地元
「青雲それは…」超有名CMと過疎の町をつないだツイッターのご縁
公認パロディー制作、公式もうなった完成度
♪青雲 それは君がみた光 ぼくがみた希望――。線香やお香の老舗メーカー「日本香堂」(東京都中央区)おなじみのテレビCMパロディーを、縁もゆかりもない宮崎県のある町の住民たちが作りました。完成作は公開から5日で1万回再生を突破。本家の日本香堂内でも話題になっています。公認パロディーのきっかけは、ツイッターで互いに知った〝ある共通点〟でした。町のプロジェクトリーダーと日本香堂の〝中の人〟に話を聞きました。
日本香堂は1942年に創業した業界のリーディングカンパニー。仏具店や専門店での販売が一般的だった線香をスーパーなどの小売店で売り出すことに成功したのは、1965年9月8日に販売した線香ブランド「青雲」がきっかけでした。現在もロングセラーの看板商品であり続けています。「社運をかけて売り出された一品」だったという経緯から、会社にとって大変思い入れのある大切なブランドです。
書き下ろしの「青雲のうた」が使われたテレビCMは、1981年から2~3年ごとにリメイクされてきました。歌謡曲やCMソングを数多く手がけた伊藤アキラさんが作詞を担当。作曲した森田公一さんのほか、尾崎紀世彦さん、林家たい平さんらが代々歌い継ぎ、お茶の間で長く愛されてきました。
広報担当者は「別の曲が使われていたこともありましたが、結局『青雲のうた』に戻ってきています。皆さまに親しんでいただいていて光栄です」と明かします。
この青雲ブランドが先月に55周年をむかえたため、SNS上でのキャンペーンに注力していたところ、〝中の人〟がツイッターを通じて「宮崎県日之影町というところに『青雲』橋という橋がある」という情報を偶然キャッチしました。
日之影町でツーリングをしたというフォロワーからのメッセージで「青雲橋」を知ったという〝中の人〟。気になってネットで画像を検索すると、あまりにすてきな光景が並んでいて思わず息をのんだそうです。
「美しい大きなアーチ型の橋のバックに、青い空と白い雲…まさに『青雲』のイメージ通り!」
その感動を伝えようと、ツイッターで青雲橋についてつぶやきました。
けむりもくもく 木曜日~♪
— お線香・お香【日本香堂 公式】 (@nipponkodo_jp) August 27, 2020
お線香の「青雲」と同じ名前をもった橋が宮崎県にあるという情報を入手✨
の名も「青雲橋」🌈
アーチ橋として東洋一の規模を誇る美しい橋
青い空と白い雲
この光景はまさに。。。「青雲~♪」
いつか行ってみたいな~(≧∇≦*) pic.twitter.com/nRvVp8MC3H
これにすかさず反応したのが日之影町の住民たちでした。
「これも何かの縁。パロディーCMで地元をPRしよう」
地域おこし協力隊の重信誠さん(30)が知人ら約10人に呼びかけ、計画は動き始めました。さっそく日本香堂の広報担当者に連絡をとり、パロディー制作の許可を得た上で、たこの大きさを聞き出しました。
「せっかくなので、色やサイズは忠実に再現しようとこだわりました」と重信さん。
青雲55周年に合わせ、55連だこを約3週間かけて手作りすることに。織布、竹ひご、和紙や釣り糸などの材料費約1万円は重信さんが負担しました。長辺33.3センチ×短辺21.5センチで、色も本家と同じむらさき色。
ただ、デザインだけは日之影オリジナルです。青雲橋のアーチのデザインをほどこしました。
10月3日、町の有志12人が谷間にある町活性化センターの屋上に集まり、アーチ型の青雲橋を見上げました。高さ137メートル、全長410メートルの橋は地元が誇る町のシンボルです。
待つこと1時間半――。いい風が吹くタイミングを見はからい、たこをあげました。青空と橋をバックに55連だこが次々に舞い上がっていく景色は壮観だったそうです。
「7人がかりでたこをあげたのですが、ものすごい力でひっぱられていました」と重信さん。無事、1テイクで撮影は成功。
「たこの素材と、下が川という環境だったので、チャンスは1度きりでした。無事撮影できて本当によかった……」。ほっと胸をなで下ろしました。
日之影町は宮崎県最北の山間部にあり、人口は約3600人。宮崎市からは車で2時間ほどかかります。町の9割以上を山林が占め、栗、柚子、イノシシや鹿といったジビエ、釜入り茶のほか、わら細工や竹細工といった工芸品など、数多くの特産品があります。ですが、高齢化と過疎化が進むなか、今年は新型コロナウイルスの影響で観光客も激減しています。
そんな町の状況もあり、重信さんは「町の住民を笑顔にしたい。とにかく楽しんでもらえたら」という思いを込めて、動画を編集したそうです。映像につける「青雲のうた」は、隣の高千穂町在住のアマチュア歌手、平井邦幸さんがギターの弾き語りで歌ってくれました。完成作は約30秒。終盤に「コロナに負けるな、青雲。」というメッセージをあしらいました。
〈青雲橋〉日之影町地域振興課によると、青雲橋は10年4カ月をかけて1985年4月に開通。当時、日本一の高さを誇る橋として知られ、今でも町のシンボルとして愛されています。今回のパロディーのきっかけにもなった「青雲橋」という名前は、公募で選ばれました。
パロディーCMの反響は、本家の日本香堂にもしっかりと届いていました。完成作を見た〝中の人〟に話を聞きました。
日本香堂〝中の人〟
日本香堂〝中の人〟
日本香堂〝中の人〟
「青雲橋」をバックに「青雲のうた」を歌うサンドウィッチマンのおふたりの姿を見られる日も、いつか来るのかもしれません。
日本香堂の〝中の人〟と企画立案した重信さんは、「今回のご縁をこれからも大切にしていきたいです」と声をそろえていました。
日本香堂公認のパロディーCMは、YouTubeチャンネル「日之影スタイル」(https://www.youtube.com/watch?v=EKlzxO8LeIU)で公開されています。
パロディー動画の公開後、重信さん(宮崎県都城市出身)のもとには、「たしかに同じ名前だと思ってはいたけど…」「同じことを考えたが、まさか実行するとは」といった住民の声が寄せられたそうです。町外出身者ならではの俯瞰した視点と行動力が活きた結果になりました。
そして、SNSの普及がなければ、東京都心の企業と九州の山奥の自治体が出会うことはなかったはずです。重信さんも「SNSのたった一つの投稿から企画は生まれました。互いの立場の違いや物理的な距離を飛び越え、コロナ禍の自粛モードでの不自由な環境でもつながることができ、SNSの可能性を感じる機会になりました」と話していました。
さて、日之影町は少子高齢化が進む県内でも有数の自治体です。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2045年の人口は2015年からの30年間で約61%減少し、約1500人になるとされています。2014年には民間の研究機関が、「日之影町は20〜39歳の女性(妊娠・出産する可能性が高い年代)の人口が2040年には60人まで減る。減少率73.9%は県内トップ」と試算しました。「消滅可能性都市(減少率50%以上の自治体)」としての危機感を町民は抱いています。
地元の人にとって青雲橋は「当たり前にそこにあるもの」で、「県内随一の観光地である高千穂町への通り道」という印象に終始していた側面もあります。見慣れた景色や存在を〝その土地の財産〟として自負した上で発信していくためには、「本当にこれは全国的に当たり前なのか」と自問したり、他の地域の人がどう受け取るかという視点で考えたりすることが大切になってくるのかもしれません。
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