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連載

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#5 #半田カメラの巨大物巡礼

青森の駅にそびえる「巨大土偶」地元民の衝撃が愛着に変わった30年

太古のロマンが生み落とした異形の駅舎

「駅に土偶がめり込んでいる!」。そんな感想を抱かざるを得ない、謎の構造物が生まれた秘密に、巨大物写真家・半田カメラさんが迫ります
「駅に土偶がめり込んでいる!」。そんな感想を抱かざるを得ない、謎の構造物が生まれた秘密に、巨大物写真家・半田カメラさんが迫ります

目次

敷地内に巨大な「土偶」がそびえている――。そんなエピソードで、全国的に注目を集める駅が青森県にあります。地元から出土した遺跡が由来という、ロマンあふれるルーツを持ちながら、かつては周辺住民から「怖い」と恐れられました。しかし、その存在を愛する人々の手によって管理されるうち、観光資源として欠かせなくなったそうです。30年以上、古里とともに発展してきたモニュメントの魅力について、大きな物を撮り続ける写真家・半田カメラさんにつづってもらいました。

街の風景を引き裂く「巨大土偶」

駅とは電車を乗り降りし、旅の起点となる場所。通常は、旅の目的地になることはありません。一方で街の玄関口であるからこそ、地域を代表するものが装飾されていたり、有名建築家が設計を手がけていたりと、実は興味深い建物であることが多いとも思います。

青森県つがる市にあるJR五能線の木造駅(きづくりえき)は、一度は生で見てみたいと思わせる強烈な存在感を放っています。少なくとも私にとっては、旅の目的地となりえる駅です。

私が木造駅を初めて訪れたのは、今から6年ほど前。本来なら列車からホームに降り立ち、目的の駅舎に入るのが理想です。ただ残念ながら、そのときは車での旅でした。

のどかな田園風景から市街地に入り、駅へと向かう曲がり角を折れると、前方突き当たりに突然、赤黒い巨大なモニュメントが現れたのです。静かな街の風景を引き裂くような姿でした。私は引き寄せられるように近づいていきました。

高さ約17メートルの巨大な土偶は、市内から出土した遮光器土偶(しゃこうきどぐう)をかたどったもの。それが駅舎の壁面に寄りかかるように、いや、めり込むように駅舎と同化しているのです。

「大の字」のポーズをとっているようにも見える体勢のせいでしょうか。RPGゲームのラスボス並みの風格が漂います。正直に言うと、最初は少し怖く感じました。

しかし時間が経つにつれ、愛らしく思えてくる不思議な魅力がありました。地元の方もそう思っているのでしょう。モデルとなった遮光器土偶と同じ「シャコちゃん」という、キュートな愛称で呼ばれているそうです。

道路の合間から「ぬっ」と姿を現す、JR木造駅の巨大土偶「シャコちゃん」
道路の合間から「ぬっ」と姿を現す、JR木造駅の巨大土偶「シャコちゃん」 出典: 半田カメラさん撮影・提供

モデルになったのは「街のシンボル」

巨大シャコちゃん誕生のきっかけは、1987(昭和62)年に実施された旧国鉄の分割民営化です。

木造駅も無人化などの変革を迫られ、それを期に駅を中心とした街の活性化計画が立てられました。88(昭和63)年、国の政策として行われた「ふるさと創生事業」による交付金で、駅舎の大規模改築が決まります。

そこで出てきたのが遮光器土偶と駅舎を合体させるという、インパクト重視のデザイン案でした。1887(明治20)年に地元の亀ヶ岡遺跡から見つかった遮光器土偶は、国の重要文化財に指定され、街のシンボルとなっていたからです。

そもそも遮光器土偶とはどういったものなのでしょう。私の知識では「縄文時代の土人形」止まりなので、木造駅から徒歩15分の場所にある「つがる市縄文住居展示資料館(カルコ)」でお話をうかがいました。

亀ヶ岡遺跡は縄文時代後期〜晩期の集落遺跡です。そこから出土した遮光器土偶は高さ34.5センチ。地元民が偶然見つけ、自宅に保管していましたが、後に文化庁に寄贈し、現在は東京国立博物館に所蔵されています。

「遮光器」とは北方民族が使用していた雪眼鏡、今で言うゴーグルのようなもののこと。つまり、ゴーグルをしているように見えることから遮光器土偶と名付けられたのです。

カルコの外観。巨大シャコちゃんのモデルとなった「遮光器土偶」のポスターが、建物に貼られている
カルコの外観。巨大シャコちゃんのモデルとなった「遮光器土偶」のポスターが、建物に貼られている 出典: 半田カメラさん撮影・提供

チャームポイントを生かす斜め上のアイデア

ただ、目の部分が実際に雪眼鏡であるかはわかっておらず、宇宙人であるとか、精霊であるとか、その時代の流行であったとか、いくつもの説があるそうです。資料館の方が「一番有力なのでは」と話していたのが「再生を願うシンボル」説です。

遮光器土偶の目は、楕円(だえん)形の真ん中に横線が入っていて、目を閉じているように見えます。「その目を再び開いてほしい」という、「生き返り」の願いを表しているのではないか、というのです。

古代の人々が、よみがえりを祈りながら遮光器土偶と対峙していたと思うと、ロマンを感じます。いずれにしても、遮光器土偶の一番のチャームポイントが目であるということは確かです。

木造駅には巨大シャコちゃんの目を生かす、ある仕掛けがありました。駅に列車が入って来る3分前から3分間、その目が赤く光るというアイデアです。

1991(平成3)年に巨大シャコちゃんが誕生してからしばらくは、この赤い目がパトランプのように点滅していました。ところが、駅周辺の住民から「怖い」というクレームが入ったのです。以降、外部からの希望があった際、手動で行うだけになってしまいました。

そして誕生から約30年が経った今年4月、老朽化した駅舎の補修工事とともに、シャコちゃんの目がLEDライトに取り替えられることに。しかも、赤1色だった従来よりパワーアップし、何と7色に次々と変化するシステムになったというのです。

現在の巨大シャコちゃんの目は、赤や青、黄に緑など7色に輝く
現在の巨大シャコちゃんの目は、赤や青、黄に緑など7色に輝く 出典: 半田カメラさん撮影・提供

30年間で地元に欠かせない存在に

新型コロナウイルスの影響で長らく取材に行けませんでしたが、9月末にやっと、この目の輝きを直接見ることができました。

木造駅に列車が入って来る3分ほど前。何かの合図があるわけでもなく、不意にシャコちゃんの目が光りはじめました。左右の目が互い違いに点滅し、色とりどりの輝きを放っています。

木造駅に停車する列車の本数は1時間に約1本のペース。60分間中、3分間だけ目にできる輝きです。どこからともなく見物人が現れ、スマートフォンで巨大シャコちゃんを撮影し、列車が駅を経つと同時に去っていきました。

約30年前に「怖い」と言われた目の点滅ですが、4月のリニューアルから半年ほどが経過した現在、苦情の声はないそうです。利用客に理由を尋ねてみると「みんなもう見慣れた」との返事が返ってきました。

確かに、誕生当時の住民の衝撃は大変なものだったでしょう。それでも、生活をともにすれば愛着がわくのかもしれません。

ちなみに、駅の近くにある学校からも、巨大シャコちゃんの目の光が見えます。そのため点滅を見て、急いで駅に駆け込んで来る学生さんも多いのだとか。地元住民にとっては単なる仕掛けではなく、列車が来る合図としての役割も果たしているようです。

夕闇の中に浮かび上がる巨大シャコちゃん。目が紫色に光り、今にも動き出しそうな迫力がある
夕闇の中に浮かび上がる巨大シャコちゃん。目が紫色に光り、今にも動き出しそうな迫力がある 出典: 半田カメラさん撮影・提供

「再生の物語」で地域をにぎわせて

木造駅で駅員業務を行う方のお話では「今年に入ってからは新型コロナウイルスの影響で、駅の利用者は前年の半分以下になっているのではないか」とのことで、厳しい状況が続いているそうです。

しかし、つい最近、巨大シャコちゃんの目が光っている画像がSNS上で拡散され、木造駅を目当てにやって来る観光客も増えているといいます。これから少しずつ、にぎわいを取り戻していくのではないでしょうか。

古代の人々が再生への願いを込めたものという説がある遮光器土偶。街のシンボルである巨大な土偶が再び目を輝かせることで、街の再生のきっかけがつくれたのなら、できすぎなぐらいに素敵なストーリーではないでしょうか。

巨大シャコちゃんを通じ、「縄文遺跡の街」として、地域全体が活性化する。そんな未来を願っています。

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