です。詳細はコチラから。サカタ製作所の事例も収録しています。
「男性育休」をテーマに開いたオフ会には、30~50代の父親9人が参加。「製造業でも残業ゼロ、男性育休100%の秘訣」と題した小林さんの話に耳を傾けました。
「マシンの油のにおいがする、いわゆる町工場」。そんな紹介から始めた小林さんは、昨年まで総務部長として、会社の人事・労務管理の責任者でした。従業員約150人の会社で、男性が7割。「今でも人手に余裕があるわけではありません」ときっぱり言います。
男性の育休取得率が100%となったのは、2018年から。その年は、子どもが生まれた社員6人が3週間以上の育休を取得しました。昨年と今年も取得率100%は続いており、「男性社員の育休は『もはや当然』という雰囲気になっています」。
しかし、数年前までのサカタ製作所は長時間労働も残り、男性育休を推進できるような組織ではありませんでした。転機は、2014年。人事コンサルを手がけるワーク・ライフバランス社の小室淑恵社長を招いた「仕事と家庭の両立」がテーマの社内講演会でした。
「残業をする社員ではなく、与えられた時間内で成果を出す社員を評価する。業務の無駄や重複を洗い出し、徹底的に改善をする。そうすれば、仕事が平準化され、『この人じゃなきゃだめ』という属人化も解消される。小室さんの講演は、社内に激震が走りました」
刺激を受けたのは、坂田匠社長も同じでした。その後、残業をする人ではなく、勤務時間内で期待する成果が出せる人を評価すると全社集会で宣言。その際に「業績は落ちても構わない」と力強く伝えました。
トップの「残業ゼロ」を目指す宣言には、「売り上げや顧客の信頼を失うのではないか」と批判的な社員もいました。小林さんはそうした声に対して会社の本気度を伝えるため、働き方の方針を社内に掲示。説明会も開いて周知徹底をしました。呼応するように、社員の意識も変化。1人あたりの平均残業時間(1カ月)は14年の17.6時間から19年は1.2時間にまで減りました。
残業改革と並んで、男性育休の推進にも取りかかった小林さん。ただ、始めからうまくいったわけではありません。「最初は無理にお願いして、育休を取ってもらうようなことをしましたが、日数が短く中身も伴わなかったんです。翌年はゼロに戻りました」。会社として本腰を入れたのは、2016年暮れからでした。
どうして休めないのだろう――。まず行ったのが、現状の把握でした。育休を取らなかった男性社員たちに、アンケートではなく、個別に聞き取り。すると、働き方以外にも、「収入が減るのでは」「評価が下がってしまう」といった不安を抱えていたことが見えてきました。
原因が分かれば、解消に動き出すだけ。今回もトップからのメッセージが大事だと考えた小林さんは、坂田社長が再び全社員に方針を打ち出すようにしました。坂田社長は、「育休を取得した社員や推進した管理職を高く評価する」と明言。残業ゼロの時と同じく、「業績は落ちても構わない」とも伝え、男性育休にも本気で取り組む姿勢を示しました。
社長の宣言後は、男性社員が妻の妊娠を報告すると、上司や役員を交えて育休取得に向けた面談を実施。総務からは、育休・短時間勤務などの制度を説明する機会を作りました。引き継ぎも、業務を見直しや無駄な仕事を削減する機会と捉えるなど、育休を推進する仕組みを構築しました。
収入面についても、給付金や補助金などを含めた給与シミュレーションを示し、不安を緩和。復職後も、元の職場で同じ業務に戻ることを徹底しています。部下の育休取得に貢献した管理職も表彰するようにし、「休めない雰囲気」を一つずつ打ち破っていきました。
そして今はすっかり定着した、サカタ製作所の男性育休。小林さんは「良いことばかりです」と話します。
「まず、復職した社員たちのパフォーマンスが上がりました。『休めて良かった。頑張ります』とやる気にあふれているのはもちろん、職場での配慮や気配りも増えました。仕事と子育ての両立はタイムマネジメントも大事になってくるので、時間に対する意識も高くなりました」
「さらに、他の社員にも良い影響が出ています。育休は病気などと違い計画的なものなので、『育休期間中のカバーをどうするか』という発想で業務の棚卸しができます。その結果、属人化がさらに解消し、絶えず誰かが育休や有休などの休みを取っていても、仕事が回る組織になりました」
下がることが懸念された売り上げも、業務の効率化による生産性の向上などにより、ここ数年は堅調に推移。今年は新型コロナウイルスの影響で年初目標より下回っていますが、「現在盛り返し中です」と小林さん。「働きやすい会社」というイメージも広まり、社員の定着や優秀な人材の採用といった面でも効果が出ています。「男性育休100%は経営戦略です」と力強く語る小林さんに、参加者は大きくうなずいていました。
オフ会の参加者からは、「どうして小室さんを講演会に招いたのか」という質問が挙がりました。
小林さんは、総務部長になった10年ほど前の話を始めました。「当時は本当に、採用に苦労していました。工場は市街地から離れていて、夏は暑く冬は寒い。職場を見学してくれる人はいても、なかなか人材確保にはつながりませんでした。その中で、どんどん疲弊していく社員たち。どうにかしないといけないと思ったんです」。職場環境の改善を考えている中で存在を知ったのが、短時間で成果を上げる働き方を実践している小室さんでした。
さらに小林さんは、サカタ製作所に転職する前の「仕事人間」だった頃についても語りました。「以前の会社は長時間労働をする人が評価され、私も何度も徹夜をしました。中国に転勤をすることになった時も、子ども2人はまだ小さかったですが、単身赴任を選びました」
「その中国で、自分の働き方を考えるできごとがありました。新潟に大雪が降った日、妻が泣きながら『お願い。帰ってきて』と電話してきたんです。事情を聴くと、『子どもが風邪を引いてせき込んでいる。でも、車が出せない』」
「除雪車によって、車庫の前に雪が積まれてしまっていたんです。どうしようもなく電話をかけてきた妻に対して、中国にいる自分は何もできない。近所の助けを借りて、車は出せましたが、その時に思いました。『自分は何のために仕事をしているのだろう』と」
「家族のために仕事をしているはずなのに、離れていることで妻や子どもたちを悲しませている。こんな働き方ではだめだなと思いました」。プロジェクトを終えると、小林さんはすぐに日本へ戻り、会社に辞表を出しました。「そんないきさつがあるので、今の会社では家庭や健康を犠牲にしてまで働く時代ではないということを訴えてきました」
質問をした参加者は公立学校の教員で、現在育休中でした。「男性の育休が周りでは少数派なので、そこをどう変えていったらいいのか。小林さんの話で学べるところがたくさんありました」と話しました。
筆者からは、中小企業が育休取得に消極的な理由として「人手不足」を挙げていることへの受け止めを尋ねました。それに対し小林さんは「人手不足の状況をもっと深掘りするべき」とした上で、「そもそも、本当に必要な業務なのでしょうか。人手不足を理由にするならば、仕事の質と量を見直すきっかけになるのでは」と投げかけました。
サカタ製作所の場合は、「残業ゼロ」や「育休100%」の取り組みなどを通じて、「部署間の情報共有や形骸化していた仕事の選別が進み、無駄な仕事は3割減りました」と小林さん。「何とかやりくりできるギリギリの状態から計画された人数をベースとした考え方は改め、適正な人員を考える時期にきていると思います。これからの管理職は仕事を大胆に削る、無駄を取ることに専念するべきです」と力を込めました。
そして、育休当事者や経験者の参加者たちには最後、こう語りかけました。「私の会社では、育休取得者たちがミーティングを開いて、経験を共有したり、これから取得を考えている人にアドバイスをしたりしています。みなさんも今いる部署の中だけで悩んでいるなら、総務に『今こんな悩みがあるのですが、パパ友が集まる機会を作れませんか』と声をかけてみてはどうでしょうか」
「人事労務の担当者も課題があることを認識し、制度や組織の雰囲気が変わるきっかけになるかもしれません。組織の中でぜひ、共通の仲間を増やしていってください」
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